6.グラウンドで

「あっ、そうや史っ、今日クラブ?」

「おう。何かあんのか?」

 席替えをして史の後ろの席が叶依になって、海帆は叶依の右だった。休み時間なので誰が何を言ってもおかしくないが、叶依のさっきの発言は史の予想外だった。同じようなことを聞くことは過去にもあったが、急に思い出したように聞かれたことはない。

「べっつにぃ。今日はクラブないからグラウンド歩こうと思って」

「それと俺と関係あんのか?」

「わからん。あるかも知れんし。ないかも知れん。ははは」

「はははて、意味わからんぞ」

 その会話は横で海帆も聞いていたが、もちろん海帆も叶依の発言内容を理解出来ていない。その前に、叶依が暇なときにグラウンドを歩くその意味を知っている生徒も、この高校にはおそらくいない。

「海帆も来る? 一人やったら怪しまれるし……」

「何すんの? 変なことするとか嫌やで?」

「来てくれる? 来てくれる? あ、珠里亜はいらんで」

 会話の途中で珠里亜が現れたので、叶依はついでに言ってみた。

「なぁーにぃーがぁーいぃーらぁーんーのぉーよぉーっ!」

 珠里亜は叶依を前後左右に揺さぶって、最後に一発殴ってから自分の席に座っていた。

「ぉぇ……」

「何しても良いけど、クラブの邪魔はすんなよ」

「はーい。さって、次の授業何やっけ?」

 叶依は妙に明るく聞いていたが、海帆に「担任。すーがく」と言われてから、その表情は一気に暗くなった。叶依は中学時代は数学が好きだったが、高校に入って担当が田礼になってから、嫌いになった。その教科が好きか嫌いかというのは、その人の好みもあるが、ある程度はその担当者に左右されるのだ。叶依が歌があまり好きではないのにコーラス部に入ったのも、顧問が知原だったからだ。

 叶依が次の数学の授業を嫌がるのには理由があって、

「うわ……宿題やってない……しかも今日当たるのに……」

 前回の授業のときに宿題を当てられる人は決められていて、その一つめが不幸なことに叶依だった。しかも習っている単元も叶依が不得意なもので、教科書がわかりにくいのに田礼の説明はもっとわかりにくかった。

「嫌やー。海帆か史か教えてよ」

 けれど史は宿題をやっておらず、海帆は答えが出ていないらしかった。

「あーあー……采が同じクラスやったらなぁ」

「俺がなに?」

 いつの間にか教室に采が来て史の横に立っていた。彼が優等生だと知った叶依は宿題を教えてもらおうと思ったが、あいにく彼はまだその単元を習っていないらしかった。そして叶依は慌てて当たる問題だけ解いてみたのだがやはりわからず、授業が始まって田礼が来ても計算が終わらず、結局、黒板で悩むことになってしまった。いつも叶依に勝てずにいた田礼は、この数学の授業中ばかりは勝ち誇った表情を作ることが出来ていた。

 放課後になって、叶依は宣言通り、クラブ活動中のグラウンドを歩いていた。特に何をするでもなく、ただ歩くだけだった。珠里亜がいるとうるさくなると思った叶依は彼女を帰らせたかったのだが、海帆とグラウンドへ向かっているところを見つかってしまって、仕方なく三人でグラウンドを歩いていた。

「なんで歩いてんのー?」

 叶依がグラウンドを歩く理由は海帆にも言っていなかったが、聞いたのは珠里亜。珠里亜は生えている草の中に虫を見て「いやー気持ち悪いー!」と叫びながらも叶依と海帆についてきた。叶依と海帆も虫が嫌いなのだが、珠里亜のようにあまり地面を見ないので特に虫は見えなかった。

 グラウンドの入口から反時計回りに、叶依はそこを歩いていた。陸上部がいてその次にソフトボール部があり、サッカー部がグラウンドの約三分の一を使って、一番奥にバスケ部だ。まだそこまで歩いていないが、入口の反対側には野球部がいる。テニス部は専用のコートがあって、ここにはいない。

「なんでって……曲。暇なときグラウンド歩いてたらよく思いつくから」

「ふーん。じゃ……さっき史に何か言ってたやん? あれ何?」

「……史がクラブしてるの見ときたかったから」

 叶依はそのまま歩き続けたが、その言葉の意味を珠里亜は理解できなかった。海帆と叶依が史と何かあったことは聞いていたが、もう早くに終わったはずだった。叶依だけが史に用事ならわかるが、叶依は海帆を誘っていた。

「見ときたかったからって……いつでも良くない?」

「それが良くないんよ海帆」

 三人が歩いていたのはバスケ部の横で、やはりその中にワカナを知っている生徒はいた。叶依は何か言われた気がしたが特に振り向かず、そのままグラウンドを歩き続けた。そして、サッカー部のゴールに采の姿を見つけ、叶依は歩くのをやめた。

「良くないって、なんで?」

「海帆って料理上手かったやんなぁ? あ、珠里亜に聞いてないで」

「なーによもーっ! 電子レンジは焦げるわ!」

 珠里亜は電子レンジで食品を焦がすらしかった。

「あっ、おまえら、何してんの?」

 さっきの珠里亜の声で気付いたのか、采が話しかけてきた。

「散歩。……あっ采っ、ボール!」

「え?」

 気づいたときにはもう遅く、シュートを打ったのは史だった。けれど史はわずかに外してしまい、ボールは野球部のほうへ転がっていった。運良く采は失点を免れた。

「あーっ、くそーっ!」

「ははははは。史ー頑張れー」

 ボールを取りに走る史を見て叶依が笑い、海帆は采と話をしていた。同じときにどこかからボールが飛んできて珠里亜に当たったらしく、もちろん珠里亜は叫んでいた。ボールはバスケ部から来たようで、珠里亜は返そうと転がしたが、途中で木にぶつかって方向が変わってしまっていた。

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