06:狐と蛇
「屋敷に戻ってみれば依織が姿を消している。
背が高いというのもあるだろうけれど、見下ろす
私がいなくなったことで、やはり屋敷では騒ぎになってしまっていたらしい。
紫土くんの妖力を感じ取った白緑が、その痕跡を辿って私を探しにきてくれたのだ。
「勝手に連れ出したのは悪かったけど、白緑いなかったし。依織ちゃんが苦しそうなの見てたら、そのままにしてられなくてさ……」
「言い訳はいらん。そもそもお前を屋敷に招いた覚えがないんだが?」
「招かれてないけど、風の噂で人間がやってきたっていうから。気になって見にくるじゃん」
「好奇心による行動なら何をしても許されるのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
「白緑、紫土くんばかり責めないで……! 紫土くんは私のことを心配してくれたんだし、私が熱なんか出したから……」
紫土くんが怒られている姿を、黙って見続けていることもできずに口を挟む。すると、怒りに満ちた白緑の視線が私へと向けられた。
少し怖いと感じたけれど、彼が怒られる原因を作り出したのは私自身なのだ。怒られるなら、私も一緒でなければおかしい。
そう思って怒られるのを覚悟していたのに、白緑はどうしてだか、私の頭をポンポンと撫でる。
「……?」
「体調はどうなんだ? 急に動いたりして、おかしなところはないのか?」
「ううん、もう大丈夫。起きた時は少しだるかったけど、今はすっかり元気だよ」
「そうか……」
元気なことを証明するようにその場でくるりと回ってみせると、白緑は安心したように息を吐く。
「あの、迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑とは思ってない。お前のことを心配していただけだ、無事で良かった」
彼の手を煩わせたくないと思っていたのに、結局は騒ぎを起こしてしまった。
面倒な女だと、失望されてもおかしくない。なのに、白緑は怒ったのではなく、私の身を案じてくれていただけなのか。
「だが、出歩く時は気をつけろ。
「妖魔?」
「さっき、豆狸たちを襲おうとしてたやつ。獣の姿をしてるのは低級の妖魔だから、そこまで脅威でもないんだけど」
「低級だろうと、人間の依織には十分な脅威だろう」
「いだだだだ!!!!」
紫土くんの頬を
「あやかしは、他人から奪うことによって力を得ることもできる。その手段として人間の魂を食らう者や、他のあやかしを襲う者もいるんだ」
「じゃあ、あの妖魔も豆狸たちを食べようとしてたってこと?」
「そうだろうね。豆狸は弱いけど数が多いから、ちりも積もればってやつ」
こんなにも小さくて可愛い生き物を食べようだなんて、私には考えられない。
けれど、人間だって動物を食べて生きている。力の奪い合いは、あやかしの世界での弱肉強食ということなのだろう。
「特に強いあやかしや人間は、妖魔に狙われやすい。だからこそ、何の対抗策も持たずに無防備に出歩かせるわけにはいかないんだ」
「そうだったんだ……ごめんなさい」
知らないことだったとはいえ、私は白緑の婚約者としてこの場所にいるんだ。
もしも私が妖魔に食べられてしまうようなことがあれば、それこそ白緑に迷惑をかけることになるのだろう。契約を交わした以上、それだけは避けたい。
「依織が悪いわけではない。悪いのは考えなしにお前を連れ出したコイツだ」
「だからごめんって! 僕だって依織ちゃんのこと守れるくらいには強いつもりだけど」
「危険に晒したばかりのあやかしの言うことではないな」
「うっ……」
白緑の指摘を受けて、紫土くんはそれ以上言葉を続けられなくなってしまう。
「危ないことをしたのは私だから……! 紫土くんは任せろって言ってくれたのに、勝手に動いて、考えなしだった」
「依織ちゃん……」
「庇う必要はない。……が、そうだな。お前はもう少し自分の身を大事に扱ってくれ。俺の婚約者なのだから」
「は、はい……!」
私の頬に触れる指先は、発熱していた時のように冷たく感じることはない。
あの時は心地いいとすら思っていたのに、今はすごく……落ち着かない。心臓がおかしくなってしまったみたいに、騒ぎ立てている。
「それじゃあ、屋敷に戻るぞ。真紅たちもお前のことを心配していたからな。顔を見せてやってくれ」
「うん」
「僕も一緒に行っていい? いいよね?」
「戻ったら馬鹿な蛇が入り込めないよう、結界を強めておこう。
「何で!? そこは友達として招いてくれていいでしょ!?」
紫土くんが抗議の声を上げているのに、白緑はまるで聞こえていないみたいに歩き出してしまう。
けれど、その雰囲気は先ほどまでとは異なり、丸くなっているように感じるのは私の気のせいだろうか?
いつの間にか足元についてきた豆狸を三匹ほど抱え上げると、肩や頭にも飛び乗ってきたので、それらを連れて帰ることにする。
よく見れば、白緑の尻尾にも何匹かの豆狸がくっついていた。
紫土くんが何者なのかはわからなかったけど、二人のやり取りを見ていると、それが日常的なものなのだとわかる。
この世界には、悪いあやかしもいるのだということを理解したけれど。
どうやら紫土くんは、良いあやかしなのだろうと感じていた。
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