たまにはゆっくり、まったり

 若い狼は、琥珀の瞳に開けた場所を映した。

 テントが立ち、すぐ側でイスに座っている白いオールバックと白髭を蓄えた男性がいて、葉巻を銜えている。

『いい場所だと思ったのになぁ』

 体長一三〇センチの体にテント一式と食糧が入ったリュックを背負っている狼は、隣を見上げた。

 赤い前開きのコートを羽織り、ロングワンピースにブーツとグローブを身に着けた赤ずきんも隣を見下ろす。

 ボルトアクションライフルを背負い、斜めかけのポーチと腰ベルトに六インチのダブルアクションリボルバーを吊るしている。

「残念だけど仕方ない。別の場所を探そう」

『分かった、うん?』

 狼は鼻腔に入る焦げたニオイに興味を示した。

「うん、まぁまぁいい香りだね」

 赤ずきんは穏やかな瞳で微笑み、狼の代わりに評価を下す。

『赤ずきんが持ってた葉巻と同じだね』

 少し不満そうに、赤ずきんは腕を組んだ。

「そうかな? 私のは特別だったんだけど……君には早いか」

『えぇーいつか分かるかなぁ』

 赤ずきんは首を振って、歩き出す。

「分からなくていいよ」

 広葉樹の道を進んでいくと、寂れた小屋が見えてきた。

 先頭を進む狼は小屋の周りを嗅いだ。

『なにもなさそう!』

「テントを立てるのも面倒だからね、無人なら有難いかも」

 赤ずきんは腰のホルスターから六インチのダブルアクションリボルバーを抜き、扉に手を伸ばす。

 難なく扉が開き、体よりも銃口を先に入れてゆっくり、時間をかけて開ける。

 なんの気配もない。

「大丈夫そう、よし、たまにはまったりしますか」

『小屋に泊まるなんて、久しぶりだね!』

「そうだね」

 赤ずきんは小屋の中を探るように見て回った。

 ベッドにシーツや布団はなく、触れるだけで軋み、傾く。

 タンスの中はボロボロの山岳用ブーツが一足だけある。

「右足分だけとは」

 ボロボロのブーツを覗くと、一枚紙が丸まって入っていた。

 赤ずきんは躊躇なく紙を取り出す。

『ねぇねぇ赤ずきん、何が書いてあるの? 手紙?』

「手紙、じゃなさそう。走り書きしてある、メモかな」


『たべた、たべた、たべた、たべた、い』


 赤ずきんが目を凝らし、連想できる文字を辛うじて読み解いた内容。

「人が書いたとは思えないぐらい、雑だ。よほど焦っていたか、空腹過ぎてうまく書けなかったか」

『お腹、空いてたの?』

「そうみたいだね」

 何パターンかメモを書いた当時の状況を想像する赤ずきんだが、すぐに紙を元に戻す。

「餓死した遺体もない、つまり無人確定」

 赤ずきんはポーチからミニボトルの赤ワインを取り出して、テーブルに置いた。

 狼が背負っているリュックを外し、中から軽量のアルミカップと椀型の皿、それから水が入ったボトルを出す。

 アルミカップに赤ワインを注ぎ、椀型の皿には水を注いだ。

『ねぇねぇ赤ずきん、いつもワインを飲んでるけど、美味しいの?』

「そりゃね」

 椅子に腰かけ、狼の質問に答えた。

 狼は赤ずきんの足元で伏せて、椀型の皿にはいった水を舌で掬い飲む。

「銃の扱いを教えてくれた師匠がよく飲んでいたんだ……少しの間だけだったけど、質と量を叩きこんでくれた。餞別として貰ったのが赤ワイン」

 ミニボトルを回して眺め、赤ずきんは穏やかに微笑んだ。

『その師匠さんはどうしてるの?』

「……どこかで飲んだくれて野垂れ死んでるかもね」

『えぇ、赤ずきんはそんなことにならないでね』

「ふふ、どうかなぁ」

 静かに笑いながら、赤ワインを一口飲む。

 それから、思い出すように目を細くさせた。

「葉巻……捨てなきゃよかった」

 ボソリ、と呟いたあと、また一口赤ワインを飲んだ……――。

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