第10話
「詩姫様になにをしたんですか?」
「なにもしてないって……」
「とぼけないで!」
なんなんだよ、なんでこんなことに……。
側から見れば、俺はたくさんの女子に囲まれる幸せハーレム野郎に見えるだろうか。
その実、詩姫のファンクラブの会員に詰め寄られて、覚えのないことで責められてるが。
「昼休みは呼び出しがあるみたいでさ。お昼は先に食べててよ」
「ん、待っとこうか?」
「いいよいいよ。初咲に迷惑かけたくないからね」
なにで呼び出されたかは知らんが、今日はぼっち飯らしい。アイツが弁当のおかずをちょっとくれるのを楽しみにしてる部分もあるから、ちょっと残念でもある。
屋上に入って、適当なとこに座る。
焼きそばパンの包みに抵抗されて、てこずっている時だった。
「話あるんで、黙ってついてきてくれますか?」
ファンクラブの会長に、そう言われたのは。
そして、最初に戻る。
何度目かも分からん濡れ衣を着せられながら、俺は違う違うと否定を続けていた。
人気のない教室に連れ込まれた時はどうなるもんかと思ったが……リンチとかじゃなくてよかった。
「あなたみたいな人が付き合えるわけないでしょ? 私たちの詩姫様は高貴、崇高! たいしてパッとしないあなたが付き合えるわけがないの!」
「そうよ!」
「あなた誰なのよ!」
俺、ほとんどの人に認知されてないのかね。悲しいを通り越して、なんだか感動してきた。この涙はきっとそのせいかもってな。
「あんたについて調べたけど、幼なじみらしいわね。そのよしみでしぶしぶ付き合ってもらってるんじゃないの?」
「印象を悪くしないために付き合ってあげてるなんて……」
「詩姫様、健気……」
俺が付き合ってもらってる、ねぇ。
否定できないのが辛いな。俺は言われた通りパッとしないし、自慢できるようなとこは全くってくらいないんだなぁ。
そんなわけで、詩姫と付き合えてる毎日を奇跡みたいに思ってる自分がいる。幸せなことだろうが、いつか詩姫は俺から離れてしまいそうで不安はいつも隣合わせだった。
「即刻、詩姫様と別れること! 詩姫様を傷つけないように、丁寧にね!」
「いや、別れたくないんだけ……」
「返事は、イエスのみよ!」
めんどくさいな……。別れたくないのは本音だし、別れりゃいんだろとか言ったら面倒が広がりそうだし。あとこの会長の人、掃除中にちょっと男子〜とか言ってそうだな……。
「昼休み終わるんだけど……」
「まだあと三十分はあるわ! 逃げようなんて思わないでね!」
時間管理しっかりしてんな。タイムキーパーとか向いてんじゃね、知らんが。
この場をしのぐために嘘をついてもなぁ……逃げようとしても、このゾロゾロといるファンクラブ会員共に道を塞がれてる状況じゃ逃げれないし。どっかの天下取る系動画配信者か? そっちは道を開けてもらうほうか。
「わかったわかった。あとでちゃんと言うよ」
「イエスかはいかって言ってるでしょ!」
「イエスはい」
「言質はとったから! 別れなさいね、必ず!」
事情を話せば、詩姫がどうにかしてくれるかね。詩姫に迷惑かけんのも嫌だな、黙っとけばいいか。
「よし、帰るわよ!」
会長がそういって、振り返ったその瞬間。
「帰らせないよ、お姫様方」
さわやか笑顔を振りまく、詩姫が扉を開けて待っていた。
「し、詩姫様!?」
「カッコいい……」
「か、顔がいい……」
そこは同意する。初めて気があったような気がする。
呼び出しがあったんじゃないのか? まぁ、ここにいるってことは呼び出しの件は終わったんだろうけどな。
「会長くん……初咲をここに連れてきて、何をしていたのかな?」
「ふぇ!? そそそ、その! 詩姫様の日常をお聞かせしていただこうかと……!」
「……ふむ、嘘をつくんだね」
びくり、と会長の肩が震えた。どうやら嘘だってことはバレてるらしい。話の内容を聞いてたのか?
