第8話 人を呪わば穴2つ・・・?
俺が再び学校に通い始めて1週間近く経った。
クラスは以前よりも雰囲気が明るくなっているように感じる。
改めて古矢がどれだけこのクラスの重荷になっていたかが分かるな……。
というのも俺に返り討ちにあって以来、今度は古矢が不登校になったのだ。
「ちょっとやり過ぎたか……」
朝のHR前、クラスに1つだけ空いている席を見てちょっと反省。
正当防衛とはいえ、少しばかり蹴り回し過ぎたのかもしれない。
まあでも、おかげで俺はいまのところ平和に学校生活を送れてるわけだけど……。
なんて思っていると、ガラガラガラと教室の戸が開いた。。
「えっ?」
チャイムが鳴って、教室に入ってきたのは速水ではなかった。
「みなさん、おはようございます」
教壇に立ったのはこのクラスの副担任。
まだ若い女性教師の
「えー……突然ですがみなさんに悲しいお報せがあります」
成瀬は悲しいというよりも、どちらかといえば戸惑うような表情だ。
「実はクラス担任の速水先生ですが……ご家庭の都合によりこの中学校を辞職されることになりました」
「えっ……」
驚いたのは俺だけじゃない。
その急すぎる話に、クラス中がざわついた。
が、別に誰も悲しそうな顔はしない。
残念ながら、みんな口も性格も悪い担任の速水に愛着を持ってはいないのだ。
「それでは朝の連絡ですが──」
学校側としても突然の話だったようで、HRをしきる成瀬の雰囲気も少し硬い。
そしてどことなく少し疲れているようだ。
今後の授業計画の変更や保護者達への連絡など、やることが山積みなのだろう。
本当にお疲れさまだ。
「──以上でHRを終わります。あ、それと山本くん」
「あ、はい?」
「お話がありますのでちょっとこの後職員室まで来てもらえますか」
突然の呼び出しだ。
なんだろう……特になにかした覚えはないけど。
いや、したな? 主に古矢に対して。
まさかその関連か?
古矢が親に言いつけたりでもしたのだろうか……。
内心でドキドキしつつ、成瀬の後について職員室へ入った。
「山本くん、どうぞその席へ」
「はい……」
綺麗に片付いたその席に座る。
そこは速水の席だった場所だ。
実際にその光景を目にすると、もう速水はこの学校にいないのだということが実感できた。
「速水先生のこと……突然で驚いたでしょう?」
「え、まあそうですね……」
「私もよ。本当に突然だったの。昨日の放課後に速水先生が急に校長先生に退職願を出したかと思ったら、引き留める言葉を全部無視して私物を片付けて……って、ごめんなさい、これは言っちゃいけないんだったわ……他の子たちには内緒でお願いね?」
「あ、はい」
だいぶ聞いちゃったけどね。
まあそれだけ突然だったら引き継ぎもまともにできていまい。
そりゃ愚痴りたくもなるよな。
まあ俺には言いふらすような趣味は無い。
放課後はクラスメイト達との談笑をするヒマもなく帰って特訓をする毎日だからね。
「あ、それでね、山本くんを職員室に呼んだ理由なんだけど……推薦枠の話は速水先生から聞いてたかしら?」
「推薦枠? それって……舞浜高専のですか?」
「ええ。そう。昨日、速水先生が辞める前に推薦対象を山本くんにした件についてよ」
「え……?」
なんだって……?
速水が俺を……?
「ちょっとびっくりしたのよね。だってあなたのクラスは古矢くんがいるでしょう? 彼、素行も内申も良くはないけれど、異能力だけ見れば充分に舞浜高専への合格ラインだったから……私はてっきり古矢くんになるかと思っていたんだけど」
「そ、そうですよね……」
速水に進路の最終調査票を提出したのは先週のこと。
その時に速水は、第一志望校に舞浜高専と書いた俺に対して『期待するな』と確かに言っていたはずだ。
「まあ、いろいろと判断材料を見て決めたことなんでしょうから私が口をはさむ気はないのだけれど……。山本くんの意思としては、舞浜高専を受けるってことでいいのよね?」
「あ、はい。それはもちろん」
「分かったわ。推薦の手続きは私が引き継いでおくから、それじゃあ受験に備えてがんばってね。たぶん落ちると思うけど」
失礼なことを言われているけど……まあいいか。
だってそれも仕方がないし。
舞浜ダンジョン攻略者育成高等専門学校……その受験者数はなんと毎年約8000人。
しかもそのほとんどが各中学校で最も優秀な部類の異能力者たちだ。
にもかかわらず合格者数はたったの200人。
倍率にして40倍の超難関校なのである。
無能力者の俺が受かる余地など、本来なら無くて当然だ。
「でもきっと、受かって見返してやるさ」
職員室から出て、廊下。
決心をさらに固めるようにひとりでつぶやいた。
今日は帰ったら速攻カムニャにこの件を報告して、トレーニングメニューを相談しなおそう。
俺はその1日、とにかくソワソワしっぱなしだった。
だからこそ、成瀬との推薦の話に聞き耳を立てていたヤツがいたことにまるで気づいていなかった。
~一方の古矢は~
小学校の低学年のころ、俺はなにをやっても1番になれなかった。
なぜなら、勉強も運動も、いつだって注目を浴びるのは当時の俺の親友。
山本夜彦だったから。
俺はアイツの横でニヤニヤとしてるだけ。
有名人の横で友達ヅラをして、そのおこぼれにあずかっていただけだった。
──しかし、異能力がそんな俺の世界を変えてくれた。
5年生になって俺に風を操る能力が発現するとその立場が逆転したのだ。
全学年で最強の異能力を宿した俺が、またたく間に山本の知名度をかっさらった。
それは言葉じゃ言い表せないくらい最高の気分だった。
いままで手も足も出なかった山本が、とても小さく見えたのを覚えてる。
快感だった……病みつきになるくらい。
俺はいままで散々ちやほやされていた山本に、もっと悔しがってほしかった。
自分の後ろを歩いていた人間にはるか先を行かれる
このまま永遠に俺より下の階級で生きろと、そう思っていたのに。
それなのに──。
「──クソがぁッ!」
夜中の2:00。人通りの無くなった繁華街の裏通り。
自販機を蹴り上げた。
「
今日、学校に行っていた取り巻きの1人から報告があった。
なんでも、舞浜高専の推薦枠に山本が選ばれたという。
「マジでムカつくッ! あのクソ野郎ッ!」
繰り返し何度も何度もドカドカと自販機を蹴りまくる。
それでもやはり気が晴れることはない。
山本夜彦、山本夜彦、山本夜彦ッ……!
