第11話
「あなたのせいでこんなことに!」
「自業自得だな……」
なんでだ……もういいって、このデジャヴ。
大体、詩姫に見限られたのを俺のせいにしないでほしい。この人たち、ほんとに自分の見たいものしか見ないんだな。
詩姫が鬱陶しいって思うのもわかる気がする。
で、ことの発端を説明すると。
「ちょっとついてきてください」
「いやです……」
というわけで、ファンクラブの会員御一行に連れて行かれた。
ちゃんと断ったんだがなぁ。数の暴力には勝てなかった。
ちなみに詩姫は、教室に忘れ物を取りに行っている。助けにきてくれるかは怪しい。
そのまま、えっちらおっちら運ばれた俺は、またも人気のない教室に連れ込まれ、メンチを切られていた。
「詩姫様があんなひどいことを言うわけがない!」
「きっと彼氏に脅されてるんだわ!」
「彼氏って誰!?」
毎度のことで、俺は認知されたりされてなかったり。まぁ、そこは置いといて。
俺と詩姫はちゃんと付き合ってるし、なんなら結婚の約束までしてしまった。言質を取られたので、俺はもう詩姫と結婚するしかない。
そもそも、俺と詩姫が交際宣言のように屋上でキスをしたんだが。それをファンクラブのメンバーが知らないわけがない。あの時の阿鼻叫喚は覚えてるし。
「あんなの、やらされたに決まってるでしょ!」
「最低!」
「悪魔!」
「寝取り魔!」
最後のおかしくない? 寝取ってないし、そもそもあんたらの彼女でもないだろうに。
あーだのこーだの言われるのはいいし、無視を貫くつもりだったんだが……。
「詩姫様と別れて!」
「嫌だ……」
「言うと思った! それじゃ、別れないといけないようにしてあげるわ!」
ファンクラブの会長らしい人が、指をパチンと鳴らす。
すると、ファンクラブのメンバーが俺にワラワラと群がってきた。何も知らない男が見たら、血の涙を流すくらい羨ましい状況になってしまった。俺としてはなんにも嬉しくないんだが。
「剥け! 剥くのよ!」
「写真を撮ってやるのよ!」
まずい、ますます変なことを言ってる。このままじゃ、俺のいたいけな身体を写真に収められてしまう。
キャー! なんて悲鳴をあげてもいいが、この圧迫されたとこで声を出しても無意味。助けを待つしかない。
「……おい」
ドスの効いた声、どこかの自営業の方かと思うくらいには迫力があった。
「僕の、初咲に、何をしている」
「し、詩姫様!?」
「あ、足止めはどうなってるのよ!」
「足止め? ……ああ、あの女共か。適当に愛想を振り撒いたら気絶してたよ」
詩姫がそう答えると、会長はなんとも言えない複雑な表情をしていた。
「うらやま……何をしてるのよ! あの二人は!」
「なんでもいいけどさ。さっさと初咲から離れてもらえるかい」
「そ、それはできません! 詩姫様にはもっとお似合いの人が……」
「オイ」
短い言葉、けれどその言葉だけで十分。
詩姫は、まるで全てを壊すかのような暗い色の瞳していた。
「僕の初咲を、バカにするな」
「ヒッ!?」
「消すぞ、虫ど……」
「止まれ止まれ、もういいよ」
そう言って、メンバーの群れを引っぺがしながら詩姫を宥める。
詩姫に殺気を向けられている会長は、今にも泣き出しそうな……というより、もう泣いていた。
こんなことになるとは……まぁ、とりあえずはまだ殺気を撒き散らしてるコイツをどうにかしないとな。
─────背伸びをして、詩姫にキスをする。
周りのファンクラブメンバーがざわりと騒ぎだす。悲鳴、驚愕、怨嗟。そんなもの、どうでもいい。
「ふぇ?」
目の前で、顔を真っ赤にしているこの子に比べれば。
「たまには俺にも王子様させろよ。帰るぞ」
「で、でもこの邪魔な奴らを……」
「もう一回その口、塞がれたいか?」
キザったらしくそう言ってみると、詩姫はもっと顔を赤くして、もじもじとスカートの裾をいじっていた。
「……ふ、塞がれたいって言ったら、してくれるの?」
顔を耳まで真っ赤にし、その大きな瞳をうるうるとさせながら俺に聞いてくる。
そんな反撃が返ってくるとは思ってなく、面食らってしまったが、いたって平静を装ってキザったらしく返してみる。
「……後でいくらでもしてやるよ」
「ほ、本当かい!? ふ、ふふふ、ふふぇ……」
だらしないお顔を晒す詩姫様だが、まわりのファンクラブメンバーは唖然としていた。詩姫のこんな表情は初めて見たのか、それとも何が起こってるのかわかっていないのか。
会長はというと、なにかブツブツ言いながら俯いてるし。
「じゃ、二度と俺たちに関わらないでくれよな」
そう言って、さっさと教室を出て行った。
「……ふんふーん、ふふーん」
「ご機嫌だな」
鼻歌を歌う詩姫が、嬉しそうに俺に向かって振り向く。
にへっと笑い、ごきげんなままに俺を抱きしめた。
「あの邪魔なやつらも関わってこないだろうし、それに初咲のあんなにカッコいいところも見れたし、嬉しいことばかりだよ」
「やめてくれよ……」
今でも思いだすたびに恥ずかしい。あんなことは、もう生きてるうちはやらないだろう。
なんて思ってるが、たぶん詩姫がおねだりしてきたらやっちゃうんだろうなぁ。
「ふふっ。それに、初咲がいっぱいキスしてくれるんだもんね?」
「……そんなこと言ったか」
「言ったさ。言ってないとか言ったら、僕からしちゃうからね」
「こわいこわい……」
なんて言ってるが、怖いなんて微塵も思わず。なんなら、俺からしなくても詩姫からしてくれるならそれもいいか、なんて思っていた。
「ほら、早く帰ろう? 僕といっぱいキスしてくれるんでしょ?」
「……好きなだけ、な」
今日くらいは、こうして王子様になりきってやってもバチは当たらないだろうか。
詩姫が笑顔になってくれるなら、キスくらいはいっぱいしてあげよう。
「初咲」
「ん?」
「……きょ、今日は! い、家に誰もいないよ?」
「……だから?」
そう言ってとぼけてみると、焦ったいように俺を抱きしめて、囁いた。
「僕とエッチなこと、して?」
ほどけるような艶かしい吐息と、心まで震わすような声に、俺は思わず身震いをする。
華奢で、細い手が俺の手を取る。そのまま運ばれて、彼女の控えめな胸に向かっていった。
「おま、こんなとこで……」
「僕、触られると幸せだよ。何をしても、何をされても幸せだよ。だから、シたい。今日は好きなだけ、してくれるんでしょ?」
……ああ、コイツはわかっちゃいない。自分がどれだけ、魅力的かなんて。
手のひらから伝わる鼓動。早くて、生きてることの証で、温かくて。
「愛してるよ、初咲」
……そのあと、帰ってからどうしたかなんて、言わなくてもわかるだろう。
後日。
ファンクラブの会長が大泣きしながら俺たち二人に謝り、そして俺が救世主みたいな扱いになっていたのは、また別の話。
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