モーリスとウラⅠ

 大丈夫。

 貴女は貴女だ。

 家族は反対ばかりするが……怖がらなくていい。

 貴女は貴女だ。

 どうか、気をしっかり持ってくれ。

 愛している。




「どうかされましたか?」


 赤いフード付きのコートを着た少女赤ずきんは穏やかな瞳で声をかけた。

 相手は森を抜ける狭い道のど真ん中に居座るひどい猫背の男。

 薄着でボロボロ、毛先はあちこちに飛び跳ね、切れ味鋭い内反りのナイフをベルトに携帯している。

 腹を見せないように丸まり、顔が分からない。


『赤ずきん、なんかこの人変だよ? 血の臭いもする!』


 赤ずきんの足元をうろつくのは琥珀の両眼、足元は白く、上にいくにつれ灰色が混じる毛並みをもつ若い狼。

 テント一式が入ったリュックを背負っている。 


「心配いらない、放っておいてくれ」

「いえ、ただ通行の妨げになっていますので横に移動していただければと思いまして」


 赤ずきんの要求に、男は応えない。


『もしかして怪我してるのかも』

「そうなら、すぐに町の診療所に行った方がいいですよ、森は人食い狼さんが住んでますので危険です」


 ボソボソ、と男は言う。


「何者だ?」

「ただの旅人兼何でも屋です」

「何でも屋?」

「人食い狼さん駆除から伝言まで、報酬は食料か弾薬だと助かります」

「…………殺してほしい奴がいる」


 顔を上げずにハッキリとした口調で零す。


「人殺し、ですか」


 赤ずきんは唸る。


『ダメだよ赤ずきん、そんなの、そんなの』


 狼は喉を鳴らして訴えた。


「うーん、内容によりますね。暗殺業は得意ではないので」

『赤ずきん!』

「狼クン、まだ話を聞いてないのに断るのは良くないよ。依頼はまず内容を聞いてそれから考え、できるかできないかを判断しなきゃね」

『……分かった、赤ずきんがそう言うなら』


 狼はふさふさの尻尾を後ろ脚の間に挟み、後ろで待機。


「妻が、誘拐された。誘拐した奴らを殺してほしい……森を抜けた先に町がある、狩人の小屋に立てこもってる」

「誘拐犯から奥さんを救出、ということですか?」

「あぁ、確実に殺してくれ。報酬の弾薬なら俺の家にたくさんあるから、終わったら渡す」


 言いたいことが終われば男は変わらない体勢のまま黙り込み、赤ずきんの質問に答えなくなった。

 肩をすくめた赤ずきんは狭い道の出入り口に居座る男を避けて、なんとか通り抜ける。

 狼は軽快にジャンプして男を飛び越えた。





 男の言う通り、森を抜けた先には町があった。

 レンガ造りの建物がたくさん。

 店も家も道も全てレンガ。

 狼は無邪気にあちこちに顔を向けた。


『なんだか変わった家ばかりだね!』

「そうだね、木造が多いから珍しいくらい」


 町の外から様子を眺めるも、人々は静かに暮らしている。

 赤ずきんは首を傾げた。


「誘拐があったわりにはなーんにも変わった様子なし」

『ウソ、だったのかな? そうしたら人を殺さなくてもいいのに』

「まだ分からない。狩人の小屋を探そう、狼クンは外側から探してくれる?」

『分かった!』


 赤ずきんは町のなかへ。

 まずは食料雑貨屋に入り、カウンターにいるスキンヘッドの男に訊ねた。


「いらっしゃい、旅人さん」

「こんにちは、この町の狩人に会いたいのですが、場所を教えていただけませんか?」


 店主は目が点になったあと、すぐに、あぁ、と頷く。


「すまない、ここには狩人なんていないんだ。いるとしたら自警団のフィッシュバーン家かな」

「自警団はどこにいますか?」

「店を出て右に真っ直ぐ行けば大きな家がある。門番がいるからすぐに分かるよ」

「ありがとうございます。帰りにまた寄りますね」


 早速赤ずきんは店を出て右に向き、そのまま真っ直ぐ歩く。

 目視で分かる程大きな家があった。

 大きな家もレンガ。

 門があり、リボルバー銃を携帯している深緑に統一した制服姿の人物が二人、腕を後ろに組んで立っている。


「こんにちは」


 二人に挨拶をした。


「なんだ旅人」


 厳つい顔で睨んでいる。


「フィッシュバーンさんのお宅でしょうか?」

「あぁ自警団のな、悪いがよそ者の助けはしないぞ」

「いえ、私何でも屋をしていまして、自警団の方々が手を焼いていることでもなんでもします。なんでもいいんです、仕事が欲しくて……お腹を空かせた兄弟の為にもどうかお願いします」


 やや悲観的な口調で訴えるが、門番は唸る。


「仕方ねぇな団長に訊いてやるからちょっと待ってろ」

「ありがとうございます」


 一人が中に入っていくのと見届けた後、赤ずきんは視線を感じて二階に顔を向けた。

 締め切った窓のカーテンが微かに揺らぐ。

 数分後……大きな扉が開く。


「おい、入れ」


 室内に入ると、レンガの暖炉、それから鹿や猪の顔だけのはく製がよく目立つ。


「いらっしゃい」


 鼻にかかった声がした。

 革のソファで出迎えるのは女性。

 髪をショートカットにメガネをかけて、頬に縫い傷がある。

 腰ベルトにはリボルバーと横に立て掛けたライフル銃。

 赤ずきんはフードを捲り、金髪のおさげと穏やかな青い瞳を明るくさせた。


「噂には聞いてる。何でも屋の赤ずきん」

「そうでしたか」

「アタシは自警団の団長ニコール・フィッシュバーン。なんでもしてくれんだってね?」

「はい、その分報酬もいただきますが」

「そりゃそう。早速仕事の話をしたい、座ってちょうだい」


 ライフル銃を横に立て掛け、向かい合うようにソファに腰掛ける。

 ニコールは、ふぅ、と息を吐いて整理をしたように小さく頷く。


「アタシの弟、モーリスが失踪した。殺しの罪でね、幸い事件は家の中で起きたからフィッシュバーン家の不祥事は公になっていない。急ぎモーリスを探して家に連れ戻してほしい」

「何か手掛かりになるものはありますか?」


 ニコールは手帳を取り出し、ページを捲るとテーブルにそっと置く。

 手に取り、挟まれていた写真と手帳の文字を見た。

 写真には精悍な顔つきでレンズを真っ直ぐに見つめている男。

 手帳の文字は、


『愛しいウラへ

 貴女は貴女だ 家族がなんと言おうとも 変わらない

 俺と貴女で家族になろう 新しい家を建てよう 森で暮らそう

 新しい命を迎えよう だから気をしっかり持ってくれ 大丈夫

 貴女は貴女だ 愛している

                        モーリス』


 と書かれていた。

 手帳の表紙には『ウラ』と辛うじて読める字で名前が記入されている。


「駆け落ち、でしょうか?」


 ニコールは鼻で笑う。


「それならまだ可愛い方だよ。モーリスはね、ウラを殺したんだ」


 青い瞳を丸くさせた。


「とにかくモーリスを探してほしい。あとはアタシ達の問題だからね、深く関わるんじゃないよ」

「分かりました」


 赤ずきんは団員に案内され、外へ。

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