「全部聞いていたからね。別れろだとか、僕とは釣り合わないだとか。人の彼氏に好き放題言ってくれるじゃないか」
「そ、それはその……!」
「言い訳は聞きたくないね。時間がもったいない」
詩姫はうーん、と考える素振りを見せ、閃いたような顔で会長につげた。
「君たち、僕のファンだかなんだか知らないけどね。邪魔するならファンクラブ、解散してもらうよ」
「そ、そんな!」
会長はあたふたと慌てながら、声を上げる。別にファンクラブが解散しようが、追っかけを禁止されるわけでもないからいいと思うがね……。
「僕に付きまとうのはまだ許してあげれたんだけどね。けれど、初咲にまで迷惑をかけて、あげくに別れろ?」
詩姫は笑顔を消し、見たものが凍りつくような表情で低く言い放った。
「消えろ、有象無象どもが」
王子様は颯爽と俺の手を掴むと、ファンクラブの全員を凍らして教室から俺を連れ出した。
「お前、あんなこと言ってよかったのか?」
「ん? 何がだい?」
きょとん、となんのことかと首をかしげている。さっき言った言葉はかなり強めの言葉だったと思うが……。
「消えろとか言ったろ。さすがに言い過ぎじゃないか……」
「大好きな彼氏のことをバカにしたあげく、別れろとか言い出した奴らだよ? 対等じゃないかい?」
「俺に言ったことは事実だしな……」
「初咲はカッコいいよ? 君もおかしな人だなぁ」
おかしいのはお前だが。俺がカッコいいとか一体なにを言うとるんだか。
たいしてかっこよくない俺を見つめ、詩姫は話す。
「……別れるとか、言わないよね?」
「は?」
「さっき、返事してたでしょ? 別れるって言えって言われて、言うよって」
言ってたなぁ、その場しのぎに。
ま、その場しのぎだから言うつもりはさらさらない。安心させるためにも、はっきり言っとくか。
「言うわけないだろ。逆に俺が別れるって言われないか、毎日ヒヤヒヤしてんだぞ」
「僕が? 言うわけないでしょ」
クスクスと笑う詩姫に、俺は目を細める。
こんなふうに言ってくれてるが、実際のところ不安はまだ残っていた。
「けどさ、正直わかんないんだ。俺のことをなんで好きなのか」
繋いだままの手に視線を向けて、俺は詩姫に聞いてみる。
こんなことを聞いて、また女々しいと笑ってくれるだろうか。
「嫌になったら、すぐに別れ……」
その先を言わせてくれなかった。ほんとに、やることが王子様なんだよな、コイツは。
王子様の口づけに、言葉を続けられなかった。
「……好きになるきっかけなんて、いくらでもあるよ。昔から、君と一緒にいたんだから」
口を離した詩姫が目を細め、俺を見つめる。こんなに顔が近いと、眩しくて目を瞑ってしまいそうだ。
「アイスを半分こしてくれたり、こわくて嫌いだった近所の犬から守ってくれたり、一緒に昼寝するときは手を繋いでくれたり」
昔……まだ俺たちが、恋だとかそんなもの知らなかったころ。
それとも、もう俺が詩姫を好きになっていたころか。
「お弁当を美味しそうに食べてくれるところ。手を繋ぐ時は、恋人繋ぎにしてくれるところ。僕が好きだって言ったら、照れながら好きだよって言い返してくれるところ」
真摯な瞳が、嘘偽りのまじっていないことの証明。
その瞳に吸い込まれていると、詩姫は俺を抱きしめた。
「僕のほうが不安さ。こんなに大好きな人が、毎日恋してる人が、なにかをきっかけに僕から離れてしまう時を想像して……」
力をこめているはずなのに、その腕は頼りなく震えている。
俺よりもカッコよくて、身長だって高い。そんな彼女がこんなにも弱々しく見えてしまう。
「……僕から、離れちゃやだよ。お願いだよ、大好きだから……」
こんなことになったのは、誰の責任か。無論、俺だった。
俺がこんなことを聞かなければよかっただけの話だった。まったく、口は災いの元とはよく言ったもんだ。
「……俺も好きだよ。離れたりしない」
だから、そんな災いを消しとばすくらいの愛を。
「結婚の約束までしてんだぞ、そう簡単に別れてたまるか」
「……僕と、結婚してくれる?」
「その時まで、お前が俺に飽きてなければなって話だよ」
「言ってよ、結婚するって言って」
急に甘えだすな……可愛いからいいか。王子様なのかお姫様なのか、これじゃあ分かんないな。
「結婚しよう」
「……ふふっ、ふふふ」
……なんだ、なにを笑ってんだ。結構、恥ずかしいこと言ってんだぞこっちは。
俺からパッと離れた詩姫は、スマホを操作して何やら音声を流し始めた。
『結婚しよう』
「言質、とっちゃった」
「お前なぁ……」
そんなもの録ってどうすんだよ……。結婚なんてまだできないってのに。そもそも俺が、飽きられそうだし。
嬉しそうな顔をしていた詩姫は、スッと顔の表情を消した。そして、抑揚のない声と光のない瞳を俺に向ける。
「結婚は絶対にするさ。僕はファンクラブの人と違って、初咲のこと、絶対に逃がさないから」
「はいはい……」
「僕から逃げられると思わないでね。僕って結構、粘着質だよ?」
なんて言ってるけど、俺は軽い口調で言い返す。
「知ってる知ってる。そこも好きだからな」
「ふぇ、ええっ!?」
顔を真っ赤にしてる王子様に、俺は言ってやる。
「俺だって何年も何年も、初恋をこじらせてるんだからな。甘くみんなよ」
「は、初恋? それって僕のことが……」
気づかなくていいことに気づく奴だなぁ。まぁ、嬉しそうにしてるからいいか。
ニヤついてる可愛い彼女に、俺は手をもう一度繋いで歩き出す。
「さっさと行こうぜ。昼休み終わるぞ」
「うん! 初咲だいすき!」
「脈絡ないな……」
きっとこの子から逃げられない。そもそも、逃げるつもりなんてない。
固く繋いだ手、熱を感じる手のひら。
鼓動すらも伝わるだろうか、思いだって伝わるだろうか。
伝えられるなら、この胸の内をもれることなく伝わってほしい。
俺は、詩姫が大好きだってことを。
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