再会の町Ⅰ

 廃屋同然の小屋前。

 赤ずきんは折り畳み式のイスに腰掛けて、包帯を巻いた右手を眺めていた。


『赤ずきん! 右手の怪我はどう?』


 体長一三〇センチほどの若い狼は明るい声を出す。

 赤ずきんはリュックからリンゴを取り出しながら答えた。


「平気、消毒もしたし、痛みもない」

『先生はなんて言ってたの?』

「しばらく安静、命に問題ないとさ」

『それは良かった!』


 ふさふさの尻尾を横に振り琥珀の両眼を輝かせる。


「仕方ないけど一日だけ休もう、ゆっくりするのにもってこいの長閑でいい町だからね」


 畑を長い柵で囲い、町の壁は頑丈な灰色のブロックで敷き詰められている。

 監視塔が三か所。

 スコープ付きのライフル銃を手に持ち、軍人が巡回している様子。


『イメージからだいぶと遠い気がするよ』

「そう? まさに国家の礎を表してる感じがするけどなぁ」

『うーん』


 狼は唸りつつ、赤ずきんの足元で伏せて、与えられたリンゴをむしゃむしゃと食べる……――。






 屋敷の中。


「ねぇワイアット、リンゴが食べたいわ」


 ベッドの上で両手を交差して強請るように言う少女。

 セミロングの薄いブラウンに褐色肌とそばかす、ワンピース姿。

 寝室まで呼ばれたワイアットは、少女の要求に応答。


「了解です、エルシーお嬢様。リンゴ調達してきます!」


 ワイアットは手を軍帽の前に翳して敬礼をする。

 エルシーは不服そうに口を膨らます。


「ちがうちがう、そんな軍人みたいな対応嫌い、フレンドリーにしてよ」

「一応、軍人、なんですが……」

「私とワイアットは年が近いでしょ、だからアナタだけでも友達みたいに接してほしいの、お嬢様じゃなくてエルシーって呼んで、普通にして」

「りょ、了解、えと、エルシー」


 エルシーは強く頷く。


「よしよし、じゃあ早くリンゴ持ってきて」

「了解、今すぐ持ってくるよ」


 寝室から出て、ワイアットはまず調理室に向かう。


「おー坊主、ワガママお嬢様に気に入られてんな」

「いやぁ、はは……」


 屋敷の通路ですれ違い様に同じ兵士達から声をかけられてしまう。

 ワイアットは苦笑いしつつ応えた。

 調理室に入ると、コックが夕食の準備をしていた。


「すみません、リンゴってありますか?」

「あぁ兵隊さん、エルシー様のお使いか。リンゴなら……あぁすまん切らしてるみたいだ」

「分かりました、お店で買ってきます!」


 屋敷を飛び出し食料雑貨店へ。

 鈴が鳴り響く。


「いらっしゃいませ、どうも兵士さん」

「ども、すみませんリンゴって……あれ」


 ワイアットは店内を見回した。


「リンゴなら少し前に来られたお客さんで売り切れましたねぇ」

「そう、なんですか……あぁ」


 肩を落として、沈んだ声を出す。


「もしかしてエルシー様のお使い? さっきのお客さん、まだ町にいるらしいから、分けてもらえるかも」

「あ、えと、どんなお客さん、でした?」

「とにかくえらい美人さんで、青い目をして、ライフル銃を持っていて、赤いフードをかぶってたなー」

「赤いフード、ライフル銃!?」


 ワイアットは目を大きくさせて店主の情報に食いつく。


「詳しく!!」

「いやこれ以上詳しいことは何も分からんってば……うーんえーとそうだ、狩人か訊いたら、何でも屋だって言ってたよ」


 カウンターに両手を置いて、そのまま額を打ち付けた。

 店主は思わず後退り。

 真っ赤になった額を擦りながら顔を上げたワイアットは、


「痛い、ゆ、夢じゃない……探してみます! ありがとうございました!!」


 激しく鳴り響く鈴の音を残して行った。

 ワイアットは町の人々に尋ねながら走りまわる。


「赤いフードをかぶった少女? あぁ! 珍しい狼を連れてる子か、まだ小屋にいるんじゃない」

「ありがとうございます!」


 町の隅にある廃屋同然の小屋。

 ワイアットは喉を鳴らして、静かに呼吸を整えた。

 ゆっくり、土を踏む。

 小屋に続く道を進んでいく。

 最初に映り込んだのは折り畳みのイス。

 誰も座っていない。

 リュックが置きっぱなしで、開いたポケットからリンゴがはみ出ていた。

 ワイアットは首を傾げる。


「……ここに」

『あっ!?』


 無邪気な声が聞こえ、振り返る。

 慌てて走り去っていくふさふさの尻尾が小屋の角を曲がっていく。

 急いで追いかけて小屋の裏側に回ると、体長一三〇センチの若い狼がリンゴを銜えて唸っていた。


「君は!」

『ぐるるるぅ……むしゃ』


 太い牙でリンゴをかみ砕き、喉の奥へ流し込む。


『ワイアットがどうしてここに』


 やや不機嫌そうに狼は呟いた。


「その、ちょっと任務で、それより君こそなんで、赤ずきんは?」

『い、いないよ、ボク一人だもん』

「嘘はよくない、町のみんなが赤ずきんを見てる」

『うぅ、嘘は……ついて』


 狼狽える姿に、ワイアットは腰に手を当て呆れてしまう。


「大切な相棒に何をしているんですか?」


 冷静な声のあと、後頭部に冷たい筒が触れる。

 ワイアットはゆっくり両手を上げた。


「ひ、久しぶり……何も、ただ任務で、リンゴを探してるだけ」

「どうも。リンゴですか」

「そ、そう、護衛対象がリンゴを欲しがってるから、買いに行ってた。お店は売り切れ、店主さんが教えてくれたんだ」

「なるほど、どうする? 狼クン」

『……すぐに行ってくれるなら、一個あげる』

「だそうです。親切な狼クンに感謝してください」


 後頭部から冷たい筒が離れていき、ワイアットは何度か頷く。


「ありがとう」


 ゆっくりと振り向く。

 穏やかな青い瞳に、ワイアットは綻ばせた。

 だがすぐに表情を曇らせ、赤ずきんの右手を掴む。


「この包帯、何があったの?」


 焦りを隠せず、眉を下げて心配するワイアット。


「怪我をしただけですよ、明日には出発します。ご心配なく」

「消毒は? 病院に行ったの? なにか変な病気にかかってない?」

「……ご心配なく」


 赤ずきんは肩をすくめた。


『うー、はやく行ってほしいな……』

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