第17話 満月の夜に

「さて、どうするか……」


 ジェルは力なく呟いた。


 理屈はわかる。 


 シズクは、古代魔道具の力によって、高い知能を手に入れた。

 姿も人間と言うより、エルフのような神秘的な美しさまで有している。


 それほどの特別な力があると知って、地図という手がかりもある。


 だから、シズクは世界を旅して迷宮に潜る。


 そして、手下にしたゴブリンの軍勢で古代魔道具の捜索を繰り返してきた。


 しかし、この手段には限界がある。 なぜなら────

 

「いくら古代魔道具そのものを発見しても、人の金がないと意味がない」


「金を稼ぐために冒険者になりたいのか!」


 そうジェルは語尾を強めた。


「無謀だ。魔物が人のふりをして冒険者になる? そいつは、危険過ぎる」


 だが、シズクはこう言い返すのだ。


「危険は承知さ。けど、そんな危険を冒してでも得られる物は、大きいだろ?」

 

「……」とそれについては無言で同意するしかなかった。


 だからジェルは


「わかったよ。その考えは立派な冒険者の信念そのものだからな」

 

 そんなやり取りを交わしたのだったが1つ大きな問題がある。


(シズクが冒険者になるって事は町に戻る事だ。気が重いなぁ……)


 緊急事態とは言え、自分を迷宮に置き去りにした冒険者仲間たち。レオたちと顔を合わせないいけない。


 (どんな顔して再開すればいい?)


 もちろん────


『彼らを恨んでないのか?』


 そう問われて、「恨みはない」と答えるほど聖人君子ではない。

 

 けれども────


『復讐をしたいか?』


 そう問われて「是非に」と答えるのも違和感があった。


 ジェルは、そう考えるが……


 それは、さておき町に戻る事は優先すべきことだ。


 ジェルにだって町での生活がある。


 夜


 目立たないよう、シズクを連れて町に入る。


 慣れているはずの道が普段違うように感じる。


 それは、隣にシズクが歩いているからか?


 バレてはならないと緊張感……いや、どうやらそれだけではないようだ。


 しかし、その感情がなにか? 


 ジェルは沸き上がる奇妙な感情に名前をつけれずにいた。

 

 そんな時だった。


「あの後ろ姿は……シオンか!?」


 かつての仲間を見た。その凛とした立ち姿に美しい黒髪。


 彼女を見間違う事はない。


「シズク、少し待ってくれ」


 そう言って1人、シオンの後を追う。


 斥候として気配を殺す術を身につけている。


(それでも、シオンは気づいているだろう)


 誰が後ろにいる。 偶然、向かう道が同じ?

 

 いや、違う。 自由に歩いているならば歩幅の乱れは生じない。


 そこまでわかるはずだ。 


 日常が戦場であり、日常が鍛練。 


 シオンはそういう女性だから……


 ジェルは不意に見上げる。


 夜空には星。そして巨大な満月があった。


 月には人を狂わせる魔力がある。


 果たして彼は気づいているのか? 気付き、それでも知らないふりをしているのか?


 ジェルが腰に帯びた妖刀。


 それが不気味に薄紫の光を発していることに────

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