シルヴィア
【心のマッサージ】に入ると、店の奥から直径三十センチメートルくらいの正方形の機械が宙を浮かびながらセイコに近づいていく。
『いらっしゃいませ』
セイコは体を硬直させながら近づいてくる浮遊物体に視線を固定させた。
(うぇっ!? なに!? ……あぁ、受付ね)
セイコが小さなため息をついていると、浮遊機械はセイコが身に着けているペンダント近くまで寄っていく。
『予約されたセイコ様を確認できました。どうぞこちらに来てください』
浮遊機械は胴体を反転させて、店の奥へゆっくりと進んでいった。
それから、セイコも後ろをついていく。
店の中には自動ドアがいくつもあり、部屋が何部屋も備わっている。
そして、浮遊機械は数ある部屋のうちの一つの前にセイコを案内し終えた。
『心をほぐしてらっしゃいませ』
電子音声で言葉を投げかけたら、別の部屋に向かって飛行していく浮遊機械。
セイコは目の前にある扉をしばらく凝視し続けた。
(この先に居るんだよね……。わたし、確か銀髪の男性を指名してたけど、違う人が待ってたりしないよね?)
一旦周囲の様子をうかがって、誰も見ていないことを確認したら自動ドアをゆっくり抜けていく。
部屋の中はほどほどの広さがあり、中央に銀髪の男性が一人突っ立っていた。
そして、彼はセイコの方に向きながら、胸に手を添えて頭を下げる。
「ようこそ。ご指名いただきました、シルヴィアです。どうぞ今日はよろしくお願いします」
シルヴィアと名乗った銀髪男性は二十代前半の容姿で、全長は百七十センチメートルほど。
眉まで前髪を伸ばしていて、後ろ髪をうなじで整えている。
目の中心に青色を帯びた瞳があり、
それから、清楚な衣服を身に着けていて、柔らかい雰囲気をまとっている。
セイコはシルヴィアを凝視しながら体を硬直させた。
(うぇっ!? 写真で見た、銀髪の人が目の前に! それより、わたしはどうしたら!?)
「どうぞ、そんなところに立ってないで、こちらに来てください」
「えっ、あっ、はい! ……失礼します!」
「失礼しちゃってください」
セイコは二つの握りこぶしを胸に添えながら部屋の中心に歩いていく。
近くに設置されてる小さなテーブルと椅子を手で示しながら小首をかしげるシルヴィア。
「対面で座りますか? それとも隣に並んで座りますか?」
「えっ、えっ!? あっ、出来れば料金が安い方で!」
「えっと、どちらも同じです。そもそも料金はかかりませんのでご安心ください。好きな方を選んで大丈夫ですよ」
セイコは硬い笑みを浮かべながら頭を撫でた。
「あっ、そうなんですね! 初めてなので、よく分かってなくて。あはは」
「それなら、サポートを頑張らないといけませんね! それで、どちらに座りたいでしょうか?」
「えっと、じゃあ……隣で」
「かしこまりました。隣ですね。では、僕の隣に座りますか? それとも、僕が横に座りましょうか?」
セイコは頬を引きつらせながら首をかしげる。
「えっ、どういう意味ですか? どっちも同じだと思うんですけど」
「自分から行くか、自分に来て欲しいかの違いになりますね」
「あー、そうなんですね。じゃあ……うーん、そうですね……。わたしが横に失礼します」
「分かりました。では、僕が先に椅子に座りますね」
シルヴィアは一瞬微笑んだ後、人間が二人座れる程の幅があるソファーに腰を掛けた。
そして、セイコはソファーに近づいていき、シルヴィアの横にゆっくり座る。
(うぅ! ただ椅子に座ってるだけなのに、すっごく緊張する!)
「それで、よろしければ、お姉さんのお名前を教えてもらってもよろしいでしょうか? 『お客様』とか、『お姉さん』と呼ばれるのも寂しいでしょう? 僕はシルヴィアと名付けられております」
(名付けられて?)
セイコは柔らかい笑顔を作りながら軽く頭を下げた。
「えーっと、わたしはセイコっていいます。えへへ、よろしくお願いします」
「はい、知っていますよ」
「えっ!?」
「予約された時に情報が入ったので」
「あっ、あぁー……そりゃそうですよねぇ!」
天井を見つめながら硬い笑みを作り、頭を撫でるセイコ。
(じゃあ、なんで聞いてきたんだろう?)
「今、『知ってるのになんで聞いてきたんだろう』とか思ったりしましたか?」
「えっ、えっ!?」
「セイコ様の口から直接聞きたくて、ついからかってしまいました。もしかして、機嫌を損なわせてしまいましたか?」
「あー、そんなことないですよ! むしろ、緊張が少しほぐれたというか、会話しやすくなった気がします!」
「それならよかったです。いきなり嫌われてしまって、会話が困難になったらどうしようかと思いました。アンドロイドなのに仕事ができないなんて笑えないですよね」
「アンドロイド……?」
「はい。僕、僕たちはみんなアンドロイドですよ。だから、何も気負わないで接してくださいね」
「えっ、あっ……うぇ?」
「あっ、もう時間が来たようです」
「うっ、もうですか?」
「はい。セイコ様は十分の予約でしたので」
「あっ、そうですよね。十分だけならこんなものですよね」
「ですけどご安心ください。当店には延長システムがございまして、おにぎり二十個分のお支払いで十分このまま継続してサービスを続けられます。お値段が二倍になってしまいますが、いかがなさいますか?」
セイコは目を見開きながらたじろぐ。
「えっ、二倍!?」
眉尻を下げながら床を眺め、頬を掻いていくセイコ。
「さすがにそこまでは……」
「かしこまりました。では、お忘れ物はないでしょうか? ご確認くださいませ」
セイコは一瞬周囲に視線を巡らせ、首から下げているペンダントを触りながら頷く。
「あっ、大丈夫です!」
「了解しました」
シルヴィアは席を立ちあがると、出入り口まで歩いていった。
そして、自動ドアを開けたら端に寄り、微笑みをセイコに向ける。
「では、お気をつけてお帰りくださいませ。まっすぐ玄関から退店して大丈夫ですので」
セイコも席を立ちあがり、シルヴィアの近くまで寄っていき、小さく笑いながら軽く頭を下げた。
「今日はありがとうございました。十分だけだったけど、楽しくて素敵な時間でした」
「こちらこそ素敵な時間をありがとうございました。またいらっしゃってくださいね。お待ちしています」
「あ、はい!」
シルヴィアに見守られながら店内の廊下を移動していくセイコ。
それから、そのまままっすぐ歩み続け、玄関を出ていった。
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