第39話 精錬

銭豚。

ヘブンスオンラインでプレイヤーに付けられたその呼称は、だらしなく太った醜い姿に――


「ここに来たんなら、お金はちゃんと用意してるんだろうね?」


――極端なまでの強欲さから来ている。


ゲートに入るのに金貨1枚。

カウンターに呼び出すのに更に1枚必要な時点で、その強欲っぷりが分かるだろう。


因みに金貨は日本円に換算した場合、だいたい10万円くらいだ。

顔合わせだけで、既に20万も使った事になる。


「必要な分はちゃんと用意しているよ」


ゼゼコへの依頼は、全てにおいて大金が必要となる。

俺もそれが分かっているので、当然必要分は用意してきていた。


え?

大金をどうやって用意しただって?


そんなもん、ハイミスリルソード売っぱらったに決まってるじゃないか。

そう、豪快に売り払ってやった。

大事な事なので2回言っておく。


護衛さんが怒る?


それなら問題ない。

あれは俺に対する報酬だからな。

自分の物を売り払っただけなので、流石に文句は言ってこないだろう。


ま……クレアの分は怒られるかもな。


冒険者ギルドでの、ハイミスリルソードの買い取り額は金貨八百枚だった。

日本円にすると八千万円。

ゲーム的に言うなら八十M(メガ)だ。


結構なお値段ではあるが、銭豚への依頼料は金貨千枚必要となる。

つまりたりないのだ。


だからクレアのハイミスリルダガーも売った。

以上!


ま、これ位なら護衛さんも本気で怒ったりしないだろう。


多分。

きっと。

そうであってほしいと願う。

アーメン。


因みに、今クレアが装備しているのは初期装備ダークシスターズだ。

デメリットのある武器だが、大賢者スキルがレベルアップして攻撃時MP回復があるので、問題なく使えている。


「ほう……」


ゼゼコはキセル咥え、俺の返答に目を細めた。

その視線は、まるで俺達を舐め回すかの様にねっとりと動く。


値踏みする姿が最高にキモイ。

さすが銭豚。


「ん?」


ゼゼコこの視線が、不意にクレアで止まる。

正確には、彼女の腰にさしてある短剣――ダークシスターズで、だ。


「おや、その短剣はあたしが精錬した物じゃないか。あんた、どうやってそれを手に入れたんだい?」


黒曜石の短剣って、錬成一覧にあったっけかな?

ていうか、精錬ってなんだ?

ゼゼコの口から出た謎の言葉に、俺は首を捻る。


「ふ、これは闇の牙より引継ぎし魂。我が名はクレア・ヴェルヴェット!闇に潜む美しき刃!」


クレアが自分に酔いしれたポーズを取り、力強く名乗りを上げる。

闇の牙から引き継いだって事は、元々はあの護衛さんの武器だったって事か。

どうやらあの人も、此処の存在は知っている様だ。


しかし……どうやって見つけたんだろうか?


普通なら絶対見つけられない様な場所だ。

いくらカンストしてるからと言って、それだけでは到底説明がつかない。


……ひょっとして、彼は俺と同じ転生者か?


