第46話 ソウル

生まれ故郷であるトーラの町に帰ってきた俺は、孤児院に挨拶がてら顔を出していた。


「あっ!ユーリだ――っ!?」


庭で遊んでいたガキンチョ共が俺に気付いて駆け寄って来ようとするが、すぐ背後にいたクレアに気付いて、急ブレーキをかける。

まあ黒いローブで全身覆われた不審者だからな。

その反応も無理はない。


というか、本当はこいつを連れてくる気はなかった。

自分も挨拶に行くと言って聞かず、無理やりついて来たがったのだ。


「ふ、私は闇に潜む美しき刃。ユーリのバディよ」


厨二チックな台詞を口にしながら、クレアが前に出る。

そして自分の顔にかかっているフードを手で掴み、パサリと後ろに倒す。


久しぶりに見るクレアの顔は、相変わらずほれぼれする程美しい物だった。


「うわぁ……綺麗。お姫様みたい」


「ほんとだ!すっげぇ美人!」


クレアを警戒していた子供達は、その綺麗な顔を見た瞬間、態度を豹変させる。

現金な物だ。


ていうか、クレアは闇の住人(自己申告)だからみだりに顏は晒さないんじゃなかったっけ?


闇に潜むごっこはもうやめたのだろうか?

ま、果てしなくどうでもいい厨二設定だが。


「ふ、以前の私は非力だった。でも、今の私は自らの力を押さえる事が出来る。無用に他者を魅了する事は無いわ」


「あ、そ」


そういや初対面で顔を見せた時、魅了どうこう言ってたな。

まあそれだけの美貌があるのは認めるが、クレアの言葉にはきっと別の意味が込められているのだろうと思われる。


厨二だし。


「なあ、この人ユーリの彼女?」


子供の一人が、とんでもない事を聞いて来る。

失礼極まりない発言だ。

もちろん、俺に対してな。


「いやいや、違う違う。そんなんじゃないから」


「ええ。私達の結びつきはそんな生易しい物ではないわ。同じ闇に染まる者同士……そうそれは魂のびつき!ソウルメイトよ!」


そんなもん結んだ覚えはないんだが?

もし本当に万一そんな物が結ばれているなら、可及的速やかに切断しておきたい所である。


「ソウルメイト!?何かわからないけどスゲー!」


「すてき!」


「かっけー!」


何か分からないのに、なぜすごいと思うのか?

クレアの世迷言は、どうやらガキンチョ共に突き刺さってしまった様だ。

皆口々に褒めたたえ始める。


「皆悪いけど、俺達院長先生の所に行かないといけないから。また後でな」


このままだと、純粋な子供達が厨二の闇に染められかねない。

そう危惧した俺は、用事があると子供達に伝え、変なポーズをとっていたクレアを引っ張って院長室へと向かう。

もちろん挨拶が済めば、問答無用でクレアにはお引き取り願う予定だ。


変なのが流行ったら、院長先生達に迷惑がかかってしまうからな。


「っと……名前を名乗る時は、ヴェルヴェット姓は出すなよ」


院長室の前で一旦立ち止まり、釘を刺しておく。

高位貴族の人間と一緒に行動しているなんて知られたら、余計な心配をかけてしまうからな。


「ふ……捨てた名にこだわるつもりはないわ」


その割に、いつまでも名乗っている気がするのは気のせいだろうか?


「どうぞ」


扉をノックすると、中から返事が返って来たので中に入る


「失礼します」


「あらあら」


「ユーリじゃないか!」


院長先生とマーサさんが席から立ち上がる。

満面の笑顔だ。

俺も久しぶりに見た二人の顔に、思わず顔がほころぶ。


「お久しぶりです」


「1年ぶりぐらいだね。元気そうで安心したよ」


「ふふ、しばらく見ないうちに随分大人っぽくなったわね」


二人に優しく抱きしめられる。

子供の頃から知る、優しい匂いだ。

凄く落ち着く。


普段は強さを追い求める俺だが、こういう温かさも嫌いじゃない。


比率で言うならまあ、9対1ぐらいかな。

言うまでもないとは思うが、強化の方が9だ。

まあ育成は人生だから、仕方がないね。


「それで、其方のお嬢さんは?」


院長が、クレアの方を見る。

それを待ってましたとばかりに、彼女は体を斜めに傾けるポーズをとって名乗りを上げた。


「ふ……人は私の事を、闇に潜む美しき刃と呼ぶわ」


誰かがそう呼んでいる所を聞いた事が無い。

虚偽報告も良い所である。


「ユーリとの関係は、魂での繋がり。そう!ソウルバディよ!」


魂でなんたらというフレーズが、どうやら気に入ってしまった様だ。

クレアの珍妙な自己紹介を、院長夫妻はポカーンとした顔で聞いていた。


「えーっと、まあ……ちょっと変わってますけど、冒険者仲間です」


「個性的なお嬢さんね。私はマーサ。この孤児院で院長を務める、カインの妻よ」


「院長のカインだ」


あからさまに厨二の入った、一般の人から見たらアホの子のにしか見えないクレア。

それを気せず、二人は笑顔で対応してくれる。

大人だ。


俺だったら絶対嫌そうな顔を浮かべる自信がある。


「お名前を伺ってもいいかしら?」


「ふ、そこまで言うのなら明かすしかないわね。聞きなさい!我が名はクレア!闇に選ばれし者!クレア・ヴェ――いったぁ!?」


素早くクレアの脛を蹴り飛ばした。

さっき言った事を、堂々と破ろうとするんじゃねぇよ。

後で護衛さんに怒られそうだが――たぶん透明化を使ってこっちを見張ってるだろうから――クレアが全面的に悪いから、きっと許してくれるはずだ。


「女の子になんて事をするの!」


「はぁ……そんな風に育てた覚えはないんだがね」


「ユーリ。そこに座りなさい」


「はい……」


護衛さんには怒られなかったが、この後、院長さん達にこってりと絞られた。

クレアのせいで踏んだり蹴ったりである。

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