第36話 拳帝の『幻体術』
ラカンが放った攻撃。それは濃度の高い殺意を込めた一撃。
しかし――――
(なんだ、この手ごたえは?)
ラカンの腕から伝わる感覚。 魔法による幻影を殴った感覚に近い。
それでいて、幻影ではあり得ない。僅かな質量が拳に残っているのだ。
ラカンが困惑するのは一瞬。 拳の打ち合いでは一瞬でも大きな隙となる。
がら空きになったラカンの腹部にシズクの蹴りが入る。
「ぬっ!」と僅かに漏れたラカンの声。 ダメージを大きさを物語る。
「コイツはおまけだ。貰っとけ!」とシズクは、さらに打撃、打撃、打撃……
防戦一方に追い込まれたラカンは――――
(打撃の回転力が速い。だが、打撃は軽い……ならば、やる事は1つだ)
向かってくるシズクの拳。それをラカンは無防備に顔面で受けると――――
(相打ちに持ち込めば負けはない)
ラカンは拳を走らせた。 しかし、二度目の感覚……
「―――――っ!(やはり、手ごたえが変わる。俺は一体、何を殴っているのだっ!)」
ラカンは後ろに下がり、打撃の打ち合いから逃げた。
シズクは、それを追わない。 その場に留まり、呼吸を整えている。
その立ち姿に、ラカンは思わず内面を吐露した。
「まるで達人の佇まいだな。なんだ、お前の技は?」
当然、答えなど返ってくるはずがない。誰が戦いの最中、自分の技を説明する?
だが、シズクは答えた。
「これは拳帝の技『幻体術』さ。例えば、剣の達人が発する殺意……強い殺意は、やがて質量得て、切れ味を帯びる。アンタも知ってるだろ?」
「……知らぬ。聞いた事もない。 剣の達人なら、殺意だけで人を斬り殺せるとでもい言うのか? 馬鹿馬鹿しい事を……」
「あっそう、知らないんだ。まぁ、『幻体術』ってのは、それと同じことをしてるだけなんだけどな」
「ふざけた事を言う。できるはずが――――」
「できるさ。ほらっ!」
ラカンは投げられた。
手が届かぬ距離にいたはずのシズクに。
「そんな馬鹿な」と倒れたままのラカン。 見た事も、聞いた事もない技に戦意は失われていく。
「さぁ、どうする? まだ続けるかい?」
「――――」とラカンは答えなかった。
代わりに、地面から救っていた土砂をシズクに向けて投げつけた。
「目潰し? それは卑怯過ぎるんじゃない?」
「すまない。僅かでも時間が欲しかった。最後の攻撃を行う準備の時間が……」
舞い上がった土砂が地面に落ちた。
現れたラカンは構えていた。
低い構えだ。その構えは、雄牛を連想させる。つまり――――
(突撃か? コイツは思ったより厄介だ。追い込みすぎたかな?)
シズクは笑った。 笑ったが、その笑顔は引きつっていた。
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