第3話
花屋を離れて、首を傾げる。
手を取って口づけた時、確かに私は花屋の娘に
魅了が掛からない原因は大きく三つある。
一つ目は、相手が聖職者の場合。
その信仰心の強さと修行で得られた神の加護によって、魅了が弾かれてしまうのだ。
二つ目は、既に何らかの催眠に掛かっている場合。
私の魅了や兄の威圧の能力は一種の精神干渉で、他の催眠に掛かっている場合は掛かりにくくなってしまうためだ。
三つ目は、私に魅力を感じなかった場合。
魅了は催眠の一種で、私に魅力を感じた気持ちを増幅させることで虜にするものだ。
そのため、私に魅力を感じなければ、魅了は発動しない。
他の吸血鬼の催眠下にあるような気配はなく、聖職者でもないから、三つ目の魅力を感じなかったパターンということだろうか。
あの火傷の痕のせいで口説かれ慣れていないだろうと踏んでいたが、あの明るさで客商売だ、そうでもないのかもしれない。
「ふむ、面白い」
初めての事態に、自然と口端が上がるのを感じる。
ときめく様子どころか、まるで動じる素振りすらなかったあの花屋の娘に、絶対に魅了を掛けてやろう、と心に決めた。
まだ会って二回目であのような接し方をしたため、軽い男だと思われたかもしれない。
ならば、打ち解けてから口説けばいいだけの話だ。
幸いなことに、彼女の花束作りの腕の確かさはこの二日で証明済みである。
ご令嬢達に贈る花束を作ってもらうために彼女の元へ通えば、そのうち気を許してくれるだろう。ご令嬢のご機嫌も取れるし、魅了に掛からない花屋とも打ち解けられるし、一石二鳥だ。気長にいこう。
兄は私の事を『妙なところで努力家』だと言うが、おそらく、こういうところを指している。
一度気になることを見つけると、気になったことを解決するまでそれにかかずらう傾向があった。
あの花屋をものにしたいというよりも、魅了が効かない原因が気になるのだった。
それに、たまには違った趣向の娘を相手にするのも悪くない。
普段見慣れたご令嬢が傷一つない大輪の薔薇だとすれば、花屋の娘は野に咲くささやかなエーデルワイスだ。しかも例えるなら花びらが一部萎れているようなものである。
それでも、明るく振る舞い、矜持を感じさせる仕事をする、その強かさが気に入った。
今日訪れる予定の、まさしく箱入りで苦労知らずの夢見がちなご令嬢とは実に対照的だ――などと考える。
柔らかい色合いの花束を眺めて、今宵のご令嬢が好みそうな具合に、つくづく良い仕事をしてくれたと感じた。
その花束を見て、あどけなさすら感じる愛らしい容姿と人を疑うことを知らない無垢さが愛おしいご令嬢を思い出し、足取りを早める。
まずは、今宵のご令嬢を悦ばせるのが優先だ。先約は大事にせねばならない。
こう見えて義理堅い男なのだ――と、本当に義理堅い兄が聞けば卒倒しそうなことを考えて、一人小さく笑うのだった。
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