再会の町Ⅱ

 ――……マッケナ暦三七年 月の日 エルシー


 生まれつき虚弱体質で季節が変われば体調を崩し、少し頑張ってみれば熱を出す。お父様とお母様、使用人にいつも迷惑をかけている。そして今日もまた高熱が出てしまい、別荘で療養することに。

 嫌な体。

 また怖い顔した軍人たちに囲まれて生活しないといけないのも、嫌なものだわ。



 マッケナ暦三七年 太陽の日 エルシー


 お父様の時代で戦争が終わったというのにどうしてまだ軍隊がいないとダメなのか分からない。

 他国からの侵略に備えて、というけれどそんなのいるのかしら?

 でも悪いことばかりじゃない、今回は私と年が近いワイアットっていう軍人がいる。

 真面目で、空回りしてるのが玉に瑕だけど、何より怖くない。優しい。

 任務とか関係なく友達になりたい。でもどうすれば?


 マッケナ暦三七年 清流の日 エルシー


 真っ赤なリンゴは私の大好物、パイやジャムやサラダにも。

 お母様がいつも皮をむいて切って、病み上がりの私に食べさせてくれた。

 甘くてちょっと酸味もある、一番覚えている味。

 ワイアットに頼んだら駆け足で調理室から取りに行ってきてくれた。

 でも友達って感じじゃないわ。

 もっとフランクにしないと、今度名前で呼んでもらおうかしら。


 マッケナ暦三七年 大樹の日 エルシー

 

 友達ってどんなことをするのか分からないわ。

 使用人の話だと外でかけっこしたり、共通の話題で盛り上がったり。

 軍人の話だとおもちゃの銃で決闘ごっこ。

 どれも参考にならなかった。

 ワイアットは、やはり軍人だから銃で遊んだのかしら……。

 明日聞いてみましょう。


 マッケナ暦三七年 金の日 エルシー


 軍人からおもちゃの銃を頂いた。ボロボロで少しくすんでいる。

 子供の頃に遊んだ思い出の品だそう。

 穴にゴムでできた弾を込めて撃てるとか。

 引き金が劣化で硬いせいか、私が非力すぎるのか、全然撃てなかった。

 ワイアットに見せたら少し苦笑い。

 なんだか馬鹿にされたような気分だわ、見返すためにも撃てるようにしなくちゃ。


 マッケナ暦三七年 清流の日 エルシー


 ワイアットに教えてもらい、何度も練習してやっと引き金を押さえることに成功したわ。

 どう? と言えば、ワイアットは少し苦笑い。

 私はムッとなってゴムの弾を込めて撃つ。

 棚の上にあった花瓶に当たり、割れてしまったわ。

 音に驚いて部屋の外にいた軍人が入ってきた。

 私もすごく動揺したし、とても驚いた。

 だって、おもちゃなのに、花瓶が割れるなんて……思わなかったもの。

 怖い。みんな励ましてくれたけど、これがもし彼に当たったらと思うと、もっともっと恐ろしい。


 マッケナ暦三七年 大陸の日 エルシー


 ワイアットは相変わらず私のことをお嬢様呼び、注意すれば呼び捨てに変えてくれるけど、ワイアットは私と友達になりたくないのかしら。

 リンゴを頼んだ。でも、違う、違うのは分かってる。

 狼がいると、使用人が言っていた。

 人食いじゃなくて、四足歩行で喋っていたそう。

 不思議な話だわ。

 軍人に説明していたけど「問題ない、軍の関係者だ」だって。

 きっと珍しい狼を飼っているのね、一度でもいいから見たいわ。

 いつもより時間がかかったみたいだけど、ワイアットはリンゴを一個持ってきてくれた。

 嬉しそうで、どこかにやけ顔。

 聞いても「なんでもない」って言うのよ、隠し事なんて……嫌だわ。

 


