狩り禁止の町でのことⅠ

 森に囲まれた町があった。

 人食い狼に襲われないよう頑丈な丸太の壁で町を囲う。

 門は重々しく、赤ずきんは入り口で門番をしている兵士に声をかけた。

「こんにちは」

「うん? こんにちは、これはこれは珍しいお客様だ」

 兵士は珍しそうに赤ずきんを見る。

 背中にボルトアクションライフル、腰ベルトには六インチのダブルアクションリボルバーを収め、ポーチを肩からかけている。

 赤ずきんの足元には、体長一三〇センチの若い狼がいた。

 足元は白く、胴体にいくにつれて灰と混じっていく毛並み、キャンプ道具一式を背負っている。

「狼?!」

 兵士はギョッとして、思わず後退る。

「ご心配なく、彼は人食いじゃないです。私の大切な相棒なんです」

『そうだよ! よろしくね!』

 純粋に染まった琥珀の両眼はキラキラと兵士を見上げた。

「喋ってる……喋る、狼……?」

 兵士は腕を組み、喋る狼について思考を巡らせる。

「入ってもいいでしょうか?」

「えっ、あぁ、いいけど、夜になると町の外に出入りできませんので、もし出ていくなら夕刻までにお願いします。あと、そこの狼はちょっと」

 兵士は渋る。

『なんでなんで? どうして? 入れてよ』

 無邪気に駄々をこねる狼は兵士の足元を邪魔するようにうろついた。

「仕方ないよ狼クン。でもさすがに森の中は危険だから、兵士さんのところにいてもいいですか?」

「ここなら外でも安全ですが、まぁ心配なら詰所で預かります。でも、本当に食べたり……」

「しません。この子はリンゴが大好物なんです」

『リンゴ!』

 赤ずきんと、狼の喜々とした声色に、兵士はしっかりと頷く。

「分かりました。あとそれと、この町のルールがあります」

 兵士は説明を続けながら重い門を開ける。

「森も含め、ここでは狩りが禁止となっていますので、銃の扱いにはご注意ください。ルールを破れば相応の罰がありますので、それではどうぞ」

 赤ずきんは、あぁ、と納得した。

「なるほど、それで……分かりました。それじゃ狼クン、大人しくしてね」

『分かった!』

 狼は門の内側にある詰所へ。


 製材所、雑貨屋、それから小さな家々。

 雑貨屋へと向かう途中の赤ずきんを、町民はジロジロと見ている。

 四角い平屋には雑貨屋の看板が壁に吊るされていて、窓から軽く覗けば細身の店主がカウンターで大きく欠伸をしていた。

 店内に入ると、他の町なら必ずある肉類がない。

 果物、山菜、酒、塩漬けされた魚、チーズがいくつか並んでいる。

「いらっしゃいま……せ」

 店主は赤ずきんの身なりにゆっくり目を丸くさせた。

「お客さん、狩人です?」

 確認するように訊ねてきた店主。

 赤ずきんは首を振る。

「いえ、ただの何でも屋です。門番の方からルールは聞いていますよ」

「そうですか、ですよね」

 赤ずきんはリンゴをいくつか、他にミニボトルの赤ワインと山菜を購入。

 店員は紙袋に商品を入れて、赤ずきんに渡した。

「随分、長閑な町ですね。森に入った時は危険かと思ったのですが……不思議な町です」

「えぇ、いなかったでしょう?」

「はい、一匹も」

「この町と森は取引で護られていまして、狼が出ないんです」

「取引、ですか。人食い狼と?」

 赤ずきんの疑問に、店主はニコニコと答える。

「はい実は、喋る狼がいるんですよ」

「喋る……狼」

 真っ先に思いつくのはいつも一緒に旅をしている若い狼。

「他の狼と見た目は一緒なんですが、もっと人間に近しいですね。フードをかぶっていて顔まではハッキリわかりませんが、とても愉快で親切でリーダーシップのある方です。町の皆、彼のことを信頼していますよ」

「へぇ、それは面白そうですね、情報ありがとうございます」

 紙袋を抱え、赤ずきんは店を出た。

 町の奥へと続く道に目を向けると、森に繋がる大きな門が見える。

 そこにも詰所が置かれ、兵士もいる。

 赤ずきんは奥の詰所に向かって歩き出す。

「そこのお嬢さん、どちらへ?」

 上からハスキーな声が降ってきた。

 顔を上げると、二階のバルコニーからフードを深くかぶる、大きな口をした誰かがいた。

 ハッキリ見えない相手を、赤ずきんは穏やかな瞳に映す。

「少し町を見て歩いているだけですよ」

「なら二階に来てお話をしてくれないか? 外のことを聞きたい」

 手招く誰かに、赤ずきんは唇を強く閉ざした。

「ずっと長い事、この森にいる。それはもう退屈で退屈で仕方がないんだ、メシを奢ろう。どうかな?」

「うーん……分かりました、少しだけなら、大丈夫ですよ。夕方には出るので」

「あぁ、取引成立だな」

 赤ずきんはとある建物の二階に上がっていった。

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