第8話

「ふふっ、ふふふっ。幸せだなぁ」

「そうですか……」

 俺の腕を抱いて歩く詩姫。身長差のせいで、でこぼこなシルエットになっている。そんなことより気になるのは、俺の腕を抱いて幸せそうな顔をしている詩姫、を見る周りの目だった。

「羨ましいぜ……」

「甘えてる詩姫様、かわいい……」

「隣のチビ誰だよ」

 いつになったら俺も認知してもらえるんだよ。別に認知してほしいわけじゃないが、顔くらい覚えろよ。あとチビって言うな。

 男共は悔しそうに睨んでくる、ファンの女子は詩姫に相変わらず酔倒している。みんなの詩姫様が俺の彼女になっても、そこは気にしてないのだろう。

「あんまり目立つようなことすんなよ」

「目立つ? 確かに僕は目立つくらい綺麗だけど……」

 自分で言うかね、ふつう。確かにコイツは見目麗しい美少女……少年? 分からんが、整った顔をしてる。

「お前が俺に引っ付いてるから、周りがイライラしてんだよ。見せつけんなってよ」

「見せつけるも何も、勝手に見てくるだけじゃないか」

「それはそうだが、わざわざ外で引っ付かなくても……」

 そういうと、詩姫はしょんぼりとした顔で抱きつく力を弱める。

「僕に引っ付かれるの、嫌だった?」

「……あのなぁ」

 なんでそんなに卑屈になるんだ。今まで一回でも嫌がる素振りを見せたことがあるかよ。

「だ、だってだって。僕とご飯を食べるの、嫌がったじゃないか……」

「あれは……」

 俺がコイツを突き放した時か。いつの話だよ、まったく。

 けれど、俺のせいでコイツが卑屈になってるんだ。そこはちゃんと責任を取らないとな。

「……あの時は、お前と離れるつもりだったんだよ」

「や、やっぱり僕のこと、嫌い……」

「なわけないだろ。最後まで聞けよ」

 誰に似たんだか、せっかちだな。そうやってしょげた顔を見せられると心が痛くなるからやめろっての。

「あの時は、俺とつるんでるからお前が窮屈な思いをしてんじゃないかって思ってたんだよ。でも、今こうして二人でいられて改めて思うよ」

「……なにを?」

「お前と二人でいられてよかったなって」

 あの時、アイツが伝えてくれた言葉。

 身も心も、俺のものだって。好きだって、伝えてくれた。

「俺はお前のことが大好きだし、ずっと一緒にいたいと思う。誰にも渡したくない」

 だから、と息も吸わずに続ける。

「ずっと一緒にいてほしい。俺は誰よりもお前のことが好きだよ」

 言い切って、我に帰る。かなり恥ずかしい愛の告白をしていたと。

 とはいえ、コイツに対しての思いは本当だし、ちゃんと本当の気持ちを伝えないと、一生コイツは引きずるだろう。これでよかったのかもしれない。

「……」

 詩姫は黙ったまま、俺を見つめ続ける。身長差のせいで圧力を感じるんだが、はやく喋ってほしい。まるで拷問でも受けてるみたいだ。

「……おい?」

「……帰ろっか」

「は?」

 今コイツ、帰るとか言ったか?

 そんなに言われたことが気に食わなかったのか? 気分を害するレベルだったのかよ、なんなんだよ。

 俺の首根っこを掴んで、引きずるように逆方向へ歩いていく。俺はされるがままで、口だけは反抗する。

「おい! 学校どうすんだよ!」

「どうでもいい」

 真顔で言い放ち、俺のことを見向きもしない。一体コイツは、何を怒ってるんだ?

