07:彼女の理由
「不本意だが、四六時中お前についていてやることができない」
言葉通り、本当に不本意そうな顔をした
先日の一件があるので、私を一人で出歩かせたくないらしい。
白緑の手を煩わせてしまったという自覚もあるし、拒否する理由もない。私は頭と肩の上に豆狸を乗せて、屋敷を出ることができた。
人間の服では目立ちすぎるからと、用意してもらった花柄の着物。
始めは慣れない服で動きにくいかと思ったのだけど、想像していたよりも快適に過ごすことができている。
元の世界では和服を着る機会なんて無かったものだから、とても新鮮だ。
「わあ、綺麗……! それにすごくいい香りがする」
草木ばかりの似たような景色の中を歩き続けていると、急に開けた場所に出る。
甘い香りがしたと思うと、そこは一面の花畑が広がっていた。見た目にも楽しい、色とりどりの花が咲き乱れている。
「初めてここに来た時に見た、桜の木も綺麗だったけど。妖都の季節って人間の世界とは関係ないのかな?」
「ウユーン」
頭上の豆狸が返事をしてくれるけれど、それが肯定なのか否定なのかはわからない。
真夏の蒸し暑さを感じさせない快適な気温に、満開の花畑。もしかすると、この世界には四季があるわけではないのかもしれない。
もしくは、今が春に該当する季節という可能性もあるのだろうけど。
「アンタ、誰?」
「えっ……?」
考え事をしながら花畑の中へと足を踏み出した時、どこからか発せられた声が耳に届く。
ぐるりと視線を巡らせると、少し離れた場所、花に紛れて動く影が目に飛び込んできた。そこにいたのは、濃い桃色のグラデーションの着物に身を包む、同い年くらいの女の子だ。
すぐに認識できなかったのは、肩の辺りまである薄い桃色の髪が、花のように見えたからだろう。
両耳は尖っていて、左右のこめかみからはそれぞれツノのようなものが生えている。
その容姿は、明らかに人間ではない。彼女は間違いなくあやかしだ。
「人間が、こんなところで何をしているのかって聞いてるの」
そう問いかける彼女は、どういうわけか私に対して敵意を抱いているように見える。
その証拠に、真っ赤な瞳が鋭さを増して細められた。
「あの、私は悪いことをしようとしているわけじゃなくて……!」
豆狸を襲おうとした獣のあやかしのように、誰もが好意的に人間を受け入れてくれるわけではないのだろう。
もしかすると、よそ者である私に対して警戒心を抱いているのかもしれない。
そうでなければ、彼女も
「何を悪とするかはアンタが決めることじゃないわ」
「きゃ、っ……! 待って、まず話を……!」
「待たないわ、アタシには聞く理由なんかないもの!」
足元に投げつけられた熱の塊に驚いて、私は反射的に後ずさる。
聞く耳を持たない彼女は、手元に赤い炎を灯している。先ほどの熱はあの炎だったのだろう。完全に攻撃態勢だ。
(炎なんかで攻撃されたら、私じゃどうにもできない……!)
この場は逃げるべきだろうか? けれど、彼女が黙って見逃してくれる保証はないのだから、背を向ける方が危ない気がした。
考えている間にも、地面を蹴った彼女は瞬く間に距離を詰めてくる。
頬に傷みが走って、炎が肌の上を掠めていったということを遅れて理解した。
「キュン!!」
「っ!?」
その時、無謀にも炎の前に飛び出していったのは、私の頭の上に乗っていた豆狸だった。
小さな豆狸が、自分の身体ほどの大きさもある炎になんて勝てるわけがない。
そう思ったのだけど、豆狸の行動に動揺したのは私だけではなかった。
「どうして、その人間を庇うの……!?」
豆狸にぶつかる直前で、彼女は炎を消す。困惑に揺れる瞳が、また攻撃に転じないとも限らない。
それは怖かったけれど、私を守ろうとしてくれた豆狸を傷つける方が嫌だった。
「お願い、この子たちを傷つけないで。私の大切な友達なの!」
「…………」
私の傍にいる方が危ないかもしれない。だけど、豆狸は離れようとしないのだ。地面に降りた豆狸を拾い上げて、いつ攻撃を受けても守れるように抱え込む。
そんな私たちの姿を見ていた彼女が、何かを言おうと口を開いた時だった。
「ギャオアッ!!!!」
「なっ……!?」
彼女の背後の森から飛び出してきた影が、奇妙な声を上げながら飛びかかってくるのが見える。その影は明確な殺意を持っているように見えた。
私の方に意識を向けていた彼女は、その影に対する反応が遅れてしまう。
「クソ、こんな時に……!」
辛うじて一撃をかわした彼女は、向かってきた影――不気味な妖魔に炎をお見舞いする。
けれど、体勢を崩していたせいか、炎は標的を見失って空中で掻き消えてしまう。
花畑に転がってすぐに立ち上がった妖魔は、花弁を舞い上げながら再び彼女に襲い掛かろうとしていた。
「この、っ……アンタ、いい加減にしなさいよ!!」
声音に怒りの色を増した彼女は、連続して炎を繰り出していく。
凄まじい攻撃に見えるのに、妖魔の動きがやたらと素早いせいだろうか? あと一歩のところで攻撃をかわされ続けている。
「っ、危ない!!」
そうしているうちに、背後に回り込んだ妖魔がその背中に一撃を加えようとしているのが見えた。このままでは彼女が危ない。
その瞬間、私は手首に巻いていた白い数珠を影に向けて咄嗟に投げつける。
「ギャアアアアッ!!!!」
妖魔めがけて一直線に飛んだ数珠は、思わず目を覆うほどの強烈な光を放つ。
その光を受けた妖魔は、聞くに堪えない醜い叫び声を上げながら、灰のようになって消えていった。
「……アンタ……そんなもの持ってたなら、アタシに使えば良かったのに」
「あなたからは、悪意みたいなものを感じなかったから」
最初に攻撃されかけた時は怖かったけれど、妖魔とは違う。彼女は意味も私をなく襲ってきたわけではない気がしたのだ。
豆狸へ攻撃を当てなかったことで、それが確信に変わったのだと思う。
あの数珠は、
お守りのようなものだと言われていたのだけど、こんな風にあやかしを消し飛ばしてしまう力があるとは。
「私、気づかずに悪いことをしてたんだよね?」
「え?」
「花を、踏んでしまってたから。……ごめんなさい」
最初に花畑へ足を踏み入れた時、私は足元にあった花をうっかり踏んでしまっていた。
対して、彼女の動き回ったところは、花が綺麗に咲いたままに見える。
あの妖魔が花を無遠慮に散らした時に、ひどく怒っていたのも勘違いではないのだろう。
「あなたにとって、きっと大事な場所なんだよね」
「……別に、そんなものじゃないけど」
言葉では否定をするけれど、その声色は先ほどまでよりもずっと柔らかい。
「アタシの方こそ、怪我をさせてしまって悪かったわ」
「……友達になってくれたら、許してもいいよ」
「友達……?」
お互い様なのだから許すも許さないもないのだし、これはダメ元での提案だ。
人間の世界では友達のいない私だけど、相手があやかしであっても、人の姿をした友達ができたら嬉しい。そんなことを思いついた。
「…………アタシ、
「え、依織……です」
「じゃあ、依織。これでチャラにしてよね」
「っ……!!」
ダメ元のお願いを、どうやら彼女――淡紅は受け入れてくれるらしい。
「うん! よろしくね、淡紅!」
生まれて初めてできた友達という存在に、私は飛び上がりそうになる自分を抑えるので精いっぱいだった。
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