第3話

「……ハァ」

 なんて言っても、後悔も未練も引きずり続けている。校舎裏の自販機で買ったコーヒーをすすり、ため息を吐いていた。

 別に彼女が欲しいわけじゃない。なんであんなことを言ったのか。それは自分の罪悪感から解放されたいだけだったからだ。

 俺のせいでアイツが幸せな道を歩めていなかったら。アイツの周りにはもっと華やかな人がいるべきじゃないのか。

 ジメジメした気持ちを振り払う。そんなことのためだけに、俺はアイツの隣を捨てた。我ながらバカだが、罪悪感は薄れた。

 ……アイツの、あんな傷ついたような顔さえなければ。

 自販機に体を預け、俺は空を仰いでみる。真っ黒だった。


「……きなんだ」

「……くは……」

 ボーッとしていると、背中側から声が聞こえてきた。

 自販機の影にいて、ちょうどその二人からは見えなくなっている。今さら出ても盗み聞きをしていたことに変わりはないし、どうせならこのまま聞いておこう。

「付き合ってよ。俺、本気で詩姫さんのことが好きだよ」

「僕は……」

 この中性的な声、呼ばれていた名前。

 今、告白されているのは詩姫。

 途端、胸にするどい痛みが走る。ズキズキと悲鳴をあげ、体の芯が冷えていく。

「俺、マジで大切にする。本気で好きなんだよ、伝わらないかな?」

 この声も、聞き覚えがある。学年で人気者なやつだ。サッカー部だったっけな。女の子からもモテてたし、性格もいいって、聞いてたな。

「だからさ、俺と……」

 言葉は、そこで途切れた。


「触らないで!!」

 大声、バチンと弾けるような音。

 どっちも、人のいない校舎裏に良く響いた。

「……ってぇ」

 うめくような男の声。どうやら、顔か腕かを殴られたらしい。

「僕の、僕の身体は初咲のものだ! 初咲以外に触らせたりしない!」

「……ハァ? 君さ、昼休みにフラれたんでしょ?」

 男は詩姫をバカにするが、振られたものなにも俺たちは付き合ってなんていない。

 それでも、詩姫には響いてしまったらしい。

「ぼ、僕は、フラれてなんて……」

「いいからさ、俺と付き合ってよ。あんなの相手にしてないで……」

 詩姫だけにあきたらず、今度は俺までバカにしてきた。人は見かけや評価にはよらないらしい。

 俺をバカにする言葉を聞くと、詩姫は声を低くして呟いた。

「僕の初咲をバカにするな」

「は?」

 ポカンとしたような、バカにしたような顔でいた男は次の瞬間、うめき声をあげて顔を真っ青にしていた。

 覗き見していた俺も目を瞑るほどだった。詩姫は、その男の股間を思いっきり蹴り上げた。


「ぬごぷっ」

 男が変な呻き声をあげてる間に、俺は咄嗟に自販機の裏から出た。

「詩姫!」

「えっ? 初咲?」

 驚いているのか、大きい瞳をまた大きく見開いている。釈明とか言い訳とか色々あるが、とりあえずこの場所を離れるべきだ。

「ほら、いくぞ!」

 俺もこの男の二の舞になりそうで少し怖かったが、詩姫は俺が触れると嬉しそうに笑った。

「初咲が、触ってくれた」

 そんな笑顔と言葉に気づけるほど、俺は余裕があるわけじゃなかった。


「はぁ、はぁ……」

 息を切らしている俺とは対照的に、詩姫はけろりとしていた。こういうところで差が出るとキツいものがあるな……。


「詩姫、さっきの話なんだけど……」

 息を整えてから、さっきの男と話していたことについて聞く。詩姫は首を横に振って、なんでもないとでも言いたげな顔をしていた。

「あの男のことは何にも知らない。勝手に僕に理想を押し付けて、勝手に失望して、勝手に怒ってただけさ」

 吐き捨てるように言って、詩姫は俺を見つめる。

「理想を押しつけて、勝手に失望されるのがほんとに煩わしいよ。ファンの子だってそう。みんなバカばっかりさ」

「おま、いい子たちだって……」

「君の前で、いい子ぶってただけだよ」

 ……俺に良い子に見られたい。その思いが、どういうものか。コイツは気づいて言っているのだろうか。

 それに、こんなことよりも聞きたいことがある。あの言葉の真意を、突き止めないといけない。

「なぁ、さっき言ってたよな」

「僕の身体は初咲のものだって?」

 思わず唾を飲み込んだ。人間、誰だって思考を読まれたら困惑するものだろう。

「そのままの意味さ。僕の身体は……ううん、僕の身も心も、初咲のもの」

 どういうことだ? 俺は、コイツの幼馴染で、脈なしの友達だ。そんな、恋なんてものとは一番遠い関係だったのに。

「僕は君が大好きなのさ。初咲、愛してる」

 

 俺は、想いを伝えるつもりはなかった。

 

 でも、詩姫に想いを伝えられるなんてことは、想像もしていなかった。

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