「許されねぇッ……! 山本夜彦、お前が俺の前を歩くなんてことはッ!」
そんなこと絶対にあってはならない。
アイツは俺よりも遥か格下のミジンコのような存在でなくてはならない。
俺に踏みつぶされるだけの弱者じゃなきゃいけないのに……!
イライライライライラ。
ドカドカドカドカドカと自販機を蹴り上げていた、その時。
──ふと、
「……そうだ、やっちまおう……そうだ、やっちまえばいい」
なんでこんな簡単なことに気が付かなかった?
「そうだ、邪魔なら殺しちまえばいいんだよ……」
中央公園の広場を突っ切った先の雑木林。
取り巻きどもに山本をあそこまでおびき出させて……後ろからドカンと。
アイツは親無しのゴミだ。
誰にも心配されやしない。
だから捜索も遅れるはず。
そのうちに死体さえ処理しちまえば……!
「よォし……殺す。ぶっ殺す……!」
「──誰を『ぶっ殺す』って言ってるのかにゃ……?」
「なっ……?」
突然、どこからともなく声がする。
辺りを見渡していると、ヌルっと。
建物の陰にできた闇、そこから1人の女が出てきた。
「はぁ……まったく。余計なことを企むから困るにゃ、
「なっ、なんだお前はっ⁉ いつからそこにいた……⁉」
「名乗る必要性を感じにゃい。だってお前はここで死ぬのだから」
スッ、と。
突然に目の前からその女の姿が消えた。
「はっ……?」
ザシュっ。ボトっ。
変な音がした。
かと思うと、突然、体が支えを失ったかのように倒れる。
「は……?」
なんだ? なにが起きた。
立たなきゃと思うものの、しかしなぜか上手く立てない。
足が思うように動かない。
なんでだ、と足元を見る……。
「……ヒッ⁉」
足の、足首から先が無かった。
「あ、あ゛ぁぁぁッ⁉」
熱い。
まるで熱した鉄板に押し当てられているように足首が痛みはじめる。
「なんでっ⁉ なんでッ‼ うそ、うそうそだッ、うそだぁぁぁッ‼」
「うるさいにゃ」
ザシュッ。
風のように俺の喉元になにかが走る。
「~~~ッ⁉」
声が出なくなった。
声を出そうとすると、喉から空気が抜ける。
叫ぼうとしても喉からピィピィとか細い音が鳴るだけ。
「なぜ夜彦様が川で死にかけていたのか、夜彦様は話してくれにゃかったが……お前がやったってことは調べがついていたにゃ」
「っ⁉」
「夜彦様の当て馬のためにこれまで生かしておいたけど……もうお前のその役目も終わりにゃ。よくもまぁ私たち妖怪の希望の星、夜彦様を手にかけてくれたにゃあこの
「~~~ッ‼」
頭を踏みつけにされる。
ギリギリギリと、潰されそうなほどに。
「これからお前がすべきことはひとつ。夜彦様へと許しを請いながら、生まれたことを後悔しながら、誰にも知られず死んでいく。ただそれだけにゃ」
女がなにか鍵のようなものを俺に見せつける。
すると次の瞬間、ヌプリと体が地面へと沈んだ。
「っ⁉ ッ⁉」
地面に現れたのはブラックホールのような穴。
体が完全に飲み込まれたかと思うと、そこはいままでいた場所とはまったく別の空間。
こ、ここはどこだっ⁉
まるで洞窟のような場所。
うす暗い場所。
なんだ? なんなんだよッ!
俺はこれからどうすればいいっ⁉
訳が分からない。
助けてくれ。誰でもいい、誰か……!
「──あら、誰かきたわね」
暗闇の方からさきほどの女とは別の女の声がする。
人だっ!
人がいる!
助けて……!
「──あなた、誰か来るってカムニャ様に聞いてる?」
「──アタシは聞いてないっすね」
「──じゃあただの
「──かもしれないっすね」
クスクスクス。
2人の女が笑い合う声。
「──それなら、食べちゃおうかしら」
「──いいっすねぇ。この前カムニャ様がたぶらかして連れてきた中年の男みたいに踊り食いしたいっすねぇ」
「──足先からバリバリと」
「──いい悲鳴が聞けると嬉しいっすねぇ」
ザッザッザッと近づいてくるそいつらは……人間じゃなかった。
ギラギラと光る2対の深紅の眼と金色の眼。
裂けた大きな口に鋭い牙。
それはまるでおとぎ話に出てくる化け物、妖か──。
「「いただきまぁ~~~すっ!」」
俺が死ねたのは、それからしばらく経った後のことだった。
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