「おいっ、おい! 話聞けよ!」

 なんど呼びかけても反応しない。ズカズカと来た道を戻っていく。体格差のせいで、俺はどうにもできない。

 あっという間に詩姫の家までついてしまった。器用に俺の首根っこを掴みながら鍵を開けて、そのまま中へ入っていく。

「なんなんだよ! 俺に好きって言われたことがそんなに嫌か!?」

「黙って」

 ……そんなに嫌なのかよ、俺の声が。俺の思いが。俺だけかよ。浮かれてたのも、喜んでたのも。

 暗い感情が胸を締めつける。好きなのは、俺だけだったのかよ。

 重い心と体を引きずられながら、見知った部屋に入る。アイツの、詩姫の部屋だ。昔より整っていて、ちょっとだけ女の子っぽくなっただろうか。

「座って」

 そういって、俺はベッドに座らされる。座って、なんて言っているが、まるで命令のようだった。

「なんなんだよ……嫌いなら嫌いって言えよ」

「……嫌い? 誰が誰をだい?」

「はぁ? お前が俺を……」

 そういうと、詩姫は盛大に吹き出した。

「あは、あはははは! 僕が? 初咲を?」

「そうだろ!? お前、俺の話聞いた瞬間に黙り込むし、黙れとか言い出すし……」

「だって、これ以上初咲の声を聞いてたらおかしくなりそうだったからさ」

「そんなに俺の声が嫌いなのか……」

 そんなに嫌いなら、なんで付き合ってんだよ……。

 あの手の温度も、キスも、鼓動の速さも、嘘だったのかよ。

「嫌い? とんでもない! 大好きさ!!」

「は、はあぁ?」

 思わず間延びした声が出てしまう。意味がわからない。あの態度と言葉で、好き? 冗談も大概にしてほしい。

「これ以上聞いたら、好きって気持ちが溢れておかしくなりそうだったんだよ! 今だって初咲に好きって言われて、おかしくなっちゃいそうなんだよ!?」

 しゅるり、と胸元のリボンを外す。プチプチと上着のボタンを外して、はらりと脱ぎ捨てた。

「大好きだ大好きだ大好きだ! 初咲、初咲初咲初咲ぅ!」

 そういって、我慢できないとばかりに俺に飛びついてきた。そんなこと予測できるわけもなく、されるがままにベッドに倒れ込んでしまった。

「あぁ、好きだ好きだ好きだ! 目も鼻も口も髪も耳も肌も! どれ一つをとっても愛おしいよ!」

 まるで獲物を前にした獣のような、荒々しい輝きを放つ瞳。その瞳を見て、理解した。

 俺は、今から喰われる。

「さっきの言葉は嬉しかったよ! 嬉しくてその場で心臓を刺して死のうとさえ思った! 僕も好きだよ、大好き大好き愛してる!」

 耐え切れないというように、俺の口を塞いでくる。詩姫の甘い匂いに侵され、口がドロドロに溶けていく。

「っふあ、ハァ、ハァ。足りない足りない足りない! 伝え足りないよ、ふふ、あははは!」

 また口を塞がれる。そう思って身構えていると、温かいものが首をなぞった。

 詩姫の舌が、俺の首を這っていた。

 そんなの予想できるわけもなくて。いきなりの感触に、思わず声を漏らしていた。

「うあっ」

「……今、声出した?」

「……出してない」

 そんな恥ずかしいこと認められるわけもなくて、否定する。それでもバレていたらしく、詩姫はニヤァと顔を歪めた。

「可愛い、可愛い可愛い可愛い。どうしてそんなに愛おしいんだい? 可愛い、カッコいい、ああ好きだ、大好きだよ!」

 可愛いなんて言われても、嬉しくないはずなのに。コイツに言われる言葉は重くて濁った愛情を感じて、嬉しく思ってしまう。

 されるがままで、伝えられるがままで。

 学校とかそんなの、忘れてしまっていた。




「ご、ごめん……」

「いいって」

 しばらくしてから落ち着いて、謝ってきた。俺のことを抱きしめながらだから、ほんとに反省してるかは怪しいが。

「学校もサボっちゃったし、今日はもうこのまま二人でいとこう。今更行っても面倒が広がるだけだしな」

「ほ、本当かい!? 今日一日中、初咲を独り占めできるのかい!?」

「……夕方には帰るからな」

 お前のご両親に合わせる顔がねぇよ。知らぬ間に上がり込んで、その上娘さんと情事に励むとかよ。

「それでも嬉しいよ、ふふふっ……」

 一体なにを企んでるんだろうか。目が笑ってないのは触れないでいてやるか。


「ねぇ、初咲」


「なんだよ」


「だいだいだーいすき」


「……子供かよ」


 ……なんて言っても、俺もコイツのことが。




 子供かよって笑われるくらい、大好きだ。

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