11.相似するもの
翌日、海帆の家から登校した叶依は、あまり元気ではなかった。昨日は緑から逃げ切ったが、また今日も彼女に待ち伏せされている可能性は皆無ではなかった。寝る前に少しだけ考え直してみたのだが、昼間の緑のことを思い出すとやはり易々と契約する気にはなれなかった。
「かぁーなぁーえぇーげぇーんーきぃーだぁーせぇーっ!」
放課後に叶依の教室にやってきていた珠里亜は叶依の横で踊っていた。けれどそんなもので叶依の気力が戻るはずはなく、むしろ逆に疲れがたまるだけだった。
その日は午後からクラブがあって、叶依と海帆、それから珠里亜は昼食を取ってから音楽室へ行った。しばらくしてから海帆と珠里亜は歌い始めたが、叶依はそんな気分になれず、ピアノにもたれ掛かって知原に愚痴っていた。
「今日どうしよっかなぁ。帰りたくないわ」
「そうねぇ。同じ手も使われへんし」
前日に叶依に何があったのかは知原にも既に伝えられていた。
「ジッピンって、前に言ってたOCEAN TREEのところでしょ?」
「そうやけど……はぁ~あ……ストレス溜まりそう。どっか行って来よう」
叶依は荷物を置いたまま音楽室を出た。
けれど特に行くべき場所が思いつかず、気付けば叶依はいつかのようにグラウンドを歩いていた。叶依のことを知っている生徒も増えたようで、叶依に声をかける生徒も何人かいた。けれどそれがワカナから来るもので緑と繋げて考えてしまう叶依は、あまり相手にしたくなかった。
陸上部のクラスメイトがいたが、叶依の友人ではなかった。ソフトボール部に席が近い子がいたが、やはりそんなに仲がよくはない。他のどのクラブも練習中で、仕方なく叶依はベンチに座った。
(昨日の今頃やっけ……帰ったらあの人がおって史に助けられて……はぁ、どうしよっかなぁ……嫌じゃないけど時間ないしなぁ。あの人鬱陶しいし)
「おっ、叶依やん。どうしたん?」
やってきたのは史で、彼はボールを持っていた。
「また曲考えてんの?」
「……ちゃうよ。そんな気にならんし」
「おい、史ー、来いよ」
部員に呼ばれたので史はクラブに戻ろうとしたが、
「あ、あっち、奥に伸尋おるで」
振り返ってそれだけ言って、ボールを蹴って走り出した。
史は叶依に伸尋のところに行くように言ったのだろうが、叶依はそうはしなかった。彼とは教室で少しだけ話したが、まだ変な人だと思っていた。
何かを思い出してポケットに手を入れ、外に出した叶依の左手には小さな袋が握られていた。巾着のようなその袋を開き、叶依は中身を取り出した。金平糖のような星がついた、綾子によれば『叶依の両親が叶依に持たせたお守り』だった。幼い頃から綾子に育てられた叶依に両親の記憶はほとんどないが、このお守り・ペンダントだけは違っていた。確かに実の母親から受け取った記憶はあって、特別なことがない限り他人には見せるなと言われていた。普通のペンダントではなく時と場合によって光り方も違うので叶依はそれをとても貴重なものだと思い、常に肌身離さず持ち歩いていた。
(お母さん……どこにおるん……?)
話しかけても返事があるわけがなく、叶依はそれをまたポケットに入れた。
町のどこかに設置されたスピーカーからチャイムが聞こえ、叶依は午後三時を知った。クラブ活動中の生徒たちはまだ元気いっぱいに動いていて、野球部の誰かが打ったボールは裏の山まで飛んでいった。打った男子生徒は大喜びしていたが、近くにいた先生はまたボールがなくなったと嘆いていた。
立ち上がって叶依は再び歩きだし、バスケゴールの付近にいるはずの伸尋の姿はなかった。
(途中で帰ったんかな……キャプテンのくせに)
思ってから、自分もコーラス部の部長なのを思い出した。自分より部長にふさわしい海帆がまだ音楽室に残っているので心配はないが、理由は違っても伸尋と同じことをしているのが悲しいのか嬉しいのか、よくわからなかった。
「叶依ー、あいつおった?」
声の主はやはり史で、彼は休憩中らしかった。
「あいつ? あ、伸尋? 見んかったで」
「え? あー……あいつ今日、用事あったんや」
「ふーん」
何の用事なのかは叶依にはどうでもいい。
「なぁ、JBLって知ってる? 日本バスケ連盟」
「名前だけ聞いたことあるわ」
集会のついでにクラブが表彰されるときに、叶依はその名前を聞いたことがあった。
「伸尋、そこに誘われてんねんて」
「ふーん……ええっ、プロに? そんな上手いん?」
「らしいで。今日はそこの会長が来るとか言ってたけど」
「そうなんや……プロか……」
「おまえら、似てるよな」
「え? 似てる? 何が?」
「何つーか、いろいろ。親おらんし誕生日一緒やし、上手いし。……じゃあな」
それだけ言って史はまたクラブへ戻っていった。
(言われてみれば……似てるか)
グラウンドを出て音楽室に戻っても、叶依は歌う気にはなれなかった。とりあえず最後まで残ってはいたが、何もせずに知原と話をしているだけだった。部員が帰ったのを見届けてから叶依は一人で帰宅したが、今日は緑はいなかった。
叶依は伸尋のことを変だと言っていたが、やがて二人は適度に仲良くなっていた。けれどそれがもとになって、叶依はまた渦中に入ってしまうことになる。叶依と伸尋が似ていると言うのは史だけではなく、二人を知る人全員がそうだった。自己紹介のときに伸尋が言っていたあの一言を覚えている人もいて、変な噂も立っていた。
ある音楽の授業の帰り、知原は叶依を呼びとめた。いつもそうなので何を言われるのかはわかっていた。知原はクラブの連絡を叶依に伝え、それを部員に伝えておくように頼んだ。
「はーい。海帆、帰ろ。次体育──」
「若崎くーん」
知原は伸尋を呼び、叶依と海帆はそのまま帰ろうとした。けれど知原は叶依にも用事があるようで、手招きして叶依を呼び戻した。もちろん海帆も戻り、史も一緒だ。
「あなた達さぁ、双子じゃないよねぇ?」
知原は叶依と伸尋を見比べた。
「だってねぇ、こっちから見てて何か光ってるのよ。そう思えへん?」
叶依と伸尋は兄妹ではないし、もちろん双子でもない。
「名前も似てるしね」
「そんな……ちゃうって。なぁ伸尋」
「双子ってさ、同じ顔やろ? 俺は叶依と同じ顔とは思わんで」
「感じは似てるで」
史だった。
「そうそう。感じがね~、なぁんかこう……」
「だからちゃうっても~……ってもうこんな時間やん! 次体育やのに! じゃ、もう行くで」
叶依と海帆は廊下を走って帰っていった。
伸尋と史も、急いで教室へ戻った。
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