第30話 転移

気づけばそこは異世界だった。


見た事のない風景。

それがライトノベルやアニメなどでよくあるあれだと、僕は直ぐに気付いた。


そしてその場で小躍りする。

自分の中に、そう言った願望があったからだ。


僕の時代が来た。

チート無双だと。


「やったー!異世界転移だ!!」


だが直ぐに現実を知る事になる。


言語を理解できる以外、自分に与えられたチートと呼ばれる様な物がない事を。

そして、身寄りのないただの12歳の子供が一人で生きていくには、その世界が厳しい場所であるという事を。


「え!?冒険者になれない!?なんで!?」


異世界と言えば冒険者。

そう思い立ち、人に場所を聞いて向かったのだが。


「冒険者は15歳以上からの決まりなのよ」


そう受付の女の人に言われ、僕は唖然とする。

異世界では冒険者になって生計を立てるのが鉄板だ。

逆に言うと、それ以外ではお金を稼ぐ術はないとも言える。


まあ実際は、なくもないのかもしれない。

だが少なくとも、12歳の子供であった僕に他の方法は思い浮かばなかった。


「こ、困ります!冒険者になれないと!」


何としても冒険者にならないと。

そんな気持ちから、僕は必死に縋りつく。

だが受付の女性の反応は、酷く冷たい物だった。


「残念だけどそう言う決まりなの。冒険者は大きくなってからになさい」


このままじゃ不味い。

そう考えた僕は切り札を切った。


「僕!実は異世界から来たんです!だから!」


そう、僕は異世界人なのだ。

特別な存在で、だからきっと特例が認められる。


そう思っていたのだが――


「異世界?何を馬鹿な事を言ってるんですか?」


「ほ……本当なんです!僕は特別だから!だから冒険者にならないといけないんです!」


「はぁー……どうも頭のおかしな子みたいね。困ったわ」


受付の女性は僕の言葉を信じず、頭がおかしい呼ばわりする。

後々考えれば、彼女の反応は当然の物だったと気づく。

だけどその時の僕は「何故信じないのか?おかしいのはお前の方だ」と考えていた。


「おいおい、どうしたマリー。揉め事か?」


体の大きい男性が此方へやって来て、僕たちのやり取りに割り込んで来た。


「ええ、この子。自分は異世界から来たから、冒険者登録させろって……」


「はぁ?異世界から来た?なんだそりゃ?坊主、法螺を吹くにしてももう少しましなのにしときな」


「僕は嘘なんか行ってない!!本当の事なんだ!!!」


男も僕の事を信じようとしなかった。

でも、僕は嘘なんかついていない。

それをどう伝えたらいいかわからず、僕はただただ声を大にして必死に叫んだ。


そうすれば信じて貰えるかもしれない。


まあそんな訳ない事ぐらい、12歳の子供にも分かる事だった。

だけど焦っていた僕に、そんな余裕はなかった。

兎に角、大声で自分は異世界人だと主張する。


「僕は異世界人で特別なんです!だから冒険者に――うわっ!?離せ!!」


叫んでいる途中で、男に担ぎ上げられてしまう。

急な事に驚いて、暴れるがビクともしない。


「おい坊主。こんな場所で喚いたら迷惑だ。他所でやりな」


そのまま僕は冒険者ギルドから放り出されてしまう。


「くそっ……僕は本当に異世界人なのに……」


「まだそんな寝言を言いやがるか」


「――っ!?」


男が鞘の付いた剣を僕の前に突き出す。

そしてドスの効いた声で――


「坊主。今回は初回だし、子供だから馬鹿みたいに騒いだことは見逃してやる。だがもし次に同じ事をやったら、ただじゃ済まさねぇぞ」


恐らく本気ではなく、ただの脅しだったろうとは思う。

だけど12歳の僕にとって、男の言葉は身を震え上がらせるには十分な効果があった。


僕は逃げる様にその場を離れ、道端にしゃがみ込む。


「僕は異世界人で、特別なんだ。どうしてそれが分からないんだよ」


どうすれば自分が異世界人と信じて貰えるか?


子供ながらに考えた結果は、周りにきちんと説明する事だった。

そして僕は立ち上がり、行動に移す。


何をしたのか?

