第5話
「いづっ……」
「初さ、く……」
無我夢中で詩姫に飛びついて、カッターナイフを取り上げた。その拍子に、頬を少し切ってしまった。
「あ、ああぁ……」
少し顔に傷がついただけの、大したことのないケガだ。けれど、詩姫のほうが傷ついたような顔をしていた。
「僕が、僕がしたんだ。僕のせいで、嫌だ、嫌わないで、嫌わないで……」
「いでで……。こんくらいで嫌うかバカ」
「でも、でもぉ……」
おどおどと俺の顔を気にし続ける。確かに痛いし傷が残ると嫌だが、このくらいで嫌いになるのは訳が分からない。
「大丈夫だって言ってるだろ。そんなに気にするなら手当てでもしてくれよ」
「そ、そうだね! 手当てしなくちゃ、ああでも道具なんて持ってないし……」
こういう時にポンコツになるんだよな。いつもは飄々と、なんでもできますみたいな顔してるくせに。こんなところが、ほんとに可愛い。
「とりあえず保健室に……」
「ぼ、僕が手当するよ! 責任はちゃんととる!」
責任とかじゃないんだが……。痛いからさっさと手当したいのに、詩姫は僕がやると言って聞かない。
こういう頑固なところも可愛いとか思ってるあたり、俺も病気だな……。
「痛くないかい? 辛かったらすぐに言ってね? 僕が必ず治すからね」
「大げさだって……」
詩姫の部屋で、俺はベッドに寝かされていた。必死な様子で手当をしてくれた。といっても、消毒して絆創膏を貼っただけだが。
「大げさなんかじゃないよ。僕の大切な人にケガをさせてしまったんだ。時代が時代なら切腹ものだよ」
「戦国時代かよ……」
好きな子が切腹してるところなんて見たくもない。俺の顔には価値はないが、コイツの命は値札をつけるのさえ失礼だ。
「……お前さ。さっきから好きだの大切だの言ってるけど、本気か?」
「本気だよ。好きでもないのに好きなんて言うかい? 好きだよ、初咲」
「……無理だ。お前の思いは受け取れない」
「どうしてだい?」
さっきよりかは落ち着いて聞いてくれたが、穏やかではないオーラをまとっている。
とはいえ、しっかりと断らないといけない。俺とコイツじゃ、どうやったって釣り合わないから。
「俺とお前じゃ釣り合わない。俺はバカにされようとどうだっていいが、お前が俺のせいでバカにされたり、価値が下がるのは嫌だ」
一息にそう言い切ると、詩姫はきょとんとした顔で首を傾げた。
「……それだけかい?」
あまりの言いように、俺は泣きそうになる。かなり気にしていることだし、勇気を出して言ってるんだけどな。
「そんな周りのバカ共なんて気にしないでいいじゃないか。僕と付き合おうよ」
「あのなぁ……」
ベッドに寝ている俺の顔を、詩姫は覗き込んでくる。好きな子のベッドに寝かされて心臓はうるさいのに、顔を覗き込まれるなんて殺しにきている。
「僕のことが嫌いなのかい?」
「なわけ……」
反射的にそう言ってしまった。すると詩姫はニンマリと笑い、もっと顔を近づけてくる。
「僕のこと、好きなのかい?」
からかう声音にムキになってしまう。子供の頃からそうだった。コイツが俺をからかって、俺はムキになって。
そんな昔とは変わってしまった。けれど、たまにこうして昔に戻る瞬間が、たまらなく好きだ。
「好きだよ」
「……友達として?」
「一人の女の子として」
言うつもりなんてなかった。墓場まで持っていくつもりだった。
けれど、溢れるものは抑えられなかった。
「ふぇ?」
顔を真っ赤にして、詩姫は驚いていた。
そんなことに気づいてやれるほど、俺は余裕はない。
「お前が好きだ。好きだ好きだ好きだ」
「ふぇ、あの、僕は……」
「お前のことが何もかも好きだ。弁当の味も、俺より高い身長も、綺麗な顔も、ちょっと好きって言われただけで真っ赤になるところも」
なんで俺、こんなこと言ってるんだろな。好きな子に、赤裸々に想いを伝えるなんてこっ恥ずかしいこと。
顔から火が出そうなくらい熱いが、それは向こうも同じなようだ。
「ぼ、僕のほうが好きだよ! お弁当だって食べてほしくてわざとからかってるし、君が使った後のお箸は舐めてるし、朝は君のことを見つめてよくバレてるし……」
一体コイツはなにを張り合ってるんだ。それに箸を舐めるとか、俺のことを見つめてるとか。一体なにをしてんだ?
「おま、そんなことしてたのか……」
「あっ。ご、ごめん……嫌だった?」
「……嬉しい」
そうだ、嬉しかった。たぶん普通なら嫌なんだろうが、嬉しいと思ってしまった。
だって、そんなに思われてるってことだ。ずっとずっと好きだった子に、こんなに思われてたなんて。
「ぼ、僕が君のことを思いながら一人えっちしてたり、君がいない時に、君の制服の上着の匂いを嗅いでたりしても?」
「可愛い、好きだ」
「え、えへへ……」
なんだそりゃ、可愛いな。……待った、コイツ今一人えっちだとか言ったか?
そこまで赤裸々に言わなくてよかったんだが……。案の定、自爆して涙目の顔真っ赤になっている。こういうところも可愛い……以下略。
「と、ととととにかくさ! 僕らは両想いじゃないか! こんなに素晴らしいことはないよ!」
「そ、そうだな! 両想い……両想い?」
ん? 両想い……。俺たちって、両想いだったのか。
じゃあ、今までのことはなんだったんだよ。距離が遠ざかることにドギマギしたり、俺はなんとも思われてないと心が苦しくなったり、コイツから離れるために酷いことを言ったり。
全部、時間の無駄だったってわけか。
「……あのさ、こんなことになってからで悪いけど」
「な、なんだい?」
なんで今更になって緊張なんかしてるんだか。こんなアホみたいな展開で、バカみたいに悩んで。
でも、今言わなきゃ。きっと言わなきゃ、本当にこの思いは墓場行きだ。
「俺じゃ釣り合わないかもしんないけど、でも幸せにするから。世界の誰よりも好きだから」
言葉を連ねるたびに、自信がなくなっていく。そんな自分の心に蹴りを入れながら、想いを伝えた。
「俺と、付き合ってください」
あんなに顔を近づけてきたのに、詩姫は恥ずかしいのか照れているのか、どんどん顔を遠ざけていく。
自分の頬をムニムニと揉んでいる。照れ隠し、だろうか。
「か、顔ニヤけちゃうな。あは、あはは……」
ニヤけていたかと思えば、今度はポロポロと涙を流し始めた。
喜怒哀楽の激しさに、思わずこっちが困ってしまう。止まらない涙に、俺も詩姫も困惑しているようだった。
「止まらないや。なんでかな……」
「だ、大丈夫か?」
「安心しちゃったからかな? えへ、初咲に好きって言ってもらえたぁ……」
安心したような、嬉しそうな顔で、しきりに目元を擦っている。それでもポロポロと涙は溢れていく。
「僕、嫌われたと思って……好きって言ってもらえてよかった、ほんとによかったぁ……」
どうやら俺は、本当にひどいことをしてしまっていたらしい。この涙の数が、この子の心の重りだと思うと胸が苦しくなってくる。
だから、そんな心を癒せるかは分からないけれど。
「……好きだよ」
たくさんの想いを伝えよう。
今まで伝えられなかったことも、今まで伝えたかったことも。
「僕も、僕も大好き」
この子の想いを、墓場に行くまでずっと伝えていこう。
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