第6話

「ふふっ、ふふふ」

 なにが楽しくて笑っているのか知らないが、コイツが幸せそうならそれでいい。

 いつものごとく屋上で、二人並んで飯を食っていた。しかし少し違うのが、俺の昼食だった。

「美味しいかい? 愛情をたっぷり込めて作ったんだよ」

「うまいよ」

 詩姫が、俺のために弁当を作ってきてくれていたのだ。「あーんもしてあげるよ」 なんて言っていたが、さすがに断った。そんなことしたら、さすがに学校生活が終わる。

 周りのやつらは、いつもより仲睦まじい俺たちを何事かと訝しむような目で見ている。ファンの子は殺意をグツグツに煮詰めた視線を、詩姫に恋する野郎共は焦っているような、信じられないようなものを見る視線を。実際、「嘘だよな……?」 なんて声が聞こえてきた。

 そんなに俺は、コイツの隣が似合わないかね。

「なぁ、やっぱ別のとこで食わないか。それか、一緒に食うのは……」

「……僕とご飯を食べるの、嫌?」

 そんな捨てられた子犬のような顔をするのはやめてほしい。俺はコイツの泣き顔に弱いことが、最近になってわかった。

「嫌じゃない、なんなら一緒に食いたいと思ってる。でも、周りを見てみろよ」

「周り? キャベツ頭の人間しか見当たらないけど?」

「……お前が俺以外の人間をどう思ってるか、よーく分かったよ」

 なんだ、キャベツ頭って。緊張してる小学生かよ。

 俺以外の人にも興味を持ってほしいところだが、俺以外の人に興味を持たれるのも寂しいような、嫌なような。

「周りばっかり気にしてないで、僕との時間を楽しんでよ」

「今にも暗殺されそうなのに楽しめるか」

 命の危険を感じながら飯を食うとかやってられるか。俺だって詩姫との時間を味わいたいし、周りの目なんて気にしないで詩姫とイチャつきたい。

「……ふむ、しょうがない。僕が一肌脱ごうじゃないか」

「は? お前、なにをするつもっ……」

 言葉を遮られたのは、キスをされたからだ。

 ほんとにやることなすこと、王子様の振る舞いなんだよなぁ。俺の立場なんてありゃしない。

「……そういうわけだから。ファンのみんなも、僕のことを好きだった人も、ごめんね?」


「詩姫さまはみんなのものなのにー!」

「なんであんなのが……」

「アイツ誰?」

 俺たちを見ていた周りのやつらは、目を丸くしたり、絶望の悲鳴をあげたり、崩れ落ちたり。三者三様のリアクションをご丁寧にありがとう。

 俺だけ散々な言いようだが、まぁ気にしないでおこう。俺には詩姫がいてくれる。それだけで、俺の心は救われる……わけないだろ。俺だって人間だぞ。

「……僕の初咲をバカにするなんて、たいそうな人間だね?」

「おい、無視しとけって。そんなもん一々気にすんな」

「でも……」

 俺のために怒ってくれるのはありがたいが、俺のために問題を起こすのはいただけない。そんなことされちゃ、消えたはずの罪悪感がまた這い上がってくる。

「俺との時間を大切にしてくれよ。今までの無駄にした分の時間を取り戻すんだろ?」

「……それもそうだね」

 変な行動に出ないでくれて助かる。聞きわけのいい子は好かれるってな。

 気を取り直すように、詩姫はお弁当の卵焼きを一つ摘んで俺に向けてきた。

「はい、あーん」

「……なにしてんだ?」

「初咲が言ったんだろう? 君との時間を大切にしてくれって」

「それとこれとになんの関係があるんだよ」

 そう言ってみれば、詩姫は分かってないなぁとでも言うように首を横に振る。こういうのも様になってるのがちょっとイラっとする。

「君とはこれから、毎日毎時間毎秒イチャイチャするつもりなんだよ? それくらいしなきゃ時間は取り戻せないのさ」

「……だからってこんなことしなくても」

「それとも、なんだい? 僕にあーんってされるのは嫌なのかい?」

 またそういう顔と言い方を……。コイツ、わかってて言ってるんじゃないだろうな。

「嫌なわけないだろ。食べるよ」

 やけになって、箸に摘まれている卵焼きを一口で頬張る。俺のために作ってくれているのか、甘い卵焼きだった。

「美味しいかい? 僕との間接キスは」

「……うまいよ、毎日でも味わいたいね」

 からかうような物言いに、思わずムキになって言い返してしまう。

 そんな言い方されるとは思ってなかったのか、反撃されると思ってなかったのか、詩姫は顔を真っ赤にしていた。

「ふぇ? そ、そそそれってプロポーズってやつ……かい?」

「……気が早いわ」

 そういうと、残念そうな顔で「そ、そうだよね……」 としょげてしまった。そこまでしょげるもんか。まだ早いってだけなんだけどな。

「いつか、な」

「……い、いつか? 僕と結婚してくれるのかい?」

「お前が俺に飽きなけりゃあな」

「あ、飽きるなんてとんでもない! ……そ、そうか。僕と結婚するつもりで……ふふ、ふふっ」

 嬉しくてたまらないのか、照れているのか、指をモジモジと絡ませて顔を真っ赤にしながらニヤけている。そんな姿があんまりにも可愛い。そろそろ俺も病気が深刻になっている。

「ね、ねぇ。今日も、僕の家には誰もいないんだ」

「……だから?」

 何も知らないフリをして、そう言ってみる。詩姫はムッとした顔をしていたが、今度はしおらしい顔で俺の手をサワサワと触ってきた。

「……今日も、シたいな」

 こういうとこで、そんな甘えるような声で言わないでほしい。ドクンドクンと心臓が跳ねてしまってしょうがない。こっちはただでさえ、キスにあーんのダブルパンチでスタミナ切れだというのに。

「……帰ったらな」

「! や、やったぁ……! ふふ、ふふふふっ」

 精神疲労もだいぶ辛いが、体力面でも疲れるのは勘弁してほしい。

 両想いが発覚したあの日。俺たちは長い間、募らせて拗らせた想いをぶつけあった。最後のほうは、俺はされるがままだったが。

 今日もされるがままになるだろうか。そういう面でもリードされるなんて、本当にコイツはどこまでも王子様だ。

 でも、俺の前だけで見せる表情。声や仕草、胸の高鳴り。

 そんなところが可愛くて可愛くてしょうがない。今だって、ほら。

「そ、それだけじゃなくってさ。一緒にゲームしたり、ゴロゴロしたり……い、いいい一緒にイチャイチャ、したくて……」

 こんなに不器用なこの子は、王子様なんかじゃなくて。

「な、なんでニヤついてるのさ」

「ごめん、お前が可愛くてな」

「ふぇ、えぇ?」 


 俺にとっての、大切な大切な、ただの一人の女の子なんだ。



 

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