 マッケナ暦三七年 朝日の日 エルシー……――。





『ワイアットのガールフレンドが町に来てるんだって?』

『あーあの子か、狩人小屋にいるらしいぞ。ライアン少佐のお気に入りじゃなかったか? ワイアットには勿体無いな』


 軍人の笑い交じりの話が聞こえてくる。

 エルシーは窓を覗く。

 町の壁はブロックで敷き詰められ、外の景色が見えない。

 畑を囲む高い柵。

 三か所の監視塔には、兵士がスコープ付きのライフルを両手に持って外を見張り中。

 町の内側、隅に置かれた廃屋同然の小屋がある。

 屋敷からも眺めることができて、エルシーはジッと目を凝らす。

 折り畳みイスを片付けているフード付きの赤いコートを着た少女。

 隣には伏せた姿勢の狼がいる。


「ここからだと顔がよく見えないわ……」


 前のめりになって、少し身を乗り出す。

 すると小屋に続く道を駆け足で進む背中が見えた。

 軍の制服、他の兵士よりやや小柄な体格。


『そういやお嬢様のお友達役は?』

『赤ずきんのところに決まってる。総帥直々の任務放って会いに行くなんて、軍人失格だ』

『ははは、そう言ってやるなよ、滅多に会えないんだからさ』


 エルシーは窓から離れ、ふらつくようにベッドへ。

 着ているワンピースを握り締め、皺を寄せた……――。








「十分でしょうか?」

「あぁうん……その、もう行くんだね」


 赤ずきんは穏やかな青い瞳に、軍帽の前鍔を摘まんで俯くワイアットを映す。

 狼は不満そうに唸っている。


「はい」

『早く行こうよ、赤ずきん』

「そうだね。新米兵士さん、任務をサボるのは軍人失格ですよ」

「うっ」

「では、失礼します。お元気で」

『べーっだ』


 淡々としたやり取りを終え、一人と一匹が歩き出す。

 軍帽の前鍔から指を離し、呼吸を整えた。

 

「待って!」


 強めの口調に、赤ずきんは立ち止まる。

 狼は少し進んで不満げに止まった。


「はい?」


 ワイアットは軍帽を脱ぐ。

 黒いショートカットを風に揺らし、一歩近寄る。

 軍帽で横顔を隠し、赤ずきんへ唇を寄せた。

 数秒ほどで離れ、軍帽をかぶり直す。

 

