4.ラグビー部

「──い……おーい……叶──」

「……は、はいっ? なにっ?」

 気付けば叶依は教室の自分の席に座っていて、何故か前に史がいた。そういえば今日は一学期中間試験の最終日で、さっき自分が同じ列の子の解答用紙を集めてきたところだった。

「何か考えてたん? テスト?」

「ううん。テストじゃない」

「じゃ何? ギター?」

「うーん……まぁ……。何か用?」

「ああ、今日ひま?」

「え? 今日? 今日は……うん、何もない」

「んじゃ遊ぼ」

「ええっ、二人で?」

「アッ、アホかっ、ちゃうわ。海帆とあと俺の友達。クラブ一緒の奴」

 叶依の記憶が確かなら、史は──

「フーミンってラグビー部やっけ?」

「あ? 誰がフーミンやねん。ラグビー部とかないし。サッカー」

「ああ、そうそう。サッカーサッカー。ゴメンゴメン」

 普段なら物忘れはしないのに、今日の叶依は変だった。叶依は笑って謝ったが、史の顔はちょっと恐かった。けれどそれは怒って恐いのではなく、髪型のせいもあって、元々恐い……。

 服装とか髪型に関することは厳しいのに、それ以外のことは何故か厳しくないのがこの高校のおかしいところだった。制服で遊びに行けば普通は見つかって怒られそうなものだが、この高校に限ってそういうことはない。『地域には様々なものがあるので寄り道してでも勉強するのが良い』というのが学校の言い分だが、遊びに行ってそのまま学校に来ても許されるのはどうかと思う。叶依の髪のことをどうこう言う前に、そっちを先にきちんとするべきだ。

「ほんまはもう一人誘いたかってんけどさぁ、そいつクラブ行くとか言って……」

 史は叶依と海帆、それから珠里亜の女子三人と友人二人を合わせた計六名で遊びたかったらしいが、うち一人がクラブらしいので、珠里亜を省いて四人で遊ぶことにしたらしい。後に珠里亜に聞けば、彼女は時織や夜宵と約束をしたので史とは遊べなかったらしいのだが。


「あーっ、ほんまにワカナや」

「え?」

 叶依が海帆と食堂で昼食を食べ終えたとき、男子生徒の声がした。声のしたほうには史と、おそらく一緒に遊びに行くのであろうサッカー部の男子生徒がいた。見た感じは大人しく、頭も良さそうだ。

「ワカナって……私のこと知ってんの?」

 叶依は史の友人に聞いた。彼は叶依の前に座り、昼食は既に終えているらしい。

「知ってるで。俺、駅ビルに入ってる予備校行ってるし」

「みんな駅ビルなんやなぁ。こんな知ってる人多いと思わんかったわ」

 史と同じサッカー部の友人は、鷲田采という名前らしかった。実はこの高校にトップの成績で入学したのが彼らしく、しかも入学式で宣誓したのも鷲田采だというのは史に聞いた。


 叶依が寮に戻ったのは、午後八時を回った頃だった。四人で学校を出てから何故か駅ビルに向かい、買い物したりカラオケに行ったりして、夕食を食べてから解散した。食堂で采に出会ったときは真面目で硬そうな感じがしたが、実際彼は結構楽しい人で、友達としてやっていけそうな感じはあった。

 翌日の準備をしていたとき、普段鳴らない携帯が鳴ってLINEが届いた。

(あれ……海帆……)

 ──今日の史、変じゃなかった?

 変だっただろうか。学校の外なので別の姿だったかもしれないが。

『そう? 普通じゃない? いつもみたいに面白かったし』

 史はかなり楽しい奴で、今日もとても楽しかった。しかも帰りは采は電車通学なのでどこかへ行ったが、親切に海帆と叶依をそれぞれ家まで送ってくれた。史はそんな奴だ。

 ──そうかなぁ。ま、良いや。また明日!

『はいはーい。おやすみ☆』

 叶依が海帆に返信した直後、また携帯が鳴った。采からのLINEだった。

 ──聞きたいねんけど、おまえって好きな奴おる?

(は? こいつは急に何を……?)

『いや……、私はみんな好きですよ?』

 采が何を言いたいのかよくわからなかったので叶依はそう返信したが、返事はなかった。

 けれど、さっき挨拶したばかりの海帆からまたLINEがあった。

 ──さっき、采から意味わからんLINE来た!

 その“意味わからんLINE”が何を指すのか知っているような気がした叶依は、迷わず海帆に電話した。そしてそのLINEの内容を聞いてみたら、やはり叶依に届いたのと同じものだった。

「どういう意味なんやろあれは……」

 わからない。わからない。本気でわからない。

 ──やっぱ……史……今日なんか変やったって。

「変やったって……どういうこと?」

 ──だってさ、遊ぶなら采と二人でも良いわけやん?

「あー……史なぁ……誘いたかったんちゃう?」

 ──そこ! 誘いたいって、おかしいって!

「おかしい? おかしいんかなぁ? ……って、ちょっと待って、それってつまり、史が──」

 ──待って、やめて、やめて、言わんといて!

 叶依が言おうとしたことは海帆もわかっていたのか、叶依に言うなと言うその声は携帯を耳から遠ざけても聞くことが出来た。良いか悪いかは別にして、あまり考えたくないようだ。

「言えへんよ。言ったら……学校行かれへんし」

 ──言わんでも行かれへんって!

「いや、来て。私独りとか、もっと辛いから来て」

 叶依と海帆が独りで行くのも辛いが、史にとっては二人が揃っていることのほうが辛いのかもしれない。今日一日の史の行動と采のLINEから、考え出される答えは一つしかなかった。

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