第4話

 僕は、幼馴染の男の子が好き。

 名前は、白鉄初咲はくてつしさく。可愛くて、カッコいい名前。口にしてみれば、体の真ん中がぽかぽかしてくる。

 家が隣だから、小さい頃からずっと一緒にいた。遊ぶ時も、お昼寝のときも、ご飯も。

 昔は男勝りで、一緒にサッカーしたりゲームしたり。楽しかった。今でも夢に見るくらい、ずっと色濃く記憶に残ってる。

 

 中学生の頃からだったかな。みんなが、男の子、女の子に別れていったのは。仕方ないとはいっても、初咲と距離が空くのは嫌で嫌でしょうがなかった。

 だから、女の子らしくはならないようにした。一人称も「僕」 にして、髪も短めのショートにしたり。

 それでも、距離は近くなるどころか遠くなった。周りのみんなが、なぜか僕に付きまとい始めたからだ。

 「かっこいい」 とか、「スタイルいいよね」 とか、褒め言葉は言われすぎて、もう何も思わなくなってた。

 僕は自分の容姿が、他より優れていることに気づいた。けれど、初咲は靡かない。普通の友達みたいに、接してくれた。

 それが嫌かどうかで言えば、どっちとも言えない。友達としてずっと隣にいられるなら、それでもよかった。恋人になれるなら、もっと幸せだろうけど。


「今日でお前と飯食べるのやめるわ」

 そう言われた時、すごくすごく胸が苦しかった。全身に鳥肌が立つくらい、悪寒がした。

 冗談だって、そう言って欲しかった。なのに、冗談なんかじゃなかった。

「俺もそろそろ彼女見つけようと思うわけ」

 彼女? 彼女なんていらないじゃないか。だって、隣には僕がいるじゃないか。

「ちょ、ちょっと待って!」

 思わず大きな声を出して呼び止めてしまった。それと、手も。

 でも、僕の手が届く前に初咲はわざと手を避けた。


 拒絶されたんだ。否定されたんだ。


 胸が痛い。苦しい。頭が働かない。指先の感覚すらない。世界がガラガラと音を立てて壊れていく感覚。

 これ以上ないくらいの、絶望という絶望が襲いかかった。

 

 その後のことは、よく覚えてない。よくわからない男について来てって言われて、ついていった辺りで我に帰った。

 どいつもこいつも、僕に理想を押しつけて、勝手に偶像にして、勝手に失望する。いい迷惑さ。

「あんなの相手にしてないで……」

 そう男に言われた時、僕はこれまでにないくらい怒った。だって僕の大切な初咲をバカにするなんて。

 殺してやろうと思ったけど、途中でそんな気は失せた。

 だって、初咲が来てくれたから。




「僕は君が大好きなのさ。初咲、愛してる」

 伝えないつもりだった。初咲にとって、迷惑になると思ったから。僕のことなんて、なんとも思ってないと思ってたから。

 でも、他の女に盗られるくらいなら。他の男が僕に付きまとってくるから。

「初咲がずっと好き。出会ったころから、今日まで、これからも、永遠に愛してる」

 伝えずには、いられなかった。


「なんで、俺を……」

「説明したほうがいいかい?」

「それはいらんが……」

 「なんだい」 と、いじけた様子の詩姫に俺は困惑する。コイツは、今までそんな素振りを一切見せてこなかった。

 なのに、好きだ? 冗談、だろ。

「悪い冗談はよせよ……。笑えねぇよ」

「ふふっ。先に悪い冗談を言ってきたのは誰だい?」

「あれは冗談じゃ……」

 そうだ、冗談じゃない。俺は本当にコイツを忘れるために、コイツを突きはなした。本気だった。

「へぇ。本気で僕を突き離すつもりだったんだ?」

「……そうだよ」

 肯定すると、詩姫は笑っていた顔を歪めた。まるで業火に燃やされているような、辛そうな顔をしていた。

「どうして、そんなこと言うんだ!!」

 近くの木から鳥が飛び立つ。詩姫の大声が耳をつん裂く。

 詩姫は、今にも泣きそうな顔で叫び続けた。

「僕は、僕は初咲が好きだ! 好きで好きでたまらないんだ! なのに! どうしてそんなことするんだよ!!」

 辛そうに喘ぎ、涙でめちゃくちゃになった顔を俺に向けてくる。今まで見たこともない、詩姫のこんな顔。

 こんな顔にさせてしまったのは、なんでだ。

「彼女!? そんなものいらない! 僕がいる! 僕がずっと隣にいる! 僕が世界で一番、初咲が好きだ! 誰よりも愛してる! 初咲が好きだ好きだ好きだ好きだ!!」

 どうして、そんな辛そうな顔でそんな嬉しいこと言うんだよ。どうせなら、笑顔で言ってほしかった。

 俺は、お前の笑った顔が好きなのに。

「……ダメだ」

 俺は、詩姫の思いを跳ねる。

 絶望した顔で、詩姫は崩れ落ちる。スカートが汚れ、シワができてしまった。そんなことを気にしている余裕は、きっと詩姫にはないだろうが。

「……いらない。いらないいらないいらない! 初咲に嫌われた僕なんか、いらない!」

 ぬらりと立ち上がった詩姫は、制服のポケットからカッターナイフを取り出した。

「おま、どこからそんな……」

「……バカが寄ってくるとさ、こういうものも自衛のために必要なのさ」

 カチカチカチ、と音を立てて刃が出てくる。まるでカウントダウンのように、音を立てながら。

「さよなら、初咲」

 その刃を、自分の首に向けた。

「良い彼女、見つけろよ」


 まるで親友を送り出すような笑顔で、詩姫はそう言った。

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