噓と優しさ

 セイコは『心のマッサージ』の前でしばらく立ち尽くしていた。


(わたしは、一体さっきまでなにをしていたのだろうか? それにしても、なんか体が熱いな……。少し歩いただけでもう体が悲鳴上げてるのかな?)


 自分の頬に向けて手をあおいでいき、小さな風を送っていく。


 それから、道のすみでセイコを待っていた電動ローラースケートに両足を入れていき、ペンダントの表面を押して眼前に長方形の映像を作り出していく。


(とりあえず、今日はもう、すぐお家に帰ろう。……そうだよ、わたしは資料の整理している最中だった。早く再開しなきゃ、急げー! 目的地をお家に設定して、っと)


 セイコは真剣な表情で宙を何度もつついていく。

 そして、映像を消していくと、電動ローラースケートが動き始め、大通りに向かって進んでいった。






 家に帰ったセイコは仕事の資料整理を進め、料理を作っていた。


(うー、おにぎり三十個分を心の栄養のために使っちゃったなぁ。贅沢……だよね。うーん、今晩からわたしの夕飯は我慢しようかな。それで帳消しにしよう! うん、そうしよう! 一日二食の生活なんてどうってことないよ!)


 それから、いつものようにショウジを出迎え、彼に食べてもらえなかった料理を冷蔵庫に保管し、セイコは眠りについた。






 翌朝、毎度のように早起きをして、ショウジの朝ご飯を作るセイコ。

 テーブルの上に二人分の料理を並べ、ショウジとセイコは一緒に朝食を食べ始めた。


 セイコはミネストローネが入った器にスプーンを入れる。

 そして、具材が混ざった赤みを帯びた液体を乗せたスプーンを口の中に運んでいく。


 それから、小さな笑みを浮かべながら口を動かしていくセイコ。


(うんっ、美味しい! さすがわたし! 半日経っても味が落ちてない! んー!)


 ショウジは小首をかしげながらセイコの顔を見つめた。


「ん、なんか今日のセイコ生き生きしてる気がするような……。気のせいかな?」


「うん? なんでそんな気がしたの?」


「いや、なんか美味しそうに朝ごはん食べてるような? 気のせいだったらいいんだけど。そのミネストローネなんか特別なのかな」


 セイコは頬を掻きながら苦笑いを作る。


「あー……。ミネストローネは特別じゃないよ。いつもと同じやつだからね」


「そっか。それなら、なんかいいことでもあった?」


 一瞬体の動きを止めた後、再びミネストローネを運ぶ作業を再開していくセイコ。


「あー、昨日からダイエット始めたんだよねー。それで、昨日の夕ご飯わたし抜いちゃった。だから、朝食が美味しくてがっついちゃってるかも」


「んー、今のセイコにダイエットが必要だとは思えないけど」


「女性は色々大変なのっ!」


「そっか。でも、無理しなくていいからね? 今のセイコでも、すごく素敵だから」


「分かってるって。心配してくれてありがとう」


 セイコとショウジは食器で音をかなで、食卓に響かせていった。






 数時間後、セイコは椅子に背中を預けながら眼前の宙を指でついていた。


(はぁ……そろそろ仕事の資料整理、一旦休憩しようかな)


 椅子の背もたれに体重をかけて、両腕を思いきり上に伸ばしていく。


(うーん、どうしよう。『心のマッサージ』にまた行きたくなってきた。シルヴィアさんにまた来てって言われてたしなぁ……。ん、シルヴィア君? シルヴィア? 呼び捨て?)


 目の前の映像を指で操作していき、『心のマッサージ』のページを表示させる。


(このあと暇だし、今日も行こうかな? ……いやいや! 昨日行ったから、しばらく夕ご飯抜いて節約するなんてことになったんだし、ダメダメ! ……でも、体がまた行きたいと訴えている! 『心のマッサージ』、いや、シルヴィアさんに会いたがっている!)


 小さくうめき声をあげ、顔をしかめながら頭を抱えた。


(ええい、迷ってても時間の無駄! うん、予約しよう! ……そして今日は二十分! 昨日の十分は短すぎたからね! しばらく夕ご飯を抜いて節約すれば何も問題はないんだし、大丈夫! 家計に影響なし!)


 セイコは眉尻を上げながら力強く前方を突き刺していった。

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