その可能性は十分ありそうだ。

今度聞いてみる――いや、下手に詮索すると機嫌を損ねる可能性が高いか。

詮索されたりするの嫌いそうだし、万一それで敵認定されたら洒落にならんからな。


――もし今戦いになったら、確実に死ぬのは俺の方だ。


此処で剣を手に入れれば大幅な強化になるとは言え、それでも、レベル200でカンストしているアサシンを敵に回して勝つのは無理がある。

高威力のクリティカルを連打されれば、あっという間にあの世行だ。


ま、必要に迫られない限りその事には触れない様にしておくとするか。


「成程、あの男の後継者って訳かい」


クレアの返事に、ゼゼコが納得した様に頷く。

まあそんなやり取りはどうでもいい。

今気になるのは精錬が何かという事だ。


錬成の聞き間違いでないのなら、それはゲームに無かった要素である。

気にならない訳が無い。


「一つ尋ねてもいいか?精錬ってなんだ?錬成じゃないのか?」


俺の言葉に、ゼゼコがニヤリと笑って右手を差し出した。

これは金を寄越せのポーズである。

彼女に対するありとあらゆる要望は、対価が必要だ。


俺は金貨を取り出し、親指で弾いて渡す。

それを受け取ったゼゼコは、満足そうに無駄に胸元の強調された懐にしまう。


「錬成と精錬は別物さ。精錬ってのは――」


どうやら精錬と言うのは、武器に追加オプションを付加する物らしい。

精錬で付けられるオプションは最大三つで、一つ目はBランクの魔宝玉、二つ目はAランク、そして三つ目の付与にはSランクの魔宝玉が必要になる様だ。


付与時に付く効果はランダムで、消して付けなおす事も可能。

但し、消費した魔宝玉は返って来ない。

そのため付けなおしには、新たに用意する必要が出て来る。


因みに同名の物が付いた場合は、効果が高い方のみが適用される様だ。

例えば二刀流で違う武器に付いた様な場合でも、どちらか片方だけとなる。


「成程。で、クレアの持ってる短剣にはどんなオプションが付いてるんだ?」


俺の質問に対し、彼女は再び右手を差し出す。

別の質問と判定されてしまった様だ。

強欲婆め。


金払ってまでクレアの武器なんて、と、一瞬考える。

だがよくよく考えたら、今の手持ちは彼女の短剣も売り払って得た金だ。

少しぐらい還元してやっても罰は当たらないだろう。

そう思い、俺は再び金貨を弾いた。


「その二本の短剣に付与されてる効果は六つよ。内容は――」


武器一本につき最大三つだが、短剣は二本あるので合わせて六つなのだろう。


さて、付与されている武器オプションだが――


オプション一つめは、クリティカル(S)と完全回避(S)だ。

これはそれぞれの同名スキルの発生率が上昇する効果の様で、習得していないとその効果は一切出ない。

つまり、暗殺者専用のオプションな訳だ。


効果はS――最高ランクで五パーセントと、数字だけ見ればそれほど大きくはないと言える。

だが、その二つのスキルが重要な暗殺者にとって、その強化は間違いなく有用な効果と言えるだろう。


一つ目のオプションはBランクの魔宝玉で付け替え可能なので、護衛さんは間違いなく吟味しまくったとと思われる。


オプション二つ目は、敏捷性アップ(A)とHPアップ(A)だ。

効果はそれぞれ四パーセントづつの上昇となっている。

A止まりなのは、妥協した為だろう。


んで、三つ目だが――片方に大当たりが付いている。

精錬にSランクの魔宝玉を消費する事を考えると、吟味したというよりは、運よくついたと判断するのが妥当か。


効果だが、筋力アップ(A)とシャドウワープだ。

筋力アップの効果は4%。

そしてシャドウワープは、まんま暗殺者のスキルと同じ仕様だった。


あ、そうそう。

同じもの云々は精錬で重複したオプションだけの話で、クラススキルとは共存できる様になっている。

つまり、スキル持ちでも問題なく発動できる訳だ。


背面攻撃が最大火力であると暗殺者にとっては、このスキルを追加で使えるのは相当大きい。

間違いなく大当たりと言える精錬だ。


因みに精錬オプションにはレベル制限があり。

オプション一はレベル二百。

オブション二は二百三十。

オプション三は二百五十で適応される様だった。


「ふふ、流石は我が愛刀達フェイバリットね」


武器に付いている精錬効果を聞いて、クレアはご満悦だ。

しかし……こんな強力な武器を彼女に渡すって事は、護衛さんの武器はもっと優秀って事だよな?

ちょっと気になるから、今度機会があったら聞いてみるとしよう。


流石にそれ位なら怒らないだろう。


「他に私に聞きたい事はあるかい」


ゼゼコが頬を緩ませ聞いて来る。

意訳すると‟もっと金を寄越せ„だ。

正直こいつを喜ばせる気は更々ないが、俺にはまだ一つ聞きたい事があった。


金貨を指先で弾いて銭豚に渡す。


「ここへは死霊術師の剣を作ってもらうために来たんだけど……」


「ほう……て事は、あんた死霊術師かい?」


「まあな。で、俺が聞きたいのは、その剣にも精錬は出来るのかって事さ」


死霊術師の剣に精錬が出来るのなら、レジェンド装備入手のハードルは確実に低くなる。

どうかイエスと言ってください!


「ああ、可能だよ」


イエス!

やったぜ!


「ただし、特殊な武器だから費用は倍頂くけどね」


ゼゼコがにたりと笑う。


ぐぬぬ、銭豚め……

完全に足元を見られているぞ、これは。


まあいい。

とにかく今は――


「取り敢えず、死霊術師の剣の錬成を頼む」


俺は死霊の指輪に収納しているヒーリング・デスフラワーの一体を呼び出す。

その花弁部分には、大きな革袋が二つ引っかかっている。

荷物持ちって奴だ。


一つは製作用の素材――足りない分は買いあさって集めた。

そしてもう一つには、金貨千枚が入っている。

それを手に取り、俺はカウンターの上に置いた。


「どれどれ……ぐふふ、お金はちゃんと足りているみたいだね」


袋を手にしただけで枚数が把握できるのか、ゼゼコが涎でも垂らしそうなだらしない顔で笑う。

ほんっと、不快指数が高い奴だ。


「素材もあるみたいだし、製作して上げようじゃないの。このマダム・ゼゼコ様がね」


まあ何にせよ。

これで死霊術師の剣ゲットだ。

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