第32話 運命
クレア・ヴェルヴェットがメインストーリーのキーキャラだと気づいたのは、彼女が14歳になり、大賢者のスキルを習得したと知った時だ。
不覚にも私は、その瞬間になるまでその事を完全に忘れてしまっていた。
……まあ既に70年以上も前の事なので、ある程度仕方のない事ではあったが。
闇の大賢者。
クレア・ヴェルヴェット。
プレーヤーと共に旅をし、そして他のキーキャラ達と力を合わせて邪神を封印する。
それが彼女のメインストーリーにおいての役割だ。
クレアには大賢者と予言というユニークスキルが備わっており、そしてそのクラスは――
「ねぇ、セバスチャン。クラスを変えたりって出来ないのかしら」
暗殺者だった。
それも元魔法使いの。
この発言で私は確信する。
間違いなくヘブンスオンラインのストーリーが、この世界で進行している状態なのだと。
「一つだけ方法がございます」
冒険者生活で手に入れたアイテムの中に、クラスチェンジ用の秘薬があった。
これは最新アップデートで実装された物で、プレイヤーからは使い道のないゴミ扱いされていた物だ。
なぜゴミ扱いなのか?
簡単な事である。
使うとレベルやサブ系のクラス、それにステータスや習得したスキルが全てリセットされてしまうためだ。
完全なレベル1に戻ってしまうのなら、最初からキャラを作り直せばいいだけの事。
アイテムとして使う意味は全くない。
――だがそれはゲームの中での話。
作り直しが効かない現実のこの世界でなら、全く無用とはならないだろう。
そう考えると、まるでこの世界の為に作られた様なアイテムだと……いや、そんな訳は無いか。
「ですが……」
正直、クレア様に秘薬を渡すのは気が進まなかった。
メインストーリーが進むという事は、彼女が苦しい戦いの中に身を投じる事を意味していたからだ。
……だが、放置すれば世界は滅びてしまうかもしれない。
悩んだ末、結局私は彼女に秘薬を渡す事となる。
「ありがとう、セバスチャン。私、暗殺者になるわ。貴方が聞かせてくれた伝説の闇の牙。タクト・イイダみたいな、凄いアサシンに――」
クレア様が子供の時、ポロリと零してしまった自分の昔話。
彼女はそれを
それを御伽噺程度と考えて、軽く語って聞かせたのだが……
「いえ、それ以上になって見せるわ!そう!私は新たな伝説!闇の刃になって見せる!」
クレア様が顔に手をやり、体を傾けポーズを取った。
それを見て、自分の失態を痛感させられる。
まあ今更悔やんでも仕方がない事だが……
やがてクラスを変更したクレア様は、メインストーリーのとおり、家を出る事となる。
世界を救うための旅立ちだ。
当主様は当然反対されたが、それは私が説得した。
影からクレア様を守り切ると約束して。
――メインストーリーであるクレア・ヴェルヴェットには、常に影から彼女を守護する者が存在していた。
ヴェルヴェット家に仕える執事にして、高レベルの暗殺者。
その名をセバスチャン。
――そう、私のもう一つの名だ。
この名を名乗った事に、特に他意は無かった。
だがこの段になり思う。
これは偶然などではなく、人ならざる大いなる意志の導きであったのではないかと。
「人はそれを、運命と呼ぶ。そしてたとえその先に、自らの滅びが待ち受けていようとも……」
メインストーリー上では、私はクレア様を守って死ぬ運命にあった。
古い記憶であるため詳細は思い出せないが、その事だけは鮮明に思い出せる。
付いて行かなければ死なずに済む?
否。
そんな選択肢はありえない。
私はあの方に誓ったのだ。
ヴェルヴェット家を守ると。
だからこの命に代えても、必ずクレア様は守り抜いて見せる。
「さあ、最期の御奉公といこうか」
私は自分の弟子二人を連れ、クレア様に気付かれない様に護衛を務める。
自らの使命を果たすために。
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