19:仮初めの居場所
(ここは……洞窟の中?)
暗闇に包まれたと思った視界は、ほどなくして少しだけ光を取り戻す。
それでも周囲にあるものをはっきりと認識できるほどではなく、壁だと思って触れた岩肌の冷たさに驚く。
「悪いようにはしない、貴様はそこで大人しくしていろ」
声のした方を見ると、岩壁に青い炎が点々と灯されていく。それによって洞窟の中が明るくなり、
この二人の襲撃によって、私はこの洞窟まで連れ去られてしまったのだ。
「……どうして、私を連れてきたの?」
一度藍白の襲撃を受けている私は、すぐにでも殺されるんじゃないかと思っていた。けれど、恐らく目的は私の命ではない。
ここは二人の隠れ家のような場所なのだろう。殺すつもりなら、わざわざ連れてきたりはしないはずだ。
あの場でも実行できただろうに、それをしなかったということは、他に目的があるに違いない。
「門を壊して、二つの世界を繋げるのが目的だって……そんなことをしてまで、力を手に入れたいの?」
「当然だろう。これは、復讐なのだから」
「復讐……?」
彼にどのような事情があるのかはわからないが、そんなことをしていいはずがない。
紫黒さんは、もしかすると人間を恨んでいるのだろうか? それとも、
「その紋様。貴様は白緑の婚約者なのだろう?」
「そうだけど……」
「なぜ契りを交わしていない? すぐにでもできたはずだろう」
「それは……私は、仮の婚約者だから……」
「仮の婚約者? ……なら、おまえは兄様に愛されているわけではないの?」
それまで沈黙を守っていた藍白が、急に私に興味を示したように近づいてくる。
攻撃的な感情ばかりを向けられていたというのに、今の彼女はどこか嬉しそうに見えた。
「妖都に力を分けるのに、白緑の傍にいる方が都合がいいからって……」
「まさか、
「それは……そうかも、しれないけど……」
帰るべきだと、白緑にも言われた。妖都に来た時とは状況も変化した今、私は必要とされていない。
この世界にいる理由は、もう私の方にしかないのだ。
「……まさか、白緑に想いを寄せているとでもいうつもりか?」
「ッ……」
否定も肯定もできない私の反応を見て、それが答えだと思ったのだろう。紫黒さんが、少しだけ眉を寄せたように見える。
本人にさえ伝えられていないのに。こんな風に他人に自分の気持ちを暴かれるなんて、屈辱以外のなにものでもない。
「兄様はいずれ王ではなくなるわ。そうなれば、兄様が人間と結婚する必要だってなくなる。だからおまえは不要なの」
またしても機嫌を損ねてしまったらしい藍白は、私に対する敵対心を剥き出しにしている。そんな彼女を見ていると、やはり違和感が生じてしまう。
彼女の行動自体は、白緑を恨んでいると言われても納得してしまうほど、反抗的なものだ。
そうであるにも関わらず、白緑のことを話す藍白は、兄のことが憎くて行動しているようには見えなかったから。
「妖都は、あなたにとっても大切な場所なんじゃないの?」
「……知った風な口を聞かないで」
やろうとしていることは、止めなければならないけれど。この二人はどうしてだか、心の底から妖都を憎んでいるようには思えなかった。
だからこそ、白緑たちも全力で戦うことができなかったのかもしれない。
「白緑の伴侶として契りを交わすつもりがないのなら、貴様は用無しだ」
「じゃあ……!」
「だが、門を破壊するまでは帰すわけにはいかない」
解放してもらえるのではないかと期待したものの、そう上手くはいかない。
気がつけば、私の周囲には透明な結界が張られていた。声ははっきり聞こえるというのに、ガラスのような壁の向こうに進むことはできない。
「その首の紋様が消えるのを待てば、白緑への力の供給も無くなる。そうすれば、門の破壊も容易くなるだろう」
「そんなことさせない……! 門を破壊するなんてやめて!」
「おまえに言われたくらいで、やめる道理がないわ。せいぜいその中で時が来るのを待っているといい」
力の仕組みはわからないけれど、彼らの物言いから察するに、恐らくこの中から私の力は届かないのだろう。
この場所にいる以上、私は本当に単なる役立たずだということだ。
紋様を自分の目で見ることはできない。ただ、それが薄れつつあることは理解できた。
(早く、ここから抜け出さないと……!)
体当たりをしてみても、肩が痛むだけで結界はびくともしない。持っていた
結界の抜け道を探そうにも、都合よく穴が開いているはずもないのだ。
このままでは、紫黒さんたちの思惑通りに、門が破壊されてしまうかもしれない。
人間の世界に未練なんて欠片もないけれど。白緑たちが大切にしているものを、私だって守りたいのに。
せめて、白緑に力を与えられる人間が他にいたなら――。
(代わりの、正式な婚約者を見つけたら……?)
そう考えた時、抜け出す方法を見つけようとしていた私の思考は、電源が落ちたみたいに止まってしまう。
私はあくまで、白緑にとって仮の婚約者だ。正式に伴侶とする人間が現れたなら、その時点で私は用済みになる。
そうなれば危険を冒してまで、私を助けに来る理由なんて無いんじゃないだろうか?
妖都に来て、初めて居場所ができたと思っていた。
だけどそれは、私が白緑たちに力を与えることができる、有益な存在だったからにすぎない。
居心地が良すぎて忘れてしまったいたけれど、いつかは手放さなければならない、仮初めの居場所だったのだ。
自然と膝の力が抜けていき、地面に座り込んでしまう。
硬く冷たい岩肌が、私に現実を思い知らせようとしている気がした。
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