第126話 魔王軍

『魔王軍』


 その勢力には謎が多い。わかっていることは──── 

 魔王を名乗る男、ジェル・クロウを代表とする集団。

 過去に記録のない『魔族』と呼ばれる亜人によって編成された戦闘集団だ。

   

 強靭な肉体と膨大な魔力を有し、ドラゴンなど凶悪な魔物を使役する。


 数が少ないのが救いではあるが、すでに白旗を上げた国々もある。 時間と共に軍備が拡張していくだろう。 もっとも────

 

 それらの情報の精度はわからない。


 どうも、風説の流布……情報収集に苦心する斥候たちの前、魔王自らが姿を見せ、演説を始めるなんて、うわさもある。


「まさか、いくらなんでも……あり得ない」


 そう言う者は、忘れている。


 彼ら『魔王軍』が表舞台に姿を見せた時に何をしたのか? 何をして見せたのか?


 同時多発的王族暗殺。


 それも空からの奇襲によって……だ。


 人類は彼らを語るのに、知らないことが多すぎる。


 たとえば────


 たとえば、彼らによって敗戦国となった国は、どのような悲惨な目に合わされるか?


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 敗戦国

 

 王座の前には多くの人々が跪き、頭を下げている。


 商人、貴族、軍人。それに王族。


 玉座の持ち主であるはずの王すらも、頭を下げている。


 これから登場する勝者を迎えるために……

 

 そして、ザッザッザッ……と文字通りに軍靴の音を響かせる主がやってきた。


 皆、思うことは1つだ。


 (一体、どのような人物か?)

  

 各々が高い好奇心を押さえる。


(前にいる人物は死神だ。きっと、これから我々を惨たらしく殺すであろうが、その前に────)

 

 いずれ誰かが、剣呑な欲望に従い行動に起こす。いや、それは今、まさに────

 

 「頭を上げて、足を崩して楽な姿勢になってくれ」

 

 ジェルは狙ったようなタイミングで声を出す。


 事を起こそうとした者は、その声だけで興が削がれた。


 探り探りの状態。「では、私から……」と王が率先して頭を上げた。


 対面したジェル・クロウ。『魔王』と呼ばれる男の印象は――――


「どうだ、この顔は? 意外と普通だろ?」


「い、いえ、そのような事は……」と王は首を横に振る。


 否定しながらも、内心は心が読まれたのか? そう驚いていた。


「さて、悪いがこちらも急いでいる」


「これを」と側近の執事らしき人物に何やら命令をした。


 それに応じて、その場にいた全員に執事が紙を配った。


 ただの紙ではない。最上級の紙……敏い商人は、これだけで『魔王軍』が有する国力。 資金力の高さに驚いた。


 しかし、本当に驚くべきは、その紙に記載されている内容。そこには――――


「こ、これは! 本当に、この条件でよろしいのですかな?」


 この国の王が動揺を押さえきれない様子で聞いた。


 通常、敗戦国は戦勝国に賠償金を払わなければならない。


 国の経済が傾くほどの金額。 それは、まだ良い方……


 隷属。勝者に国が支配され、奴隷のように働かされ……やがて、合併からの消滅。


 王族は皆殺し……そこまで覚悟していたのだ。


 しかし、そこに書かれていた内容は、土地の一部を領土として譲渡。


 賠償金は、常識から考えても低いもの。


 さらに内政に関しては、関与しないと書かれていた。


 それは、つまり――――今まで通りに国を運営していけという意味。


「えっと……なぜ?」と声が出てくるのも当然だ。


 このくらいなら、戦争を起こさなくても『魔王軍』なら、他の手段で成し得るだろう成果。


 なぜ、わざわざ戦争を起こしたのか? 


 その疑問にジェルは――――


「我々は別の価値観で動いている。その土地と金は、我々にとって理想を叶えるに必要なものだ。それに――――」


「そ、それに?」


「もう、お前らは俺たちに逆らおうとしないだろう? 新しい集団……魔族を認めさせるには必要な戦争だったのだよ」


 

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