第91話 ジェルたちの『北国迷宮』攻略②

 『北国迷宮』は難易度の高さ――――魔物の質はもちろん、過酷な環境。


「足が滑るな……直接、攻撃よりも魔法攻撃に特化した方がいいのか?」


「2人で魔法攻撃か。俺とシズクの速射力なら可能かもしれないが……」


「もちろん、強引に魔法を抜けて来る魔物もいるだろう。剣でカウンターを想定しながらいこう」


 小まめに、そして臨機応変に作戦を変えるジェルとシズク。


 慣れない場所、慣れない魔物、慣れない戦術。 


 事前に調べていたとは言え、頭で考えると実際に体を動かすのでは誤差が大きい。


 想定外に大きい体力と魔力の消費。


「なるほど」とジェルは頷く。 このダンジョン攻略で得られるのは報酬よりも名誉。


 その意味が身に染みてわかった。


「これは思った以上にハードだな」


 そんなジェルの言葉は「へっ!」と鼻で笑うシズク。


「気づいてるか、ジェル? お前、笑ってるぜ? 上等じゃねぇか。困難に挑むのは楽しいもんなぁ!」


 彼女は、ほらと前を指す。


「また未知の魔物だぜ……何だい、ありゃ? デカい亀……ただし甲羅が氷でできてるみたいだな」


 魔物の名前は――――『フロスト・タートル』


 2人は初見の魔物に対して杖を構える。


 事前の打ち合わせ通りに魔法で狙う。しかし――――


「むっ! こっちに反応した?」とシズク。彼女の言う通り、亀の魔物は顔を2人に向けていた。


「この距離で魔法を感知する能力があるのか……厄介だな」  


(だからと言って、この距離。 魔物が逃げるなら、それまで……俺とシズクの位置まで接近して遅いかかるにしても十分な数の攻撃魔法を――――え?)


 結果だけ言うなら、ジェルの分析は失敗した。


 亀の魔物は、氷の甲羅に手足を引っ込めて――――


「なっ! 回転しながら突っ込んでくる! 速いぞ、コイツ!」


「亀の速度じゃない! 氷を滑って移動してるッ! 反撃を!」

 

 ジェルの言葉に反応して、シズクは魔法を放射しようとする。無論、炎系の魔法『ファイアボール』を発動――――だが、それをジェルは止めた。


「待て! ここは、この魔法だ!」


 ジェルが選択した魔法。 それは意外――――氷系の魔法だった。


『ホワイトエッジ』


「なんで!? 氷系の魔物に氷系の魔法は効果が薄い……はず?」


 シズクは語尾を弱めた。自分の喋った言葉なんて自分以上にジェルは理解しているのはわかっている。 ――――ではなぜ?


「攻撃魔法は、ただ攻撃だけに使えばいいわけじゃない。まして、コイツは氷の床を滑っているなら――――こっちは道を作って誘導してやればいい」


 ジェルの言う通り、彼の攻撃魔法である白い刃は床に刺さり、高速で迫り来る魔物の前に氷の斜面を作って見せた。


「……当然、床を滑る移動方法なら、前方に現れた道を急に回避できるはずはない」


 つまり、ジャンプ台の設置。


 魔物『フロスト・タートル』は、直進して、ジャンプ台で大きく飛び上がった。


 そのまま、天井に衝突して落下していった。


 ジェルは、『フロスト・タートル』を見た瞬間に、正攻法の戦いを回避を考える。


 明らかに堅固な甲羅。四肢と頭部を甲羅の中に入れ、防御しながらの高速移動をする魔物。


 真っ向勝負なら初弾ファーストアタックから一気に不利な戦いに持ち込まれる可能性があった。


 加えて――――


「足場と言うよりも周囲が氷で囲まれている場所なら、炎系の攻撃魔法は控えた方がいい。 天井が崩れたり、地面に穴が開いたら遭難もあり得るからね」


 一方でシズクは――――


「ちっ!」と不満げだった。 

 

 どうも彼女は闘争心が高すぎる。 なんだったら、不利になる状態での真っ向勝負を好む傾向すらある。


 けど、それは、冒険者として必要な物。 より、純粋な冒険心を彼女は――――


「おいおい、さっきの亀……同族がぞろぞろと出現してきたぞ」


 彼女の言う通り、魔物『フロスト・タートル』の群れ。

 

 きっと、周囲に隠れていたのだろう。


 それが先ほど戦闘で天井を揺らすほど衝撃と音で、姿を現したのだ。


「やれやれ、さっきの方法は取れないね」とジェルはため息をつく。


「上等! 今度は止めねぇよな!」


「いや、待て! 魔法で攻撃って打ち合わせをしたじゃ……大剣を持って突っ込むんじゃない!」


 シズクは戦闘に対して溜まっていた欲求不満を爆発させて、暴れ始めたのだった。

 

 


 

  

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