5.やだもんね

「なぁ、……その後どうなったん?」

 授業が終わっていつものようにクラブへ向かい、ユニフォームに着替え終えた鷲田采は史にそう聞いた。

『その後、叶依や海帆とはどうなったのか』

 あの日、采が二人にLINEしたのは、史が叶依と海帆のどちらか、もしくは両方を好きなのだと確信したからだった。普段はあまり遊びに誘わない史が何故か急に誘ってきた、しかも二人だけではなくクラスの女子生徒二人が一緒だというので、采はかなり疑問に思っていた。

「どうなったって……あかんわ」

 史はグラウンドに出てボールを蹴りながら静かに言った。その横でキーパーの采はボールを蹴らずに指先で回している。が、上手く出来ずに落としてしまった。

「あかんって……フラれたん?」

 采はもう一度ボールを回してみたが、やはり上手くいかずにすぐに落ちた。

「いや。フラれ……ては……ない」

「でもさぁ、最近ワカナ、駅ビルにおらんやん」

 四人で遊んでから今日で約一ヶ月になるが、その間に叶依は駅ビルの広場に姿を見せなくなった。そこでバイトをしていた史もすぐにそれには気付いたが、敢えて理由は聞かなかった。後に噂で聞いたところではいくつか理由があるらしく、そのうち一つは大学のイベント等にアマチュアとして呼ばれることが増えたからだと聞いた。他には駅ビルにいると自分のことを考えてしまって嫌なのだろう、というのは史が勝手に思っていた。

「フラれてないのにあかんって、どういうことなん?」

「あいつらも──フタマタはあかんやろ」

 それ以上史は何も言わなかったが、大体のことはわかった気がした。ずっとボールを蹴っていた史はそのままゴールに向かってシュートを打ち、采も同じようにボールを蹴ってからそれぞれ持ち場についていた。

 駅ビルで叶依を見かけなくなった采は叶依と史の関係が気になっていたが、それは以前とほとんど変わらないらしかった。いつものように明るく楽しく、仲のいい友達として接していると史が言っていたし、実際にそれを見かけることもあった。海帆と史も同じことで、三人は何もなかったかのように高校生活を送っていた。


「なぁ叶依、片瀬ってどういう奴なん?」

 クラスメイトと一緒に弁当を食べ終えた史が、何故かそんなことを聞いていた。叶依と珠里亜はおそらく友人ではあるが、出会ってからこれまでの間に珠里亜は大きく変わった。まず、それまで采と同じように大人しかったのに、何故か叶依を苛めるようになった。加えて、田礼のことを巻ちゃんと呼ぶようになった。史にはあの大人しかった珠里亜から想像も出来ないことなのだろうが、当初に彼女から変なオーラを感じていた叶依はある意味で予想出来ることではあった。

「さぁ……見たまんまちゃう?」

「何が見たまんまなんよ?」

 言ったのは珠里亜で、どこかに行っていた珠里亜は帰ってきたと思えば机の上に置いてあった自分のお茶が入ったペットボトルで叶依に殴りかかろうとしていた。それは見事に叶依に命中し、もちろん叶依は珠里亜にやり返した。史はもちろん、時織に夜宵、それから海帆もそれを見ていたが、珠里亜の暴動を止めようとするものは一人もいなかった。

「ちょっともーっ! 大人しくしーよ珠里亜!」

「ははははは。嫌やもんね~だ!」

 どこかで聞いたことのあるような言葉だが、誰が言っていたのだろう。ふと叶依の脳裏に入学当初の自分の姿が過ぎった。田礼に髪を黒くして来いと言われて『いーやでーすよーだ!』と言っていた。あのときの田礼と叶依の関係が今の叶依と珠里亜の関係と同じだった。とすれば、将来的には珠里亜も誰かを怒ってその相手に『嫌だぁー!』とでも言われるのだろうか。


 学期末試験も終わって夏休みになり、叶依は都内で開かれるギターのコンテストに出場した。結果は優勝、ではなかったものの、結構良い賞は貰えた。そしてそこで叶依を業界にスカウトしに来る人もいたが、叶依はどれも断った。

 二学期になってそれを友人や知原に言ったとき、その誰もが「もったいない」と言っていた。けれど、叶依は本当にその道に進むつもりはなく、普通に生活して大人になって、豊かな老後を過ごせればそれで十分だと思っていた。いつからか綾子に払ってもらっている学費は就職してから返していこうと思っているが、何故か焦ってはいなかった。

 叶依の髪はまだ茶色いままで、むしろそれは赤に近くなったと言う人もいた。けれど、以前のように教師がうるさく言うことが少なくなったのは、叶依が有名になるかもしれないからだった。それでもやはり業界には入らないと言い張っているのでアマチュアのままではあったが、自分の学校にそんな人間がいるということを誇りにしたい教師たちは叶依に髪の注意はしなかった。


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