第9話

「僕のお姫様はどこかな?」

「「「キャアアアアアア!!」」」

 鼓膜をつんざく黄色い声。ファンの女子に囲まれた詩姫が悲鳴のような歓声を浴びていた。

 女の子しかいないこの教室に、男の俺が一人ポツンと立っている。なんでかっていうと詩姫の頼みなんだが……。

 事の経緯を説明しよう。俺たちは文化祭で演劇をやることになったんだが……演劇の中で、王子様役をやることになった詩姫の衣装合わせに、俺まで引っ張られてきた。

 なんで俺もいないとダメなのかは知らんが……ファンの子からしたら、俺なんていようがいまいがどうだっていいらしい。

「……初咲。どうかな?」

「いいんじゃないか」

 ろくに目も合わせずにそういうと、ファンの子たちからメラメラと殺気を感じた。

「詩姫様に対してなにあの態度」

「なんでアレが付き合えてんの」

「脅し? 情け? 金?」

 女性って怖いな。このままだと女性恐怖症になっちまいそうだわ。

 チクチクというよりはグサグサな物言いに気まずくなっていると、今度は詩姫がメラメラと殺気を燃やしていた。

「僕の初咲に文句でもあるのかな?」

「滅相もない!」

「仲睦まじいご様子で!」

 冗談抜きで王子様みたいだな。独裁国家の王子様。王子様ってよりは王様か?

 ため息を吐いてぼんやりと考える。なんで俺がこんな場所に、なんて。詩姫の考えることはよく分からん。

「……お姫様方、少しばかり席を外してくれるかな?」

「え?」

「そ、その……詩姫様の衣装合わせはまだ……」

 唐突にそんなことを言われて、ファンの子らは困惑していた。俺も俺で困惑していた。詩姫がそんなことを言いだす訳がわからなかったから。

「少しばかり、初咲に用があってね。二人きりで話したいことがあるのさ」

 そういってリーダー格らしきファンのひとりの手を取り、両手で挟み込む。

「僕のお願い、聞いてくれないかい?」

「は、はははふぁひぃ!」

 率直にいって気持ちの悪い返事をするファンのリーダーっぽい子は、そそくさと部屋から出ていく。

「詩姫様のお願いは絶対よ! みんな出て!」

「あ、それと覗き見してる子がいたら分かってるよね?」

「ふ、ふぁい! みんなわかった!?」

「「はい!!」」

 軍隊かよ。こりゃ本格的に一国を築けるんじゃないか?

 ぞろぞろと教室から出ていくファンの子を横目に、俺は詩姫に聞いてみる。

「なんで俺は呼ばれたんだよ。おかげさんでヘイト買いまくりだぞ」

 野郎どもは看板作りだったり飾り作りだったり、やることが別にあった。そんな中で彼女から、みんなの憧れである詩姫に呼び出された。

 そんなの殺意を向けられるに決まってる。俺でも殺意を向ける自信があるからな。

「もちろん理由はあるさ。衣装を着た僕を一番に見てほしくてね」

「……そう、かよ」

 危ない、そんなことかよって言いそうになった。誰が何番目に見ようと変わらないように思うんだが……。

 まぁ、一番に見てほしいって言われて嬉しくないわけでもない。それに一番に見れたっていうのは、なんだか彼氏特権ぽくていい。

「どうだい? 似合ってるかな?」

「似合ってるよ。さすがは王子様だ」

「ふふっ、そう言われて悪い気はしないね」

 ふんふーんと鼻歌を歌う詩姫に、俺は聞いてみる。

「本当にそれで呼んだのか?」

「え? そうだよ?」

「そうか……」

 残念なような、安心したような。二人きりでいたいからとか言われたら、なんて想像していた自分が恥ずかしい。

「……なんだい? もっと別の理由で呼んだほうがよかったかな?」

「いや、そういうわけじゃない。お前の衣装合わせを見れたのはよかったし」

「……そっか」

 ……なんとも気まずい雰囲気になってしまった。本当に衣装合わせを見れたのはよかったと思ってるんだが……。

 雰囲気を悪くしたのは俺だし、責任を取るなんて大層なわけでもないが、先手をとらせてもらおう。

「俺は、お前と二人きりになれて嬉しかったよ」

「っ! きゅ、急になんだい? 照れるじゃないか……」

「ホントだよ。学校じゃなかなか二人きりになれないからな」

 ファンの子が邪魔……なんていうとファンの子に殺されそうだが、いつも詩姫の後ろをカルガモのようについてまわっている。まるで名物のような扱いで見られているが、俺からしちゃいい迷惑だ。

 詩姫と二人きりでいられない時間が増える。弁当だって二人で食べたいが……まぁ、無理そうだしな。

「ファ、ファンの子が邪魔ならそう言うよ?」

「いや、いい。そんなことしたらお前の印象が悪くなるだろ」

 詩姫が鬱陶しいと思ってるならいいが、俺のためだけに詩姫が口を悪くする必要はない。

 詩姫は指をもじもじと絡めて、恥ずかしそうにポツポツと話す。

「ぼ、僕もね、本当は二人きりがいいんだ。初咲と一緒にいたいんだよ」

「そ、そうか……」

 まずいな、よけいに気まずくなった。こんなはずじゃなかったんだが……。

 とはいえ、さっきの気まずさとはどこか違う、なんだかくすぐったい気まずさだった。今なら、多少のことをしても許されるだろうか。

「詩姫」

「ん? なんだ……っ」

 おもむろに詩姫を呼び、キスをする。少し背伸びをしないといけないのが辛い。

 数秒たって、唇を離す。目の前に広がったのは、顔を真っ赤にしている王子様だった。

「な、なんで急に……」

「二人っきりの今じゃないとできないだろ」

「そ、そうだけど! そうじゃないよぉ……」

 涙目になって、顔を真っ赤にしたままになっている。可愛すぎて、こっちは胸が熱くなりそうだ。

「ね、ねぇ。初咲」

「どうした?」

「も、もっとして?」

 そんな可愛いお願いをされたら、しないわけにはいかない。

「もうちょっとかがんでくれ」

「う、うん。わかった」

 少しかがんで、顔を近づけてくる。まるで待ちきれないとばかりに、お互いに口と口をつけ合わせた。

 今頃、ファンの子は怒ってるだろうか。教室に取り残してきた野郎どもは恨みを募らせているだろうか。

 けど、今だけは。この時間だけは、詩姫と二人だけで。


「……どうして、口と口をあわせるだけで幸せになるんだろうね」

「さぁな」

 俺を抱きしめる詩姫が、そんなことを言ってくる。たしかになんでだろうな……。帰ったら調べてみるか。

「……僕は、よく王子様だとか言われてるけどさ」

「そうだな」

「僕にとっての王子様は、初咲なんだよ」

「そんな大層な人間じゃないな」

「違うよ、それくらい大好きなんだよ」

 ……恥ずかしげもなく、そんなことばっか言ってくる。俺のことをもうちょっと考えてほしいんだがな。

「じゃあ、お姫様のことは大切にしないとな」

「っ! お、お姫様か……。ふふっ、初咲にとってのお姫様……」

 そんな嬉しそうに笑うこの子が、可愛くて仕方ないこの子が王子様に見えるわけがなくて。


「じゃあ、僕とずっとずっーと一緒にいてね」


 俺のことを強く抱きしめて、離そうとしないこの子を、どこまでも大切にしたい。


「だいだいだいすきだよ。僕の王子様っ」

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