第16話 交渉

クエスト清算後、明日ギルドで落ち合う事を約束をして俺はクレアと別れる。

そして宿へと戻り、まだ早い時間だったが直ぐに眠りについた。


狩り自体は2時間程度の物だったが、彼女のお守りという事もあり、神経を死ぬ程すり減らして疲れていたからだ。


◇◆◇◆◇◆◇


「ん?」


ぐっすり眠っていた俺だが、体に何かが当たった様な感覚にふと目を覚ます。

すると――


「起きたか……」


「――っ!?」


開きっぱなしの窓から差し込む仄かな月明かり。

その中に、仮面をかぶった黒尽くめの男が立っていた。

俺は驚きのあまり、ぎょっとなって固まる。


「報酬だ。受け取るがいい」


男が俺の寝ている粗末なベッドの上に、小さな革袋を放り投げた。

声でそいつがクレアの護衛だと気づく。


報酬を渡すって事は……殺しに来たわけじゃないよな?


「流石に……夜中に部屋に侵入されると心臓に悪いんだけど」


そう答えつつ、俺は彼の寄越した小さな革袋の中身を確認する。

中には金貨――ゴールドが詰まっていた。


10枚は入ってるな。


オーク狩りを手伝っただけで100万とか、報酬としては超が付くレベルの破格だ。

流石名門ヴェルヴェット家だけはある。


「これからもクレア様に協力するなら、報酬は約束しよう」


狩りに行くたび毎回ゴールド10枚もくれるというなら、他の奴ならきっと喜んで飛びついた事だろう。

だが俺の目的は、最強の死霊術師になる事だ。

勿論資金が多いに越した事はないが、クレアのお守りは行動の大きな足かせになりかねない。


金が最重要でない以上、それだけの為に足踏みさせられるのは、俺にとって余り嬉しくない状況だ。

とは言え、お嬢様の相手なんかしてられないと突き放せば、何をされるか分かった物ではない。


だから――


交渉する。


どうせ足踏みさせられるなら、死霊術師にとってお金よりももっと価値のある物を引き出さないと損だ。

それが結構なレアアイテムだろうと、ヴェルヴェット家レベルなら、きっと用意出来るはずだろうし。


黒曜石の武器なんて無駄な超レアアイテムを箱入り娘に持たせてる位だしな。


まずはそのための第一歩として、俺は相手の目的を確認する。


「なあ、一つ聞いていいか?あんたらの求める着地点ゴールってのは、どこにあるんだ?まさか、俺にずっとクレア様と一緒にコンビを組んで欲しいなんて思ってはいないだろ?」


「……雇用期間が知りたいのか?それはお嬢様次第だ」


どうやら護衛の男は、クレアが満足するまで俺に付き合わせる気の様だ。

それが数週間程度で済めばいいが、年単位とかだと洒落にならない。

流石にそこまで付き合う気にはなれないぞ。


まあだが、これで男の目的がクレアを満足させる事である事は分かった。

期間の事は一旦忘れて、ここは彼女の満足度を一気に引き上げ、代わりの報酬を得られるよう交渉を始める。


「クレア様は、最高のアサシンを目指しているんだろう?俺なら……その夢を一気に加速できる」


「なに?」


クレア自身に、暗殺者としての素質があるかは分からない。

だがここはレベルのある世界。

取り敢えずレベルさえ上げてしまえば、それなりには形になるはずだ。


そして俺には、彼女を高速レベリングする術があった。


「2か月……いや、1か月だ。1ヵ月で俺は安全に彼女のレベルを100まで上げて見せる」


俺はレベル100に上がるまで3か月もかかってしまっているが、それは相手の魔物がゴブリンだったというのが大きい。

だが今なら、経験値の多いオークを使ってレベリングが出来る。

アサシンが死霊術師よりも戦闘力が高い事も考慮すれば、恐らく1月もかからないはずだ。


「戯言を。貴様、ふざけているのか?」


現在一桁レベルのクレアが1ヵ月で100達成など、普通ならあり得ない話だ。

だから護衛も、当然それを戯言呼ばわりして来る。


「大まじめだよ。死霊術師である俺には……その術がある。あんたみたいなおっかない相手に、下手な嘘はつかないさ」


直ぐにバレる様な嘘を吐く意味はない。

それも相手が此方の生殺与奪を握っている状態なら、猶更だ。


それをもってして、嘘じゃないアピール。


「……」


「レベルが上がれば、クレア様は大喜びすると思わないか?自分の夢に向かって大きく前進する訳だからな。それに、ある程度の力が手に入ればそこで満足する可能性も高い」


護衛の男も、ヴェルヴェット家も、クレアがアサシンとして大成して欲しいとは別に考えていないはずだ。

あくまでもお嬢様の気まぐれ。

さっさと冒険者ごっこを終わらせた方が、絶対喜ぶはず。


レベルが上がっても、そのまま厨二ごっこを続ける可能性もあるが……


まあ大事なのは、相手にその可能性がある事を匂わせる事だ。

優良誤認万歳。


「ふむ。高速のレベル上げが事実だとして……何が目的だ」


男が話に乗って来た。

後は此方の要求する物を引き出すだけである。


「報酬に金は要らないから、魔宝玉を貰いたい。それもAランクの魔宝玉を」


魔宝玉は特殊な武具やアイテムの製作に必須となるアイテムで、高ランクの物はボス属性の魔物か、ダンジョン奥の宝箱から低確率で排出されるのみだ。

当然そんな物はそうそう売りに出される事などないため、お金があれば手に入る代物ではない。


本来はレベル200を越えてから自力で入手しようと思っていた物だったんだが、それには相当な労力が必要になってくる。

ので、此処で足踏みする分、報酬としてヴェルヴェット家に用意して貰おうという寸法だ。


強力な権力と伝手を持つであろうヴェルヴェット家クラスなら、Aランクの魔宝玉位そう入手は難しくないはずである。

だから、そう無茶な取引という事もないだろう。


まあ理想はSランクの魔宝玉の方なのだが、流石にそっちは無理だろうからな。

入手難易度が桁違いだし。


「……それは俺の一存では返事出来ない。また明日の夜。返事はその時だ」


「期待して待ってるよ」


「……」


突然男の姿が消える。

隠密と呼ばれるスキルだろう。


隠密スキルは気配を隠すスキルだが、最高レベルになるとその姿さえも消す事が出来る様になる暗殺者のスキルだ。


「レベル150以上って事か……」


隠密のスキルは、レベル150で最高レベルに達する。

それを使えるという事は、護衛の男のレベルはそれ以上であるとみて間違いない。


そんな人間を雇って令嬢専属の護衛に付けるとか、ヴェルヴェット家、マジ半端ねぇな。

流石大貴族としか言いようが無い。


「ま、寝よ」


俺はそのままベッドに横になり、目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る