第105話 ジェルとレオの物語 ③
巨大な肉体から繰り出された巨大な拳。
当たり前。それは魔物と殴り勝つために鍛え抜かれた前衛職の拳だからだ。
それの直撃を受けたジェルの肉体は、迷宮の壁まで弾き飛ばされた。
先の戦い、シオンの一撃を受けて壁まで吹き飛ばされた演技をしたジェルだったが、今回は本物のダメージだ。
動けないジェル。 ゆっくりと近づいてくるレオの姿が見える。
(か、体がバラバラになるような衝撃……回復魔法が間に合わない。肺――――呼吸器官が押し潰されて、呼吸が吐き出せない……)
だが、深いダメージを負っているのはレオも同じだった。
この一撃を放つための犠牲は大きい。
ジェルから繰り出された刺突を―――― 避けては反撃に間に合う事はない。
ぎりぎり致命傷にならないように頭部で受けての
頭部に剣の突きを受けたのだ。 無事ではない。
流れ出る赤い鮮血。 気を抜けば、意識の手綱を離してしまいそうなほど――――だが、レオは――――
(だが、ここが勝機。今、決着をつける!)
やがて――――互いに手を伸ばせば当たる間合い。 先に攻撃が可能なまでに回復したのは――――レオだった。
巨体がジェルの首を掴む。
技ではない。技術ではない。
シンプルな剛腕。 それだけでジェルの肉体を浮かび上がらせ、地面に叩きつけようと――――だが、レオを知らない。
(なんだ? この違和感は――――俺の想定を超えて、ジェルの体が地面に向かって―――――加速して行くだと!?)
ジェルの肉体を掴んではならない。 まして、投げを狙ってはいけない。
なぜなら、ジェルは魔法の精密操作の天才であり――――
合気の達人なのだから
レオは感じる。 違和感に続き、浮遊感。
(叩きつけた……はず。ジェルを地面に――――なのに、なのに、なぜ、俺の体が浮かび上がっている!)
ジェルが行っている行為。 それは攻撃だ。
東洋の武術にある。 自ら地面に倒れ込む事によって成立する投げ技。
『捨身技』
レオの力任せの投げ。 その勢いがレオ自身に返って行き、気がつけば地面に叩きつけられていた。
ジェルとレオ――――両者は動きない。
先に立ち上がったのはジェルだった。
レオは倒れた状態にジェルを睨み続けている。 意識はあるのか……それはわからない。
しかし、勝敗は明らかだった。
ジェルはレオから目を背けて歩き始める。 その背中に声が――――
「なぜ……」と小さな声。 それはレオの声だった。
ゆっくりと振り返るジェル。 そのジェルに向かってレオは
「なぜ、俺を殺さない! お前は俺を殺さない限り――――俺は!」
その言葉に、ジェルの表情が曇った。
「なぜ、殺さないのか。それは……君たちから離れて、たまに思い出すんだ。仲間になった頃の事を――――冒険者になった頃を――――どうして、俺たちは――――」
「――――ざけるな。ふざけるな、ジェル・クロウ! 昔は仲間だったから――――そんな事で俺に、生き恥を――――」
そこ言葉は最後まで言えない。
ジェルが背後を向けて歩き出した。その姿は、まるでジェルが自分に興味を失ったから……そう見えたからだ。
倒れたレオ。 しかし、意識を失う直前に――――
「次は――――殺す。だから、俺を殺せ――――ジェル・クロウ」
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