第9話 試験開始

 クラス担任の速水はやみに続いて古矢まで学校から消えた。

 突然の転校だと副担任の成瀬なるせから説明を受けたが、ウワサによると一家で夜逃げしたとかなんとか。

 退学に関する書類だけが古矢家より送られてきて、学校側が連絡を取ろうにも元の住所の家は引き払われた後だったという。

 

 古矢がいなくなった後の学校生活はなにごともなく、穏やかに時間が過ぎていった。

 

 ──そして年が明けて2月の下旬。


「き、きたっ……! 10時……!」


 とうとう、運命のその日がやってきた。

 家のノートパソコンの前。

 バクバクと心臓が音を立てている。

 俺はブックマークしていたサイトを開いた。


「舞浜ダンジョン攻略者育成高等専門学校……2022年度第1次選考結果……受験番号4344番……」


 俺はサイトの第1次選考通過者の一覧に上から順に目を通していく。


「4336、4339、4340、4344……っ! 4344……! あった! 番号があった!」


「おめでとうございますにゃ、夜彦さ──うにゃっ⁉」


「やった! あった! あっ──あっ⁉」


 むぎゅう。

 腕の中にある柔らかな感触。

 見れば、カムニャが頬を淡く染めながら俺を見上げていた。

 

「よ、夜彦様……大胆ですにゃ……」

  

「ご、ごごごごめん! ついっ! 思わずっ!」


 あまりの興奮につい抱きしめてしまっていたらしい。

 慌てて距離をとる。


「いえ、まったく構いませんですにゃ。私こそはしたない声を出してしまい申し訳ございません。ささ、次はもっとウェルカムな状態で対応しますのでどうぞもう1度……」


「いや大丈夫っ! 忘れてくださいっ!」


「うにゃ~、どうしてですにゃ……?」


 なぜか残念そうにするカムニャにもう一度謝ると、それから俺は第1次選考通過者のみに与えられる第2次選考受験者用のマイページへとアクセスする。

 そこには第1次選考試験結果が載っていた。

 

「筆記テストの総合点は390点で8000人中1330位、体力テストの総合点は99点で8000人中……2位っ⁉ 筆記・体力試験総合順位666位……これってかなりすごいんじゃ……!」


 カムニャの特訓、恐るべし。

 フィジカル面で他の受験者たちに後れを取ることはもはや無さそうだ。

 

「改めておめでとうございます、夜彦様。残すは【実技試験】のみですにゃ」


「うん、そうだな……俺にとっての1番の難関……!」

 

 俺の受ける舞浜ダンジョン攻略者育成高等専門学校──通称、舞浜高専の入学試験は第1次選考と第2次選考がある。

 第1次選考は筆記テストと体力テストのみで総合順位の上位約3000~4000人あまりが第2次選考である実技試験へと進めるのだ。

 

「ダンジョン攻略実技か……腕が鳴るな」


「ふふっ。ずいぶんとたくましくなられましたにゃ。夜彦様」


「カムニャにこれでもかってしごかれたからね!」


「夜彦様なら大丈夫ですにゃ。きっと合格できます」


 カムニャの笑顔に支えられ、そして3月の上旬。

 

 ──第2次選考の日がやってきた。

 

「俺の選考会場は……ここか」


 俺がやってきたのは千葉県浦安市は舞浜の地……ではない。

 そこは東京都江戸川区、葛西臨海公園跡地だ。

 

 昔は人の活気であふれていたその公園。

 しかし、モンスターが大量発生するダンジョンが発生した後は完全封鎖された。

 いまでは舞浜高専の所有物となっている場所らしい。

 

「さすがに4000人を1つのダンジョンには入れられないもんな……」


 ネットの専門掲示板を見る限り、第2次選考に進んだ4000人の受験者は8つのダンジョン跡地の会場へと振り分けられているらしい。

 均等に分けられているとしたらここに集まっているのは500人ほどか。


「受験生のみなさんはこちらで受付を済ませてください~」


 公園前に設置された受付にほかの学生たちと同様、受験票を手に俺も向かう。


「お願いします」


「はい。4344番……山本さんですね。こちらをどうぞ」


 受付の人に手渡されたのはネームプレートだった。


「この場でご自身の胸につけてください。発信機がついてきます。ダンジョン内で遭難した際に救助班が助けに行く目印となりますので、手元から離さないようにしてくださいね」


「あ、はい。分かりました」


 どうやらこの実技試験、本格的にダンジョンへと潜るようだ。

 これは受験者に万が一にも命の危険が及ばないようにとの対策だろう。

 

