第31話 闇の牙

この世界が俺のプレイしていたゲーム。

ヘブンスオンラインとそっくりだと気づいたのは、15歳で冒険者を始めてからの事だった。


親に制限されていたのでそれ程やり込めてはいなかったが、それでもゲーム知識は俺の冒険者生活に大いに役立ってくれる事となる。


ま、順風満帆とまではいかなかったが。


何せゲームとは違い、死んでも蘇生ポイントで復活する様な事は出来ないのだ。

死は文字通り、人生の終わりを意味していた。

ゲームの様に無茶な行為は出来ない。


後、人間関係もだな。


ゲームだと、狩りの時にだけ集まって取り敢えず、と言うのが多かった。

一言でいえば、必要以上に干渉しないドライな関係という奴だ。


だがこの世界の冒険者はそうはいかない。

それ自体に生活がかかっているし、当然命もかかっている。

なので、ゲームよりも遥かに濃い関係を求められた。


――結果巻き起こされる、人間同士の揉め事。


勿論ゲーム内でもトラブル自体はあったが、その深刻度や面倒臭さは現実の比ではない。

特に厄介なのが恋愛に関するトラブルで、最初に入ったパーティーでは刃傷沙汰になった程だ。


……あの時は冗談抜きで殺されると思ったからな。


可愛くないシーフを振ったら、そいつに惚れていた戦士がぶちぎれて斬りかかって来たのだ。

正直、意味不明もいい所である。


その後2度程パーティーを変え、最終的に人と組む事に嫌気の差した俺はソロの道を選んでいた。


因みに2つ目と3つ目も、1つ目同様恋愛関連のトラブルでダメになっている。


3つ目のパーティーに至っては、そう言う揉め事を避けるため男だけのパーティーに入ったにも関わらず……だ。

男同士で3角関係とか、悪い冗談にも程がある。


まあ色々嫌な事があったが、それでも冒険者生活自体は満喫できていた。

気づけば、闇の牙なんてカッコイイ二つ名も付いていたしな。

厨二全開で頑張って来た甲斐があるという物。


そんな俺が冒険者を引退したのは、35歳の時だ。

延べ20年。

レベルは256・・・まで上がっていた。


――その切っ掛けは1通の手紙。


それは大恩あるクレイン・ヴェルヴェットさんからの物だった。

その内容を確認し、俺は1も2もなく彼の元へ向かう。


その手紙には、クレイン・ヴェルヴェットさんが政敵の手によって毒殺されかかった事が記されていた。

毒の方は何とか解毒できたそうだが、その際のダメージが高齢の体には堪えたらしく、医者にはもう余命いくばくもないと告げられたそうだ。


「お久しぶりです」


屋敷に辿り着き名を名乗った所、俺は直ぐに彼の寝室へと通される。

ベッドで横になるクレイン・ヴェルヴェットさんの顔は痩せ苔ており、顔色も非常に悪い。

手紙にあった通り、彼がもう長くない事は俺にも一目でわかった。


「急に呼び出して……すまない」


クレインさんがゆっくりと体を起そうとするが、一人ではもう起き上れないのか、付き添いの女性がその体を支えて起こした。


「何を言ってるんですか。そんな事は気にしないで下さい。貴方が呼ぶのなら、いつだって俺は飛んできますよ」


「ありがとう。今日君を呼んだのは他でもない。世に鳴り響く、闇の牙と呼ばれる君の力を借りたいんだ。私はもう長くはない。だがこのままで、は息子達の事が心配なのだ。無茶な頼みだとは思う。だが、どうか……」


ヴェルヴェット家は政敵との争いごとの真っ最中だ。

その状態で力を貸せという事は、暗殺者としての力を貸して欲しいという事だろう。


つまりは――暗殺。


「分かりました。任せてください」


俺は迷わず返事を返す。


この世界に来てから23年経つ。

その間、彼から受けた恩を1日たりとも忘れた事は無い。


「いいのか?私は君に……酷い事を頼んでいるというのに」


進んで人を殺すというのは、確かにあまり気分のいい物ではない。

だが俺はもう、純粋なだけの子供ではなかった。

いざこざで人を手にかけた事だってある。


それに相手が善人ならばともかく、大恩ある人物に毒を盛って追い込む様な者達だ。

殺す事に躊躇いなどなかった。


「お気になさらないでください。全て私に任して頂ければ、必ずやクレイン様のお悩みを解消してみせましょう」


「感謝する……ありがとう。タクト・イイダ」


俺は直ぐに貰った情報から、ヴェルヴェット家の敵対勢力の貴族の屋敷に正面から堂々と乗り込んだ。

そして100名以上いた護衛や仕えている騎士達を全て力でねじ伏せ、当主や関わったと思われる者達の首を上げる。


名乗ってはいないが、俺が何故そうしたのか分からない程相手も馬鹿ではないだろう。

これでもう、ヴェルヴェット家には手出ししてこない筈だ。

そんな真似をすればどうなるか、身をもって知ったのだから。


俺がその報告をする為に戻った時には、彼は既に亡くなっていた。


「クレイン・ヴェルヴェットさん。貴方に受けた恩は、まだまだ返しきれていません。だから、貴方の家は必ずこの俺が守り抜いて見せます」


異世界で孤独に死を待つだけだった俺に、希望を与えてくれた恩人。

彼がいたから、今がある。

だからその恩に報いる為、彼の家を守る事を俺は誓う。


それからは変装し、表ではセバスチャンという名の執事を演じ。

そして裏では、ヴェルヴェット家に仇なす者に誅を下す闇の牙として活動し続けた。


そんな生活も気づけば45年。

3代に渡って使えたヴェルヴェット家に、一人の少女が誕生する。


クレア・ヴェルヴェット。


ヘブンスオンラインのメインストーリー。

彼女がそのキーキャラであると俺が気づいたのは、それから更に14年経ってからの事だった。

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