第7話 ブレイクスルー

 朝のHR前。

 古矢に連れてこられた校舎裏は暗く、湿った空気が流れていた。


「古矢……もうすぐ朝のHR始まると思うけど?」

 

「あぁ? 知らねーよそんなもん」


 我が校切っての異能力者であり、同時に不良生徒でもある古矢は不機嫌そうに俺の襟をつかんだ。

 

「テメェ、いったいどんな手を使いやがった? なんでケガのひとつもェ?」


「は? 何の話だ?」


「しらばっくれんじゃねーよ……! 俺はな、テメェがあの川に背中から落ちるのを見てたんだ!」


「ああ、アレか……さあね。打ちどころが良かったんじゃない?」


「山本ぉ、ふざけてんのか……? それで俺が納得するとでも……」


「古矢、お前が納得するもしないも俺が今ここにケガも無く立ってるっていうことが唯一の事実だろ。もういいか? 俺そろそろクラスに行きたいんだ」


 これ以上問答に付き合っていても意味はない。

 話を切り上げて校舎に戻ろうとする。


「……おい、山本ぉ。俺がテメェをタダで行かせるわけがねェだろうがよ」


 ザっ、と。

 古矢の取り巻きどもに行く手をふさがれた。

 

「山本ぉ……もう一度だけ訊いておいてやる。舞浜高専を諦める気にはなったかァ?」


「諦める気はサラサラないって言ったら?」


「……こうするまでだ」


 ザワッ。

 背後で辺りの空気の質が変わる。

 俺はとっさに横に体をズラした。

 

 ブオン、と。

 紙一重、下から強力な風の攻撃が耳の横を吹き上げていった。

 

「っ? テメェ……避けやがったなァッ⁉」


「そりゃあ、攻撃されたら避けるだろ。で? 校舎裏とはいえ学校の中でなんのつもりだ?」


「決まってんだろォが……! 今度こそこの場でテメェを潰すんだよ……!」


「そうかよ……。じゃあ古矢、お前も覚悟しろ?」


「あぁッ⁉」


「もう俺は古矢のことを友人とは思わないし、かつて親友だったヤツとも思わない。お前はこれから俺にとってのただの敵だ。だから手加減なんて一切しないぞ? ケガしたって知らないからな」


「オイオイオイ、気でも狂ったのか山本ぉッ……! この中学最強の異能力者の俺に……無能力者のテメェが勝つ気なのかァッ⁉ オイッ!」


「ああ、勝つよ。俺はお前より強い」


「吐いた唾は飲めねェぞッ! 山本ぉッ!」


 古矢が俺に向けて手を掲げて風の力を使おうとしてくる。

 それが決戦の合図だ。

 

 パチンッ。

 俺は1つ手を叩く。

 それは妖術、ネコダマシ。

 

「ッ⁉」


 一瞬だけ古矢の動きが止まる。

 その隙に俺はその手の直線上から逃れ、そして古矢へと詰め寄った。

 次の瞬間、風の攻撃は俺の横を吹き抜けていく。


「テメェ、いつの間にっ」


 パチンッ。

 一気に古矢の目の前まで駆けた。

 

「──フッ!」


 ズダダダダッ! と両手の拳と肘で速さ重視の四連撃を古矢の顔面に見舞う。


「ッンバァッ⁉」


 古矢が鼻血を噴出させる。

 が、ダメージはそんなに無いみたいだ。

 相手を混乱させることだけが狙いの攻撃だから仕方ない。

 

「山本ぉッ! テメ──」


 パチンッ!

 叫びかけた古矢の腹のど真ん中に蹴りを入れる。

 

「ぐふぅ! 山も──」


 パチンッ!

 今度は古矢の背面に回って、その背中を蹴り飛ばす。

 

「ガッ⁉」


 つまづいたようにして地面を転がる古矢。

 慌てて立ち上がろうとする古矢。

 ああ、その行動のすべてがいまの俺にとってはノロマに映る。

 

 パチンッ!

 それからもう一度蹴り飛ばす。

 完全にコケる古矢。


「テメッ……!」


 パチンッ!

 起き上がろうとした古矢の顔面を足蹴にする。


 パチンッ!

 こちらに掲げようとしてきた手を踏みつぶす。

 

 パチンッ!

 がら空きになった腹を蹴り上げる。


「ゲォッ……!」


 古矢が胃の中身をぶちまけた。

 ……もう充分かな?


「おい、古矢」


「ウゥッ、ォェッ……!」


「古矢ッ!」


「ッ!」


 古矢がおびえた目でこちらを見上げた。

 

「分かったろ? もうお前は俺には勝てない」


「……なんで、だよ……」


「俺がお前より強いから」


「ッ…………‼」


「これに懲りたら、もう俺にちょっかいをかけてくるのはやめ──」


「ふ、ふふ、ふざけんなよッ……! 俺が、お前なんかにッ!」


 またもや風の力を使おうとして手をこちらに向けようとしてくる。

 遅い。


 パチンッ。

 古矢の腕をひねり上げて、自分の体の方を向かせてやる。

 これでうかつには手から風の力を使うことができないだろう。


「く、クソがァッ! なんでだ……! テメェ無能力者だったはずだろうがッ! 俺がそんな欠陥品に、こんな……!」


「古矢、お前はさ、一瞬で目の前から消える相手と戦ったことがあるか?」


「ハ……?」


「いつの間にか自分の目の前にいるその相手が腕を振り上げるところを見たらもう終わり。目で追いつけたころには致命的な一撃をもらった後……そんな相手に何度も何度もタコ殴りにされたことがあるか? 無いよな?」


 古矢は俺をポカンとした目で見上げてくる。

 まあ、言ってる意味は分からないだろうな。

 ただ……俺はこの約1カ月の間、そんな化け物じみた実力者を相手にしてきたんだ。

 

「古矢、お前は自分の持つ異能力にうぬぼれてばかりで攻撃がワンパターン、そのうえ危機感も足りないときてる。その程度のヤツに俺はもう負けない」


「っ……!」


「分かったらもう二度と俺に関わるな。じゃあな、元親友」


 古矢の腕を解放して、今度こそ背を向ける。

 そろそろ朝のHRが始まるはずだ。

 不登校明けの初日に遅刻は避けたいところ──。

 

「──フッ!」


 俺はカムニャ直伝の小刻みなステップで体を動かした。

 そして、後ろから体に巻き付こうとしてくる風をかわす。

 それから全力の後ろ蹴りを背後に見舞った。


「ホゲェッ⁉」


 俺の背中に向けて攻撃を仕掛けてきていた古矢の、その下あごにクリーンヒットする。

 古矢は地面を転がる。

 それっきり動かない。

 どうやら完全にノビたようだ。

 

「懲りないヤツ」


 ため息を吐くと同時、キーンコーンカーンコーン……と予鈴のチャイムが鳴った。

 校舎に向けて歩き出す。


「ひ、ヒィッ!」


 俺の行く先をふさいでいた古矢の取り巻きどもが道を開けた。

 ああ、そういえばいたな、コイツら。

 盾にもならない取り巻きとかなんの意味があるんだろうな。


「お前らも、俺にまたちょっかいかけるようなら──」


「っ‼」


 俺が言い切る前に、全員が激しく首を縦に振った。

 うん。素直でよろしい。

 よし、とりあえずこれでこれからの学校生活は安泰あんたい……かな?

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