0.001%に怯える女
@noberu
殺人未遂
僕は殺人未遂犯だ。
「一体何をやらかしたんだ?」って?
我が子の命を奪おうとしたんだ。
もし、聞いてもらえるのなら先日あった話をしよう。
「子供が死んだらどうするの!?」
シンパイコは夫に向かって大声を上げた。
「いや、大丈夫だと思うよ」
僕はまた始まったと呆れた顔で応えた。
「だと思うじゃダメなの!もしかしたら死んでたかも知れないでしょ!?絶対大丈夫な保証でもあるの?」
僕は何も言えず黙ってしまった。
「無視するの?今子供の命について話しているのに無視するの?」
彼女はマシンガンのように言葉を放つ。
「いや、無視してないよ。考えてたんだよ」
僕はややイラついてきたが極力感情を表に出さないように努力した。
「じゃあ、何を考えてたのよ!言い訳か!」
彼女の怒りは臨界点を超え、核分裂が今にも起ころうとしていた。
「ちょっと待ってよ。ペットから落ちて死ぬことなんてあるかな?一応床にはマットもひいてあるのに」
「もういい加減にして!その認識が命を軽視していることになるの!」
シンパイコの怒りは爆発した。
彼女の怒りは家庭を飲み込み、一気にデンジャーゾーンに変化した。
この家庭を再度浄化するにはなかなか時間がかかりそうだ。
一刻も早くキープアウトせよ。
そして、最も近くでこの怒りに暴露して僕はもちろん無事ではなかった。
彼女から言わせると、僕は殺人未遂の容疑者だ。
ベッドから落ちれば死ぬ確率があるのにも関わらず、僕は子供の寝かしつけの際に寝落ちしてしまった。
彼女から言わせると、それは殺そうとしたのと同義みたいだ。
こうして、僕は殺人未遂犯となったんだ。
*
妻のシンパイコの心配事は尽きない。
例えば、ウィルスや病原菌の類は「駆逐してやる」と言わんばかりに消毒する。
外から帰ったらすぐに風呂に入らないといけない。
家の中は常に清潔でないといけない。
私は夜家に帰ると、晩御飯を食べた後に床の掃除や様々な場所の掃除をすることを義務づけられている。
少しでも、手を抜くと妻は「子供達の命を軽視している」と騒ぎ立てる。
シンパイコから言わせれば、「子供の命の軽視=殺人未遂」なので、かなり大きな罪として罰されることになる。
そう、日々の掃除は命がけなのである。
だから、僕は会社からの帰りは出勤するイメージで自宅に帰る。
家に帰るとホッとできるはずもなく、ただ掃除という新しい仕事が始まるだけだ。
そう新たな義務的活動が再開される。
こうなってくると、状況によっては会社の方が楽なぐらいだ。
多少、手を抜いたところで上司も僕のことを100%見れているわけではないし、命がけだという意識を持つシンパイコとは比較にならないぐらい、ゆるい認識で部下を見ているはずだ。
しかし、ある日、僕はやってしまった。
注意していたのだが、風呂場からカビが発見されてしまったのだ。
「お前、子供達を殺す気か?」
シンパイコは獅子よりも鬼よりも怖い形相で僕のことを睨んだ。
「え、どうしたの?」
僕はとぼけた返事をしてしまった。
「『え、どうしたの?』じゃないだろ!風呂場からカビが見つかった。お前が毎日の掃除をサボったからだろ!」
シンパイコは語気を強めた。
流石に僕も人間なので、見落とすことはある。
しかも、仕事を終えてから更にありとあらゆる場所を掃除し、睡眠時間も毎日5時間未満だ。そんな人間が常に正確に掃除できるわけない。
しかし、僕は反論しなかった。出来なかった。
ここで反論すると火に油を注ぐことになり、僕の苦しみが長引くことになる。
そう知っていた僕はサンドバッグになることにした。
*
翌日、僕は目を覚ますと病院にいた。
散々シンパイコに暴言を吐かれた後、僕は遂に頭がおかしくなり、自分で自分の頭を床に何度も打ちつけてしまった。
それを見たシンパイコは、僕の存在そのものが最大のリスクだと判断し、僕の腹を包丁で刺した。
その時のことは正直はっきりとした記憶はない。
しかし、「お前が一番危ない」と言った時の彼女の顔だけは脳裏に刻まれてしまった。
僕は心の中で「いやいや、シンパイコ、お前こそが一番危ないぞ。だって、お前は正真正銘の殺人未遂。いや、このまま僕が死んだら殺人犯なんだぞ」と呟き、僕はゆっくり目を閉じた。
腹から流れる血は温かく、シンバイコの狂気的な心配に震える生活からの解放の始まりをゆっくりと伝えてくれているように感じた。
0.001%に怯える女 @noberu
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