第13話 貴族令嬢
「で、名前は?」
「ふふ、聞きたいのかしら?この闇に潜む刃である私の名を。知れば後悔するかもしれないわよ?」
名前を尋ねたら、厨二娘が無駄に勿体付けて来た。
一々言動がウザイ。
「名前も知らない相手と組む気はない。言わないんなら、さっきの話は無しだぞ」
「――っ!?誰も教えないとは言ってないわよ。あくまでも……貴方の覚悟を確認しただけだから、そこの所は勘違いしないで」
組まないぞと脅したら、分かりやす過ぎるくらいに慌てだした。
まあ暗殺者はステータスが全般的に低く、かなり撃たれ弱いクラスだからな。
何が何でも、敵の意識を引き付ける前衛が欲しいのだろう。
「まあそこまで言うのなら、聞かせてあげるわ」
人の言葉を勝手に変換するプロかな?
まあいいけど。
「私の名は、クレア・ヴェルヴェット。美しき闇の刃、クレア・ヴェルヴェットよ。その胸に畏怖と共に刻みつけなさい」
再び格好つけたポーズを彼女はとる。
まあそれは良い。
問題なのは名前の方である。
この世界の人間は基本名前だけで、姓を持っているのは貴族だけだった。
つまり、クレアは貴族という事だ。
しかもヴェルヴェットって……
「ヴェルヴェットって、侯爵家の姓だよな……」
一瞬
ましてや侯爵家なんかを騙った日には、即重罪で牢屋送りだ。
こいつは厨二っぽいが、流石にそれぐらいの常識は弁えているだろう。
となると、本物という事になる訳だが……
「ふ、その名は捨てたわ」
「いや、全然捨ててないだろ」
名乗っておいて、捨てたも糞もない。
しかし言動を見る限り、全然貴族の子女とは思えないんだが……
何も考えず、ヴェルヴェット家の名を騙っているだけの可能性もあり得そうで怖い。
だとしたら、巻き込むのやめてね。
「ヴェルヴェット姓は気にせず、貴方はクレアという名の伝説だけを追ってくれればいいわ」
もはや何を言っているの意味不明だが、騙りにしろ本物にしろ、ヴェルヴェットの名前は聞かなかった事にする。
それが俺自身の為だろう。
「ああ、わかったよ。今から飯食うから、ちょっと待っててくれ」
食事を急いで済ませた所で少し
ゲームっぽい異世界だが、トイレは日本にある物と全く同じだ。
立ち用の陶器の物と、開閉式の西洋式の便座である。
勿論、どちらも水洗。
流石にウォッシュレットは無いが。
「変なのに捕まっちまったな。取り敢えず、さっさとクエストをっ――」
立ち用で小を放っていると突然頭を捕まれ、首筋に冷たい何かが押し当てられる。
その冷たい感触から、それが刃物だという事は直ぐに想像できた。
なんだ!?
一体何が起こった!?
「動くな……」
「だ、誰だ?俺に一体何を……」
急に起こった出来事に思考が追い付かず、俺は在り来たりな言葉を絞り出すので精いっぱいだった。
恐怖で足が震える。
「我々は、いつでも貴様を見ている」
その言葉に息を飲む。
俺は見張られてたって事か?
ひょっとして、転生者だからか?
自分が見張られていたなどと、夢にも思わなかった事だ。
平凡な一般人に、見張りが付く筈もないのだから。
だが特殊な知識を持つ転生者だという事がばれていたなら、話は変わって来る。
こいつは俺を……
「お嬢様に下手な真似をすれば……貴様を殺す」
「へ?お嬢様?ひょっとしてクレアの事――ぐわっ!?」
掴まれていた、頭部が強く握られる。
まるで万力の様な締め上げに、俺は思わず悲鳴を上げてしまう。
くそいてぇ……
とんでもない怪力。
これだけ力が強いって事は、そこそこ高レベルの前衛職で間違いないだろう。
「クレア様、だ」
謎の男は低い声で俺の言葉を訂正する。
逆らえばもっとひどい事になりそうなので、俺はそれに素直に従った。
「クレア様の事……ですか?」
「そうだ。あのお方は、貴様など本来なら近づけない様な高貴なお方だ。下手な気を起こせば、貴様の手足を切り落とし、目玉をくりぬいて殺す。いいな」
男はとんでもない脅しをかけて来る。
だが、こんな場所でいきなり刃物を突き付けて来る様な奴だ。
もしこれを無視したなら、きっと脅しでは済まなくなるだろう。
「ただオーク狩りで組む事になっただけですんで、それは大丈夫です。はい」
兎に角、穏便に済まさねば
俺は
くそっ……
変なお嬢様に関わったせいで、死ぬのなんざまっぴらごめんだぞ。
「……お嬢様が怪我を負えば、どうなるかは分かっているだろうな」
「も、勿論です。全力でお守りしますんで」
狩りに行くのに怪我すらさせるなとか、無茶な要求以外何物でもない。
だがやるしかないだろう。
ヴェルヴェット侯爵家が令嬢の護衛に雇っている以上、相手は確実に手練れだ。
怒らせたら冗談抜きであの世行である。
「もう一度言うぞ。我々は常に貴様を見ている。覚悟しておけ……」
最初の‟見ている”は、どうやら異世界人として見張っているという意味ではなかった様だ。
だが全然嬉しくない。
首元に突き付けられていた刃物が引かれ、掴まれていた頭が解放される。
振り返ると、男の姿はもうそこにはなかった。
「ふー、死ぬかと思った。しかし我々……か。まあそりゃ、護衛は一人じゃないよな」
想像以上に、とんでもない相手に絡まれてしまっていた様だ。
お嬢様の気まぐれか何か知らないが、迷惑極まりない話である。
「兎に角、オーク狩りは死ぬ気で頑張るしかない」
倒すだけならどうって事はないが、攻撃に参加するであろう令嬢に傷一つ付けずとなると、途端に難易度が跳ね上がってしまう。
こんな事なら、オーク狩りは別の場所にすればよかったと、俺は心から大きなため息を吐くのだった。
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