「つ、次、いつ、いつ会えるか分からないから……門まで見送るよ」


 赤ずきんは肩をすくめ、クスリ、と笑い、


「だってさ狼クン」


 狼に確認する。


『ボクがいるんだから見送りなんて要らないよ』


 良い返事ではなかったことに、ワイアットは口角を下げてしまう。


「すぐそこまでなんだ、いいだろ?」

『よくない』

「どうして?」

『どうしてもっ』


 言い合う一人と一匹に呆れていると、赤ずきんは別の足音に顔を向けた。

 高価なワンピースを身に纏う、セミロングの薄いブラウンに褐色肌とそばかすの少女。

 ボロボロのくすんだリボルバーを持っている。


「彼女が護衛対象ですか?」

「え……あれっ! おじょ、え、エルシー?! どうして、屋敷の外に出たら危ないし、他の護衛は」

「黙りなさいワイアット。彼女に用があるの」


 エルシーは強い命令口調で黙らせる。


「私ですか?」


 赤ずきんは傾げた。


「貴女がワイアットの……私はエルシー・マッケナ」


 マッケナの名を聞いて、すぐに赤いフードを捲る。

 金髪のおさげ、目立たない鼻、やや尖った顎、透明な素肌が露わになる。


「総帥の近親者でしたか、お会いできて光栄です。私は赤ずきんと呼ばれている何でも屋です。隣は私の大切な相棒、狼クンといいます」

『初めまして! そうすいってなに?』

「全軍の総指揮を任されてるえらーい人だよ」

『ライアンよりも?』

「ライアン隊長よりも」


 呑気なやり取りに、ただ命令通りに黙っているワイアットは目線だけキョロキョロと動かす。

 エルシーは首を振り、ボロボロのリボルバーを赤ずきんに向ける。


「ワイアットは私の友達なの」

「はい? はぁ、いくら偽物でも銃口を人に向けてはいけませんよ。親に習いませんでしたか?」


 両手を肩より上にして、冷静に声をかけた。


「エルシー! 危ないから今すぐ下ろすんだ」

「黙りなさいって言ってるじゃない! 今日のリンゴもまだ持ってきてないくせに」

「だ、だから、リンゴをと」

「黙りなさい!!」


 人差し指が引き金の外側に触れる。


「と、とらないでちょうだい、私の友達を」

「私の物にした覚えがありません」

「嘘つかないで! け、決闘で勝負、決闘しなさいよ!」

「お断りします」


 拒否を示す。


『あ、赤ずきん、なんかこの人こわいよ、はやく逃げよう』

「逃げたいけど、少しでも動けばゴム弾が飛んできそう。結構殺傷率あるからねぇ。素人の弾はどこに飛ぶか分からないし、狼クンも下手に動かない方がいいよ。新米兵士さんもね」

『う、うん』


 ワイアットは黙って頷く。


「は、はやく銃を抜いて!」

「決闘じゃなくてただの殺し合いですよ。無意味に傷つけたくありませんし、相棒が怖がるのでやめてください」

「うるさい、うるさい! 黙りなさいよ!!」

「や、やめろぉぉ!!」


 強く瞼を閉ざした。

 破裂音が響きわたる。

 地面を転がるのは軍隊の紋章(猛獣が翼を広げている)が刻印された自動拳銃。

 持ち手の部分が抉れ、破損してしまっている。

 倒れ込んだエルシー。

 大きな音にバタバタと騒ぎ駆け付ける兵士達。

 赤ずきんは眉を顰め、右手を押さえて放心状態のワイアットを睨んだ。


『あ、赤ずきん……大丈夫?』

「まーちょっと、色んな意味で危なかったね」


 頬を掠め、皮膚が裂けて出血。

 ゴム弾はブロックにぶつかり、窪みをつくる。

 銃身の短いダブルアクションリボルバーを構え、ワイアットに向けていた。

 ふぅ、と一息ついてホルスターに戻す。


「ワイアットさん」

「あ……」

「軍人、失格ですよ。それでは失礼します」


 一人と一匹は町から立ち去った……――。





 マッケナ暦三七年 月の日 エルシー


 昨日の日記を書く暇もなく、眠っていたみたい。

 本当は今日もこのまま休もうと思ったけど、筆を執る。

 今朝目を覚ましたら、ワイアットがいて、途中で気を失っていたと教えられた。

 赤ずきんという人は町から出ていき、玩具の銃も取り上げられてしまったわ。

 お父様にもお母様にも、言えない。

 ゴム弾はブロックに当たっていたみたい。

 取り返しのつかないことになるところだった。

 高熱も出てきて、ベッドから起き上がれない。

 夜、ワイアットがリンゴをむいてくれた。

 友達友達って言っておきながら命令ばかりしていた私に。

 明日、しっかり自分の思いを伝えなきゃ。



 マッケナ暦三七年 太陽の日 エルシー

 

 体調に問題なし、熱も下がって動ける、天気も良くて、散歩するのにもってこいの日。

 朝食の時、軍人からワイアットが除隊したことを聞かされた。

 まだ頭が混乱しているわ。

 なのに、薄々だけどなんとなく受け入れている私もいる。

 詳しくは書かないけど、ワイアットも自分を責めていた。

 これからどうするのか、何も知らされていない。

 ワイアットに謝ることも、思いを伝えることも叶わないなんて……自業自得。

 せめてどうか、幸多き人生を送れますように、祈るばかり。

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