町の人に片っ端から声をかけて、異世界の知識を交えた説明をしたのだ。


だがそれは完全に裏目に出てしまう。

急に見知らぬ子供に声を掛けられ、異世界がどうのこうの語られたら、大抵の人間は頭がおかしいと考える。

僕はそんな事にも気づかず、必死にそれを続けた。


――結果、僕は頭のおかしい子供として周囲から敬遠される事になる。


僕の転移した場所は比較的小さめな町で、その噂はあっという間に広まってしまう。


「お腹空いた……」


結局誰にも相手にされず、僕は異世界最初の夜を迎える事になる。

ここが日本なら、国の制度なんかで保護して貰えた事だろう。

だが転移先の小さな町には、教会や子供を保護してくれる様な施設は無かった。


これは後で知った事だが、転移先のこの世界にもそう言う制度はちゃんと存在していた様だ。

実際、すぐ隣の町にはそういう施設もあったらしい。


だが町の人間は、誰も僕にそれを教えてくれなかった。

そう言った施設に対して、浮浪児がいると報告もしてくれなかった。


何故か?


異世界人を名乗る、頭のおかしい子供に等誰も関わりたくなかったのだ。

自分自身の軽率な行動が、結果的に僕の首を絞める。


「すいません……」


周りの人間は誰も僕を見てくれない。

話しかけられても無視される。


喉が渇いた。

お腹が空いた。


近くに屋台に果物が並べられているのが目につく。

このままだと、僕は死んでしまう。


あれを盗んで……


そう思うが、行動には移さなかった。

両親に、人の物を盗んではいけませんて教わったからだ。


だから我慢した。

お腹がすきすぎてフラフラの状態だったけど、それでも我慢したんだ。


『もう……ゲームばっかりしてちゃだめよ』


拓斗たくと、たまには父さんと一緒に外で遊ばないか?』


父と母の事が頭に浮かぶ。


「お父さん……お母さん……」


家に帰りたい。

異世界なんてもうどうでもいい。


……こんな所で死にたくないよ。


「うっ……うぅ……」


今の自分の置かれた状況。

明確に死を意識し、自然と涙がこぼれ、僕は嗚咽を漏らす。


そんな僕の前に、不意に一台の馬車が止まる。

それはこの小さな町では見かけない、立派な馬車だった。


「君……大丈夫かね?」


馬車から現れたのは、紳士然とした優しそうな人物だった。

彼は泣いていた僕の顔を覗き込み、優しく声をかけてくれる。


「うっ……ぐ。お腹が空いて。もう……もう何日も、ご飯を食べてなくて……」


「そうか……これをお食べなさい」


その男性は、小さなパンを差し出してくれた。

僕はそれを受け取り、迷わずかぶりつく。


「はぐっ、はぐっ。むぐ……うっ……ぅぅ……ありがどうございまず。ありがどうございまず」


それはただの硬いパンだった。

でも今まで食べてきたどの料理なんかよりも美味しくて、安堵の気持ちから止めどなく涙が込み上げて来る。


僕はひたすら感謝の言葉を口にしながら、それを一気に食べつくした。


「水もある。飲むと良い」


「ん……ん……げほっ!げほっ!」


パンを食べ終えると、男性から水筒を受け取る。

僕はそれを一気飲みしようとして咽てしまった。


「そんなに焦らなくてもいい。ゆっくり飲みなさい」


男性は僕の肩に手を置き、優しく言葉をかけてくれる。

その優しさが、凄く嬉しかった。


「は……はい」


咳が収まった僕は、言われた通りゆっくりと水筒内の水を飲み干す。

凄く美味しい。

生き返る様だ。


「私の名は、クレイン・ヴェルヴェット。君の名を聞いてもいいかな?」


「ぼ……僕の名前は、飯田拓斗いいだたくとと言います」


「イイダ・タクトか。良い名前だ。ではイイダ君。もし行き場が無いのなら、私と一緒に来ないか?君が安心して暮らせる場所は、私が提供しよう」


「……は、はい!お願いします!」


クレイン・ヴェルヴェットさん。

彼が優しく僕の手を握ってしてくれた提案に、文句などある筈もない。

迷わずその有難い申し出を受けた。


そして僕はヴェルヴェット家が運営する孤児院で、15歳――成人までの3年間を過ごす事になる。


――今いる世界。


ここが僕のプレイしていたヘブンスオンラインと瓜二つの世界である事を知ったのは、冒険者になってからの事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る