第21話 クレア
……幼い頃は幸福だった。
私はヴェルベット家当主である父と、第二夫人である母との間に生を受けている。
両親は優しく、第一夫人であるメシェス様も私に良くしてくれていた。
兄弟は父とメシェス様の間に生まれた腹違いの兄であるマクサスと、弟のクインスの二人。
マクサスからは少し距離を置かれていたけど、クインスは「大きくなったらお姉ちゃんをお嫁さんにするんだ」なんて、可愛い事を言ってくれる程懐いてくれていた。
そんな侯爵令嬢として何不自由なく暮らしていた私のお気に入りは、執事のセバスチャンから聞く、タクト・イイダの話だった。
タクト・イイダは60年ほど前に王国に名を馳せた、伝説の
何でも彼は異世界からの来訪者だそうで、その彼が異世界から持ちこんだ思想――厨二病は、私の魂を強く震わせる。
勿論私は侯爵令嬢という立場上、タクト・イイダの様には振る舞えない。
だが心の中では、静かに厨二魂を燃やし続けていた。
そんな生活に大きな転機が訪れたのは、14歳の時だ。
急な発熱で、私は寝込んでしまう。
そして熱が引いた時、私の中には新たな力が目覚めていた。
大賢者と。
そして予言。
大賢者は、魔法全般に関して大幅な補正が付くスキルだった。
欠点として、筋力や敏捷性の成長が阻害されてしまうというデメリットはあったが、それを差し引いても強力と言い切れる程、魔法扱うクラスには優秀な効果を内包している。
もう一つの予言の方は、かなり特殊な効果をしていた。
その効果は未来と、それを変えうる可能性を提示するという物だ。
但しどういった未来を見通すかは自分では選べず、更にその発動自体もランダムとなっていた。
しかもこのスキルは自分の見た未来や、この能力を他者に伝える事が出来ない様になっている。
一種の封印に近い状態だ。
「お父様!」
私は自分に芽生えた力。
それが嬉しくて、スキル大賢者を両親に報告する。
だがそれがまずかった。
父は稀有なユニークスキルを持つ、将来の大魔法使い。
つまり私に家督を譲り渡すと言い出したのだ。
「そんな話が通る訳がないでしょう!」
侯爵である父とメシェス様は、政略結婚だった。
お互いの家の為に結ばれた婚姻。
それに対し、庶子である母とは恋愛結婚だ。
父としては、愛した女性との間に生まれた私を家の跡継ぎにしたかったんだと思う。
でもメシェス様からすれば、きっと堪った話ではなかったはず。
急に重要な約束を反故にされて、笑っていられる人間などいないだろう。
ヴェルヴェット家は父の暴走に近い行動により、それまでの穏やかな空気が吹き飛び、最悪な状態になってしまう。
「お前のせいだ!お前が全て滅茶苦茶にしたんだ!この疫病神が!」
優しかったメシェス様はあからさまに私を避ける様になり、弟のクインスとは満足に顔を合わす事も出来なくなる。
そして元々それ程折り合いの良くなかった兄マクサスからは、顔を合わせる度に罵られる様になってしまった。
「どうして、こんな風になってしまったんだろう……」
家督争いでギスギスする家の状態に、私は途方に暮れていた。
私さえいなければ、こんな酷い事にならずに済んだのだろうか?
そんな風に何日も落ち込んで暮らした。
そんなある日、私の元へと予言が降りて来る。
それは父と母の死。
両親が出かけた先で賊に襲撃され、命を落としてしまうという物だった。
それは間違いなく暗殺だ。
その主はメシェス様なのか、それともその実家なのかは分からない。
だがこのままいけば、父と母は遠くない内に命を落とす事になってしまう。
その回避方法は一つ。
私が今の魔法使いというクラスを捨て、家を出る事だ。
両親には死んで欲しくない。
私は迷わず予言の回避を決意する。
だが、クラスの変更など聞いた事もない話だ。
そこで私は、物知りで何でも知っているセバスチャンに相談する。
「一つだけ方法がございます。しかし……」
驚くべき事に、執事のセバスチャンはクラス変更の方法を知っていた。
だが私がそれを行おうとしていると知り、彼はそれを教える事を渋る。
「ヴェルヴェット家は、このままでは滅茶苦茶になってしまうわ」
予言による両親の死。
それは話せない。
だがそれを抜きにしても、家の状態はギスギスして酷い物だ。
それを何とかする為にと、私はセバスちゃんを説得する。
「分かりました。ですが……そのための秘薬は一つしか御座いません。そのため、一度替えてしまえば元に戻せる保証は御座いませんが……本当に宜しいのですか?」
「ええ。構わないわ」
セバスチャンから秘薬を受け取った私は、早速クラスチェンジを実行した。
それ自体に負荷等はなく、びっくりする程あっさりと変更は終わる。
確認すると、私のクラスは暗殺者へと変わっていた。
それは憧れの存在である、タクト・イイダと同じクラスだ。
私は自らのクラス変更を父に告げる。
いくら大賢者というユニークスキルを所持していようとも、魔法が使えなければそれは宝の持ち腐れだ。
偉大なる魔法使いになるからという理由で、家督を継がせる事はもう出来ない。
そのうえで私は両親に手紙を残し、黙って家を出た。
普通なら一人で家から出るなんて真似は出来ない。
そこはセバスチャンが手伝ってくれている。
それ以外にも、暗殺者としての装備や、外で生きていくための資金なんかも用意して貰っていた。
「色々ありがとうね。セバスチャン」
「お嬢様。どうかお気をつけて」
家を出た私は、真っすぐにカイゼンの街を目指した。
実は暗殺者にクラスチェンジした後、再び予言があったのだ。
――それは世界の滅びを知らせる物だった。
それを回避する方法はただ一つ。
カイゼンの街で闇の力を持つ転生者と合流し、冒険者として強くなる事だった。
そして私は出会う。
不遇クラスと言われる死霊術師でありながら、その常識を覆す様な力を持つ1人の青年に。
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