第35話 シズクの切り札

 ラカン。


 彼は自分の事を『修行僧から阿修羅に成った者だ』と評した。


 『修行僧モンク』とは、神への強い信仰を持ち、激しい鍛錬により強靭な肉体を有す者。


 また、神官のように治癒魔法を操る事ができる。


 だから、奇妙な噂が流れる。 


 ラカンの巨躯は、治癒魔法により無理やり体を引き延ばしては、魔法による治療を繰り返した結果だ。


 そんな荒唐無稽な噂さえ、説得力があるほどラカンの肉体は大きく――――何より彼は単純に強かった。


 ゆえに――――


 『阿修羅』


 ラカンは、肉体に気を流す。


 魔法とは違う神の力。『聖気功』


 これを全身に流す事により、生身の肉体でありながら鎧よりも硬度に、

 

 その拳は鉄の鈍器に等しい。


 それを今、このタイミングで行うという意味。


 それは、対峙するシズクと本気で戦うという意味――――本気で殺し合うつもりでラカンは拳を振るった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


「凄い! その不死身の肉体……不思議と嬉しさがこみ上げてくる」


 シズクは興奮を隠せずにいた。


 ラカンが放つ鉄拳が向かってくる。


 それを剣で弾く。刃引きの剣とはいえ、鉄の武器だ。


「――――にも拘わらず、叩き斬ってるコッチが力負けしそうになる」


 シズクは知らないことだが――――


 ラカンが本気で防御にまわった時、巨大なドラゴンの爪すら受け切った伝説がある。


 それほどまでにラカンの肉体は鉄壁。


(ダメだ。思わず切り札を使ってしまいそうになるくらいに強い。 それほどまでに魅力的な戦闘能力――――いや、何か使うか?)


 シズクの切り札。


 古代魔道具アーティファクトの存在を知り、収集した武器、魔法、技の数々。


 どれも、これも、規格外の威力や効能を有するそれら……


(おいそれと他人に見せるわけには行かないが……コイツが相手なら丁度いいのがある)


 ラカンの鉄拳が唸る。 剣で攻撃の軌道をズラそうと技を使うも――――


 一瞬だけ聞こえたのは軋む音。 その直後は剣には亀裂が走り、砕け散る音が異音として響いた。


 無防備になるシズク。 それを見逃すほどラカンは甘くない。


 いくら実力がある新人だろうが、組織の長として跳ねっ返る者は見過ごせない。


 この時、ラカンの心情は、


(今、ここで潰れるなら潰す。殺せるなら殺す――――ゆえに)


「俺は阿修羅として生きる!」


 そう怒声をまき散らし、その鉄拳を持ってシズクの体を貫いた。


 ――――少なからず、戦いを見ていた者たちは、シズクの体が貫かれたように見た。


 しかし、それは錯覚。


「危ない、危ない……まずは1つ私の切り札を切らせてもらったよ。これは拳帝の力――――『幻体術』だ。ここからはアンタの領域……素手で圧倒させてもらう」 


   

 

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