機械仕掛けの島(2)完結

 花畑の丘へと向かった。今日の風は穏やかで、くるくると踊るように柔らかく吹いている。百日紅は夏を忘れさせるほど涼しげな顔で桃色の小花を咲かせていた。花畑には色とりどりのパンジーやポピー、ラベンダーやマーガレットが日差しにも負けず華やかに咲いている。


僕は腕で額の汗を拭うと花畑の中心に立ち、島全体を一望した。僕が作った島がもうすぐ本当に完成を迎えようとしている。心が喜びでざわつき始めた。


すると、丘の向こうから人間の頭が二つ見えた。その姿をじっと見ていると、どんどんと姿を現し、その正体が高塚と志崎だと気づいた。


「創、やっぱりここにいたんだね」

志崎も高塚も、汗を流しながら丘へと上がってきた。


「一旦休憩に入ったんだ。飯でもどうだ」

高塚の手にはお手製の梅ジュースが入った瓶があり、志崎の手には食事の入ったバスケットが見えた。


「二人とも、ありがとう」

息を整えながら、高塚と志崎が僕の両端へと立った。


「いい眺めだね」

と、志崎が島を眺めながら呟く。


「本当にね」

丘からは、たくさんの人が島内を行き来しているのが見える。耳を澄ますと、島に流れる音楽と共に、はしゃいでいる声や、驚く声が響いていた。すると、子どもたちが青や赤の風船を持ち、走りながら花畑へとやってきた。五人ほどいるだろうか。虹色のワンピースを着た髪の長い子だけが、他の子と距離をとっており、他の子の背中を寂しそうに見つめている。


「ねぇ、仲間に入れてよ」

ワンピースの子どもが四人に対して、大きな声をあげていた。


「やだよ、だってお前、なんか変なんだもん」


「そうだよ、お前変だよ」

そう言って、その子を置いて四人は丘を駆け抜けて行った。


ワンピースの子どもは悲しそうに下を向くと、とぼとぼと花畑を歩き始めた。腹を立てているのか、履いているサンダルで地面をかき混ぜている。


「花はいいな」

子どもは誰にも聞こえないように、ぽつりと言った。僕は静かにその子の元へと近づいていくと、「普通になりたいって思う?」と、声をかけた。


子どもは驚いた顔をし、僕の顔を見上げ、そしてまた下を向いた。


「普通になりたい」


「普通じゃなくて、変だって友達は作れる。いつか本当の友達が、きっと見つかるよ」


「そんなことないよ。変だと嫌われる」

子どもは、僕の目をキッと睨みつけた。怒っているように見せて、まるで幼少期の僕のように目の奥には寂しさと孤独がにじみ出ているように見えた。


「そうだなぁ。そっか。もうそろそろだ」

僕は、自分の腕についている自動巻の時計を確認した。


「僕も変な人なんだ。だけどね、変だからこんなものが作れたんだ」

そう言うと、島の地面からゴゴゴゴと静かな地響きが聞こえる。


「地震?」

志崎の声に、僕は首を降った。


「僕からみんなへの贈り物」

島の立ち入り禁止エリア、つまり僕の自宅周辺に位置している地下の大きな扉が開いていく。地下からは三角屋根が出現し、徐々に姿を表した。そして大きな時計塔が出現した。踏まれたクローバーがまた空へと伸びるように、時計塔は空高く登っていく。


「あれがずっと作ってたやつか」

高塚が唸るような声を上げた。


時計塔の動きが止まると、鐘がカーンと高い音を鳴らした。


「不思議な音だね」と志崎が言う。


「パンドラムっていう昔の楽器からヒントを得たんだ」


言い終えた瞬間、時計塔の屋根の先端から黄色くキラキラ輝いた物が噴き出し、空高く舞った。そして一定の高さまで立ち登ると、舞うように降下し、島全体に降り注いだ。


「星の形?」

子どもが呟く。


「そうだよ」

僕は答えた。


「光ってる。もしかして」


志崎がそう言うと「うん、星月夜草を使ったんだ」と、僕は言った。島中の人が、青空を見上げた。青空に降り注ぐ星に手を伸ばしている。そして塔から愉快な音楽が流れると、一斉にからくり人形たちがカクカクと踊り出し、からくり人形のマリーはくるくると綺麗に回りながら綺麗な歌声を披露している。


「すごい、綺麗」

子どもは嬉しそうに声を上げた。


「変わってるっていいだろ?」

僕がそう言うと、子どもは満足げに笑顔で頷いて見せた。


「僕も君と同じで、少し前までは自分のことが大嫌いだった。でもね、なんでも白黒つけなくて良いってことに気づいたんだ。普通でも、変わっていても、なんでも良いんだ。そもそも普通ってなんだろう? 一人一人、同じなんてことはない。誰一人として同じ人間は存在しない。誰かと違う自分を嫌いになる必要はない。間違っているなんて思わなくていい。争う必要なんかないんだ。武器でも言葉でも、それは必要なことじゃない。どっちが偉いとか賢いとか金持ちか。争ったり、比べる必要はない。着ている服が流行じゃなくても、髪の色だって何色でもいい。国籍も性別も関係ない。本当の人間の価値は、その人自身の心なんだ。だけど、自分を否定していたらそれに気づけなかった。僕自身が人間はみんな違っていいじゃないかと思うなら、自分も、そのみんなの中の一人に入れてあげなくちゃ。それに気づけたんだ。大切な仲間と出会えて。そして、それが周りの人も自分も笑顔に出来る魔法だって、気づいたんだよ」


「私も変わっていても素敵って思われたい」

僕は降ってきた星を手に取ると、子どもに渡した。子どもはありがとうと言うと、丘を走りながら下って行った。


星は風の流れに身を任せ、綺麗に揺れながら落ちていく。夜中に試作で作動した時より、星の量を増やしたからか、島に降る星の綺麗さに僕自身も息を呑んだ。暫く空を見上げていると、青空にピンク色が滲み出した。


「あれ」

僕は目を擦り、再び空をじっと見つめていた。夢の中にでもいる気分だ。けれど幻覚じゃない。青空がピンク色へと変化していっている。呆然と眺めていると、ピンクが溶け出すように青空を押しやり、やがて辺り一面の空は淡いピンク色になった。


「創、神様からの祝福だよ」

志崎の言葉に、僕の心が震えた。何かが全身を駆け巡り湧き上がる。それが幸せという感情だと気づくのには、少しだけ時間がかかった。ボコボコと穴があいたスポンジのような部分に、温かくて、息苦しいほどの幸福が溶け込んでいく。顔が熱くなる。目からは涙が込み上げ、流れ落ちた。涙を拭い、もう一度空を見上げる。


「ずっと、夢見てた。この景色を」

湧き出る感情は止めどなく、ただそれを受け入れるように島の空気を吸い込んだ。僕が僕として生きてきて良かった。もう、目を閉じてピンク色の空を想像しなくていい。僕は目の前に広がるピンクを空を想った。


ー完―

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機械仕掛けの島 夢見月 一了 @ichiryo03

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