「それではダンジョン前でお待ちください。ダンジョンの場所は……説明しなくとも分かりますよね?」


「ええ、まあ。あそこまで目立てば……」


 受付を後にして、俺は葛西臨海公園の海沿いにデカデカと建つ【ピラミッド】へと向かう。

 ウワサに聞いてはいたが実際に近くで目にすると圧巻だ。

 ひと目見れば誰だってこれがダンジョンだってことくらい分かるだろう。

 それくらい場違いで、ものものしい雰囲気を放っていた。

 

「──えぇ~……注目ッ!」


 俺がピラミッド前に着いて15分あまり経ったころ。

 いかついジイさんがピラミッドの入り口前に立ち、大声を響かせた。

 

「受験者諸君ッ! これより第2次選考を始めるッ!」


「っ!」


 とうとう始まるのだ。

 空気がピリっと張り詰めるのを肌で感じる。

 

「君たちにはこれからこのダンジョンを攻略してもらうッ!」


 それから詳しい選考内容の説明が行われる。

 ルールはシンプルで以下の通りだった。

 

 1つ、ダンジョン地下7階にある端末にネームプレートをかざすこと。

 2つ、試験開始から4時間以内にダンジョンを脱出すること。

 3つ、2人~4人のチームを組んでダンジョンに潜ること。

 4つ、試験官の用意したモンスターから一定以上の攻撃を受けないこと。

 

「モンスター……! やっぱりいるんだな……」


 ざわっとほかの受験生たちが不安そうにするのが分かる。

 

「静かにッ! モンスターはいるが安心しろッ! それらはあくまで当校の教諭きょうゆの持つ異能力によって作られたモンスターであり、諸君らに命の危険までは与えないような命令をしてあるッ!」


 まあ、そりゃそうだよなと思う。

 受験生が万が一にも死ぬような事態になったら相当大きな責任問題になるだろうし。

 

「さて、説明は以上だッ! 質問は受け付けないッ! なぜならダンジョンに入って生きて帰ってくる、攻略者の目的とは常にソレ以外は無いシンプルなものなのだからッ! それでは試験を開始するッ!」


 ジイさんがそう言うと、ゴーンという低い鐘の音。

 同時にピラミッドのダンジョンの入り口上部に付けられていた電光掲示板に【03:59:59】という数字が灯る。

 

 それが示すことはひとつ。

 4時間という制限時間のカウントがもう始まったのだ。

 

「マジかよっ……?」


 当然、会場の受験者は一気に大騒ぎとなった。

 そして、みんなそれぞれでチームを組み始める。

 

「やばっ……出遅れたかっ……?」


 周りを見渡す。

 クソっ、もうほとんど4人組ができている!

 しかし、ちょうどよくまだ3人組のパーティーを見つけることができた。


「なぁ、ちょっといいかっ?」


 話しかけると、その中の男子の1人が嬉しそうにこちらを向く。


「おっ! まだパーティーが決まってないのか?」


「ああ! できればチームに入れてほしいんだが……」


「そっかそっか! それで、君の異能力はなんだい?」


「えっ?」


「異能力だよ、異能力。いまうちのチームには前衛になってくれる人が足りないんだ。だからできれば先頭に立って攻撃か防御のできるヤツがほしいんだけど……」


「ネ、ネコダマシ」


「……は?」


「対象を一瞬だけ驚かせることができる能力なんだけど……」


「……」


「あっ、でも体術は得意で、1次選考の結果も体力試験では2位──」


「ゴメン。いいや。俺たち他の受験者あたるから」


「いや、ちょっと待ってくれ。本当に俺、結構役に立てると思うんだけど!」


「じゃあなっ! 俺たちも急ぐから!」


 ピューっと、走り去ってしまった。

 マジかよ……そんなに異能力を重視するのか……?

 まあ普通そうか。

 

 辺りを見渡す。

 サッ、と。俺の周りから人波が引いていくのが分かった。

 え、俺、避けられてる……?


 いやいや、自意識過剰だろ。たぶん。

 とりあえず時間もない。

 手当たり次第に声をかけていく。


「あの、俺をあなたのチームに……!」


「ま、間に合ってますー!」


「あの、体力試験で2位を取った俺をいかがですか?」


「要りません! 他をあたってください!」


「あの、俺といっしょに……」


「失せろ~~~!」


 ……。

 …………。

 ………………。


 試験開始から10分。

 

 どうしよう……誰も俺と組んでくれない……。

 10チーム以上に声をかけたがどこもまともに話を聞いてくれずにNoと言われる。

 

「クソっ……どうする……?」


 ルール上、1人でダンジョンに潜ることはできない。

 最低2人は必要だ。

 途方に暮れていると、しかし。


「あのぉ、ちょっといいっすか~?」


 突然、後ろから声をかけられる。

 振り向くと、そこにいたのは派手な金髪をした可愛い──ギャルだった。


「もしまだチームが決まってないなら、アタシと組まないっすかぁ?」


「えっ……」


 それは願ってもない申し出だった。

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