〜第七章〜機械仕掛けの島
機械仕掛けの島
機械仕掛けのお披露目の日がやってきた。相馬は貴族と平民の親子たちを招待していたため、島内はいつも以上に賑やかだった。大勢の人がやってくる予定なのは分かっていた。そのためにアルバイトを雇い、風船売り場や、ポップコーン、綿飴などを販売する売店も用意し、日雇いで働いてくれる人たちも用意した。
志崎のお店には、花冠を嬉しそうにかぶりながら出てくる子どもたちや、フラワーアレンジメントしてもらった花籠を手に持つ女性がいた。鳥たちが踊るように鳴き、花々に止まる蝶を子どもたちが追いかける。からくり人形に触れようとして親に叱られている子どももいれば、父親と肩を並べて川釣りをしている人もいる。DJブースの周りでは人が跳ねて踊り、ビーチベッドで寝転ぶ人、日差しを感じている人、砂浜でお城を作る人、浮き輪の上に乗り、海に浮かんでいる人も。
アジアエリアでは聳え立つ電柱で鳴く蝉を虫網で捕まえようとする子ども、ししおどしの音に驚く人、池の鯉の写真を撮る人、竹藪の中で涼む人もいる。骨董品屋も繁盛しているようで、高塚の自宅からは、複数の男性の声が楽しそうに聞こえてきた。
図書館では、騒ぎ疲れた大人たちが寛いでいた。僕はそれを横目に通り過ぎると、図書館の傍に設置してある野外ベンチに座り、瞳を閉じて深呼吸した。本当にこの島の空気は心地いい。やっとお披露目の日を迎えることができ、安堵感を覚えたのと同時に今までの出来事を思い出し、過ぎ去った一つ一つの感情に浸っていた。
「想像以上に素晴らしいよ」
どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。目を開け、声を辿ると、相馬とバツが悪そうに俯いている原沢がいる。「ほら」と、相馬が原沢に声をかけ、背中を押した。僕はベンチから急いで立ち上がった。
「入谷さん、すみませんでした。高塚さんのこと唆してしまって」
原沢が勢いよく頭を下げた。
「いいんです。ただ、原沢さんはなぜ闇取引をしようと思ったんですか。それだけ教えてもらえませんか」
僕がそういうと、原沢は相馬の顔色を伺った。相馬は小さく頷いている。
「革命運動が始まる前の世界が大好きだったんです。色んな建物や面白い建造物を見ることができた。なのに今じゃどこの国も何の面白みもない。つまらんかったんです。面白い世界を見てみたかった。だから船乗りをやってたんです。だけど革命運動後のつまらない世界に呆れてしまって、もう次に面白いところといえば宇宙旅行しかなかったんですわ。だからお金が欲しかった」
原沢は目を閉じて俯いた。宇宙旅行といえば、現在でもとてもお金がかかる。
「でも間違ってましたわ。今日この島の公開日に立ち会って、それを実感しました。まだまだ地上にもこんな面白い世界が広がってたんやって気づけましたわ。こんなのどこの世界でもみたこと無いですよ。機械仕掛けの島はもう一度俺にワクワクを与えてくれました」
原沢はそういうともう一度深々と頭を下げた。原沢の被っている帽子が今にもずれ落ちそうだった。
「頭上げてください。僕と一緒ですね。面白い世界を僕も見てみたかったんです」
僕がそういうと、原沢はハッと顔をあげ、それから目に涙を滲ませた。
「あ、相馬さん。その節は、色々とありがとうございました。お金は後できっちり返しますので」
頭を深々を下げると、相馬は声を上げて笑った。隣で原沢は腕で涙を拭っている。
「いいんだ。あれは受け取っておきなさい。頭を上げて、ほら、座って」
相馬に誘導され、僕は再びベンチに腰をかけた。相馬も僕の隣へと座る。原沢も恐る恐る相馬の隣へと座った。
「ここまで素敵な島を作り上げてくれるとは思わなかった。子どもたちも喜んでいて、連れてきた甲斐があった。笹岡を動かして、子どもたちがより良い環境で過ごせるよう、この島と連携した公約を作りたいと思っている」
笹岡と言えば、子どもの施設や環境を整えると公約している政治家だ。彼を密かに動かしていたのは、相馬だったのか。
「あの、相馬さん」
僕が呼びかけると、相馬はこちらを見た。
「僕、相馬さんのこと誤解していたかも知れないです」
貴族は皆、金の亡者だと思っていた。私利私欲に塗れ好き放題生活していると思っていたし、相馬もその一人に違いないと思っていた。僕の言葉に、相馬はクックックと口の中に空気を含めた奇妙な笑い方をした。
「相馬さんは悪い人じゃないですよ。孤児だった俺は金もなくて闇業界で仕事をしているようなやつでした。ただ面白い世界を見てみるのが夢だったのに、悪さばっかりしてたんです。そんな時に相馬さんと出会って、船を譲り受けたんです。だから俺は船旅に出られたんですわ」
原沢は身振り手振りで話し、僕の相馬に対するイメージを払拭しようと必死だった。それは忖度というよりは、相馬に対する熱い信頼と尊敬からくる言葉だとすぐに伝わった。
「莫大なお金を持っていると、憧れてくれる人もいるが、嫌われることも多い。誤解も受けやすい。まぁ中には私利私欲ばかりに金を使う人間もいるだろう。けれど、好感度や真実なんていうのは、どうでもいいんだ。お金を持つことで、より良い環境を作ることができたり、他国に自国の良さを伝えることも容易くなる。子どもが住みやすい環境というのは、親が子を育てやすい環境ということだ。それらを実現するために何が必要だと思う? 権力とお金だよ」
相馬は穏やかな面持ちでそう言った。
「権力とお金、確かにそうですね」
「けれど、それだけじゃ出来ないこともある」
僕は首を傾げた。すると、どこからかクロアゲハがやってきて、優雅にひらひらと舞っている。
「人を喜ばせる物を作り、人々に希望や好奇心を与えることのできる人。それは君のことだよ」
僕は腑に落ちていなかった。相馬はそんな僕を見ると眉を顰め、なんでわからないんだと言いたげな顔をした。
「君の技術は、貴族のステータスを上げるためにあるわけじゃない。根底には子どもたちが喜ぶ要素を孕んでいる。この島ではしゃぐ子どもたちを見ただろう。心から楽しんでいる。原沢や私だってそうだよ。それを作ることができるのは君だ。そして自分にも人とは違う何かを作り出せるかもしれないと子どもたちに未来への希望を持たせてあげることも出来る。それはお金や権力だけでは出来ない。君の技術そのものがないと、この島は完成しなかったし、こうして彼らが笑顔になることもなかった」
「もしかして、最初からそれが目的で僕に……」
「どうだろうな。さて、私は戻るよ」
そう言って、相馬は僕の肩を叩くと、原沢を連れて、街の方向へと歩き出した。一度原沢がこちらを振り向き、頭を下げた。僕は手を振った。そして僕は相馬の背中を見つめ、立ち上がると、深々とお辞儀をした。
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