第66話 疑問

「あれ?クリスタル?」


198階層最奥。

そこには転移クリスタルが浮かんでいた。


アイシスが、意味が分からないと言った顔で俺の方を見る。


「199階層はこのクリスタルを使って飛ぶのさ」


189階層までのエリアボスは、普通にスロープで下った先にいた。

だが199階層だけは違う。

此処だけは、クリスタルでエリアボスの居る場所へと飛ぶ必要がある。


何故なら、199階層のエリアボス戦はインスタントダンジョンで行われるからだ。


インスタントダンジョンと言うのは、個人やパーティー毎に一時的に生成される空間やダンジョンの事を指す。

主にクエストの混雑、および特定モンスターの独占を避けるために作られたシステムである。


――ま、要は199階層のエリアボスは一部廃に独占されてた訳だ。


ヘブンスオンラインの迷宮は6つしかいない。

Sランクの魔宝玉を落とす大型ボスの湧き時間を考えると、199階層エリアボスの独占は必然の流れだったと言えるだろう。

皆欲しがってたからな。


え?

もちろん俺も知り合いの廃と組んで独占してましたが何か?


――常に最大の効率を求め、他者を蹴落とすのが廃人のサガという物だ。


お陰で俺は大量のアルティメットエリクサーを確保。

そしてそれがレジェンド装備入手へと繋がり、最終的には極限レイドなんて呼ばれる程の強さに至っている。


正にたゆまぬ努力の結晶!

そう、俺は何も間違った事などしていない!


そう胸を張って言える。


因みに、俺が単独で独占していたレジェンド装備をドロップするボスがインスタント化されなかったのは、初討伐ボーナスの仕様の問題がある為と噂されていた。

インスタント化すると、毎回ドロップしてしまうとか何とか。

ま、実際それが本当かどうか知らんが。


「んじゃ、入ろうか」


クリスタルに触れ、俺は転移を発動させ様とする。

通常のクリスタルは一人一人が発動させるものだが、インスタントダンジョンへの入場はパーティー、もしくは連合――複数パーティーの寄り集まり――単位だ。


クリスタルに触れるとパネルの様な物が、脳内にイメージとして浮かび上がる。

パネルには199階層入場の是非と、そのメンバーの表示――今現在、俺とパーティーを組んでいる聖なる剣のメンバー7人とクレア。


そしてその下には、周囲にいるパーティーを追加で加えるかどうかの選択肢が浮かんでいた。

これは複数パーティーの連合用の項目だ。


連合を組める候補パーティーは、メンバー数3人と表示されている。

姿は見えないが、護衛さん達のパーティーだろう。


名前はケーニとエイリンに――


「タクト・イイダ?」


最後の一人の名を確認して、俺は思わず口に出してしまう。

どう見ても日本人の名だ。


「ふ、伝説のアサシン。タクト・イイダがどうしたのかしら?」


クレアが俺の言葉を聞きつけ、一気に距離を詰めてきた。

その声は、普段よりテンション高めだ。

オタクが自分の好きな事を語る時の、あの感じだと思ってくれればいい。


「伝説のアサシン?」


「数々の伝説を残す、偉大なるアサシン!我が心の師にして!闇の牙の二つ名を持つ厨二!」


闇の牙……か。

闇の牙は、護衛さんが名のっている名だ。

つまりこのタクト・イイダは、護衛さんの本名と言う事になる。


護衛さんのレベルは256。

一般的に、レベルが200超えたら超一流と言われる世界で256。

そしてゼゼコの様な特殊な情報を持っている事。


まあ実は少し前から疑っていた事なんだが、こりゃ間違いなく護衛さんは転生者だな。


ていうか、あの人厨二だったのか。

今度「厨二ってマジっすか」って聞いてみようかな……いや、止めとこう。

冗談抜きでぶち殺されかねんし。


「タクト・イイダの事なら、あたしも知ってるよ」


最年長で、戦士のパラポネさんがクレアの話に交じって来る。


「あたしが生まれるずっと前に活躍したアサシンだろ?なんでも、本気にさせたら国すら手出し出来ないって話を聞かされたね」


「そう!最強のアサシンよ!」


パラポネさんは40近かった筈。

その彼女が生まれるずっと前って、あの人いくつだ?


ずっと前って事だから、5年、10年って事はないだろう。

仮に20年と仮定して。

活躍したのが20代だっとしても、軽く80は超えている事になる訳だが。


少なくとも、俺の接した感じだとそこまで年が行っていない気がするんだが……


クレア達の言う、伝説の人物とは別人か?


同性同名の。

しかも日本人の名前で。

そんな事があり得るだろうか?


チラリと脳内イメージを確認する。

子孫なら、一文字違いの名前なんかも考えられたからだ。


俺の見間違いの可能性も……


いや、名前は間違いなくタクト・イイダになっているな。

じゃあやっぱ本人……ん?


その時気づく。

俺の名がユーリと示されている事に。


当然、ユーリは俺の日本人時代の名前ではない。

まあちょっと似てはいるけど。


転生した俺は、転生先の名で名前が表示されている。

それに対して、タクト・イイダは日本人の名だ。


これは一体どういう事だ?


転生したなら、転生先の名前が表示されなければおかしい。

そう考えると、このタクト・イイダという名は、この世界の名と言う事になる。


日本人じゃない?

日本人っぽい名前ってだけで、実は違うのか?


まあ伝説のアサシンであるイイダ・タクトは転生者で、その名をあやかって我が子に付けた。

とかなら、一応年齢や名前については筋が通らなくもないか。


其の辺り、本人に聞いてしまうのが一番手っ取り早くはあるが、そうなるとお前何で転生者の事を知ってるんだって話になりかねない。

それだと、俺が転生者だとバレる可能性も出て来る。


え?

バレたらまずいのかだって?


護衛さんが転生者なら、そこまで問題にはならない。

問題は、彼が転生者じゃなかった場合だ。


転生者は、言ってみれば異世界からの異物みたいなもんだからな。

大事に警護しているクレアに、謎の異物がって考えると、始末する方向で動かれる可能性だって十分考えられる。


正直、今の俺じゃ護衛さんに命を狙われたらどうしようもないからな。

藪蛇を避けるためにも、彼の生まれとかその辺りは暫く先延ばしにしておくとする。


「はいはい、伝説のアサシンの話はそこまでだ」


俺が考え事している間も、クレアは楽しそうにタクト・イイダの話を饒舌に続けていた。

このままだときりが無さそうなのでストップをかけ、俺は護衛さんのパーティーを連合に誘い、199階層への転移を発動させる。

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