第92話 ジェルたちの『北国迷宮』攻略③

 ジェルは前言を撤回する。

 

『ファイアボール』


 突如、現れた亀の魔物『フロスト・タートル』の群れ。


「敵勢力の大量物質を前。だったら、天井は崩れろ。床に大穴が空いてしまえ」


 それが理由の1つ。多勢に無勢……と言うほどの戦力差か? この2人には疑問ではあるが……


 地形を破壊するほどに攻める方が有利になる数の差。


 もう1つは――――


「来いッ!」


 前線に踏み込んだシズクは、迫り来る魔物たちに大剣を振るう。


 その大剣は――――魔剣。


 距離を歪め、時間を省略して、因果律を操作する。


 相手の攻撃に合わせて振れば、必ず先に当たる。


 ジェルの魔法は、そのためだ。


 万全の状態で、魔剣を振り回せるようにするため。滑らかな床を炎で溶かして、踏ん張りが効くようにするためだった。


 そんな魔剣をぶち込まれた最初の1匹は、床を滑り襲い掛かって行く速度のままに――――いや、シズクの力は加わり、逆方向に加速して吹き飛ばされていく。


 つまり、その方向には、大量の『フロスト・タートル』たちが次々に攻撃を狙っていた。そんな場所だ。


 1匹目は2匹目に当たり、2匹目は3匹目に――――いや、最初の1匹目が他の亀に衝突する。


 雪国である、氷上の石に石をぶつける競技のように、亀の魔物たちは互いにぶつかり合っていく。


 こうなっては、彼等の頑丈な甲羅は、仲間たちと傷つけ合う武器と化した。


 それに事前に放ったジェルの火系魔法によって、天井は崩れて、床には穴が空いている。


 結果――――


 『フロスト・タートル』たちの一部は、穴の底へ。 一部は、天井から瓦解した氷に埋もれて動かなくなった。


「よし! 一振りだぜ? 一振りだけで、コイツ等を蹴散らしてやったぜ!」


「うん。俺も支援したつもりだけどな」


「わかってる。わかってるから、不貞腐れるなよ」


「いや、別に不貞腐れているわけでも……」


「そんな事よりもアレだよ、アレ!」とシズクは、親指で示す。


「あれは――――隠し部屋か?」


 ジェルは声を上げる。 この場所『北国迷宮』で、今まで誰にも発見される事がなかった隠し部屋だ。


 こんな場所に誰が隠し部屋を作ったのか?


 古代の魔術師が、ここで隠れて怪しげな儀式や研究をしていたのか?  


 それとも時の権力者が作った墓が、呪詛を集めてダンジョン化したのか?


 もしくは、犯罪王が死を前に、財宝を隠すために作らせたのか?


 それはわからない。全ては推測だ。 だが――――


「だけど、とんでもない財宝なり、魔術の痕跡が残ってる。ダンジョンの隠し部屋は、そうと決まってる」


 ジェルも、財宝を前に頬を緩ませる。 


 念のため、今回の目的――――新たな自動販売機の魔道具が隠されている場所か、地図で確認する。


「――――やっぱり違う。本当に、ここは後世に伝わっていない未踏の場所だ」


気分が高揚したハイテンション状態で悪いけど……私は嫌な予感がするぜ」


 シズクは、何かと感じたのか? 警戒している。 


「罠の可能性? それもあるな」とジェル。 そういう時こそ、彼の本領発揮する場だ。


 ジェルの本職の斥候。精神を平坦フラットにして、彼は「少し待っててくれ」と先行して隠し部屋に入った。


「……」と無言で歩く。ゆっくりと前に進む速度。


 その速度のままに、すぐさま隠し部屋から外へ戻ってきた。  


「早かったなぁ。……と言うよりも早すぎないか? 中に何があった?」


「何があったというより……


「いた? 魔物がいたのか? お前が、そんなに引き返していくような大物が?」


「うん、亀の化け物がいた。 氷漬けにされて……ありゃ、太古の英雄が殺そうとして殺しきれずに封印した部類の化け物だ。関わらないようにしよう」


「いや、そんな怪物なら、私も見ておきたいだが……」


「あれは見学するとか、そういうレベルじゃ……」とジェルは、最後まで言えなかった。


 なぜなら――――


「誰だ!」とジェルとシズクは、同時に叫ぶ。


 謎の人物。 それも悪意と殺意を煮込んだような感情をぶつけて来た。


(何者か? こんな国外で怨まれる心当たりは――――)


 ジェルにはある。 自分が追放され、逆に町から追放し返した人物なら、あるいは――――


(レオ・ライオンハート? そんな馬鹿なことはない。偶然にしても――――)


 そんな動揺の隙を突かれたのか? 謎の人物は、攻撃を開始してきた。


『ファイアボール』


 基本的とも言える火の魔法。ただし――――笑えるくらい巨大な炎だった。


「避けろ、シズク!」


「おう!」 


 2人は反射的に回避。炎の塊をやり過ごす。


 しかし、次の瞬間には――――


「気配が……消えた?」


「あぁ」とシズクも気配が遠ざかった事を理解して、それから――――


「一発、攻撃をしてきて、何が目的だったんだ? 新発見した部屋にあるだろう財宝を横取りしようとしたのか?」


 そう言って小首を傾げる。

  

 彼女は気づかなかった。 真の敵の目的は、隠し部屋。


 その奥で封印を――――氷によって封印されていた怪物を炎によって蘇らせる事だった。


 「シズク! なにか、とんでもない圧力が来るぞ!」


  隠し部屋から現れたのは亀の怪物……そのフォルムは、先ほどの『フロスト・タートル』とはまるで別物。


 巨大な二足歩行の亀――――むしろ人間に近しいフォルム。


 そして、武器を持っていた――――いや、違う。


 黒い剣に見えるのは、鋭利な爪だろうか?


 とにかく、そんな未知の怪物が2人の前に出現したのだ。

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