第6話 トラブルの気配

 特訓が始まってから3週間と数日が経った。

 

 それだけ経つと実戦訓練はもはや避けるだけのものではなくなっていた。

 攻撃の仕方なども含めて教わって、本格的な実戦と呼べるものになってきている。

 なので自分がだんだんと強くなっている実感がでてきてトレーニングが楽しくなってきた頃合いだったのだが。

 

「──え? カムニャ、今日も出かけるの?」


 基礎筋トレを終えて正午。

 お昼ごはんの最中だった。

 

「昨日に引き続き申し訳ございませんにゃ……」

 

「あ、いや……別に謝るようなことじゃないんだけど」


「いえ、私も心苦しいのですにゃ。しかしどうしても済ませておきたい用事がございますので……にゃので本日の実戦訓練は16時からでお願いします」


「そう……うん。分かったよ」


 用事……か。

 まあそりゃそうだよ。

 これまで毎日俺の特訓ばかりに付き合わせてしまっているんだから、カムニャだって自分のことでいろいろやらなきゃいけないことが溜まってるだろう。

 

 お昼ご飯を終えて、外行きの服に着替えて家を出るカムニャを見送る。

 ひとり家に残される俺。

 ……モヤモヤする。


「って、ダメだダメだ」


 なにをモヤモヤしてるんだ?

 なんだか最近、俺はおかしい気がする。

 特にあの日……カムニャが夜伽よとぎに俺の部屋に訪れたあの夜以降、変にカムニャを意識するようになってしまった。

 

 用事ってなに?

 ぶっちゃけ直接そう訊いてしまいたい気もするけど……。

 なんかそれって普通に重たいよな? たぶん。

 

「はぁ……」

 

 よく分からないため息が出る。

 それと同時。


 プルルルっ。

 

「……電話?」

 

 めずらしいな。

 ずいぶんと久しぶりに聞く固定電話の呼び出し音だ。

 普段は誰も俺のことなど気にしないからまず鳴ることがない。 


「はい、もしもし?」


「……あぁ、山本だな?」


 耳元で響く低い大人の男の声。

 それは中学の俺のクラス担任の速水はやみの声だった。


「なぁ、お前いつまで休んでんの?」


「はい? えっと……?」


「えっと? じゃねーよ。山本。このままだとお前卒業できねーぞ?」


「え?」


「休むとは聞いてたけどなぁ、さすがに休み過ぎだろ。そろそろ学校に来いよ。お前が唯一周りに誇れるのはなんだっけ?」


「……内申のことですか」


「ふっ、よく分かってるじゃねーか」


 鼻で笑うような声が聞こえてくる。

 ホントにこの担任ときたらな……。

 イヤミったらしい、言葉遣いが悪い、自己中と3拍子そろって最悪だ。

 

「おーい、山本? 聞いてんのか?」


「ええ。聞こえてますよ。学校ですよね、週明けから行きます」


「あっそう。そりゃあよかった。お前が休んでるとさぁ、なんか周りの先生からの視線が痛いんだよなー、ハハッ」


 いや、ハハッて。

 そりゃ不登校の生徒を1カ月近くもほったらかしにしてたらそうなるだろ。

 ついでに笑いごとでもない。


「あとお前、進路の最終調査票の提出もまだだろ?」


「あっ、そういえば……」


「ったく、迷惑ばかりかけやがってよぉ……とりあえず朝はまず職員室に来いや。そんで先に調査票を出せ。分かったな?」


「はい」


「忘れんなよ」


 プツッ。ツーツーツー。

 電話が切れた。

 ホントに用件だけだったな。

 

 しかし、学校ねぇ……。

 でもまあ、舞浜高専の推薦枠をもらうためには内申が大事なのは事実だし。

 

「覚悟を決めて行くことにするかな……」


 カムニャが帰ってきたら伝えなきゃな。




 ──そして、週明けの月曜日。

 

 約1か月ぶりの中学校、その正門を通る。

 

 カムニャとの相談の結果、特訓は早朝と放課後に分けて行うことになった。

 しかし実戦訓練はお預け。

 夜はなにやらまた用事とやらでカムニャが家にいないのだ。

 

「はぁ……楽しくもない学校に来なきゃならないうえに、最近の楽しみの実戦訓練も無しとか」

 

 憂鬱ゆううつすぎる。

 クラス担任の速水のイヤミも相変わらず絶好調なようだし、今日もグチグチと言われるだろう。

 まったく、面倒なことこの上ない。


「失礼しまーす。速水先生いますか」


「おっ、ちゃんと来たな、山本」


 回転椅子をターンさせて、速水がこちらを向いた。

 とてもにこやかな微笑みと共に。

 

 ……?

 あれ、なにやら様子がおかしいぞ?


「山本さぁ、突然休むなよなぁ。心配するだろぉ?」


「す、すみません……」


「まっ、いいけどな。とりあえずコレ、お前が休んでた間のプリント」


 束になったプリントを渡される。

 

「ど、ども……。あとこれ、遅くなりましたけど進路調査票です」


「おう……って、あぁ~やっぱり第一志望は舞浜高専なのかぁ~」


「まあ、いちおう攻略者志望なので」


「別にそれは止めないけどなぁ、舞浜高専は古矢とバッティングしてるんだよなぁ……分かるだろ?」


「推薦枠が各クラス1名だから俺と古矢のどちらかが舞浜高専を受けられないってことですよね。もちろん、強力な異能力者である古矢の方が選ばれやすいってことは分かってます。でもチャンスがあるなら挑戦したいので」


「ま、山本は内申が良いからな……いちおう他のクラスの推薦者の候補の傾向とかも含めて総合的な観点で決めるから、絶対に無理ってことはないがな。あまり期待はするなよ?」


「はい。よろしくお願いします」

 

「おう。じゃ、それだけだから。もう教室に行っていいぞ」


「あ、はい……」


 速水はそれだけ言うと自分のデスクに向き直る。

 ……いや、本当にどうしたんだ?

 イヤミのひとつも言われなかったんだが……。

 それはそれで不気味すぎる。


 と、その時。

 速水のポケットからバイブ音が鳴る。

 速水はスマホを取り出すと、ムフっと笑い声を漏らした。


「先生、なんか良いことあったんですか?」


「あ? まだ居たのか山本」


「はい。なんか、機嫌が良さそうに見えましたけど」


「ふっ、まあ……今日は仕事が終わったらデートだからな」


 速水が鼻の穴を膨らませる。


「いやぁ、この前の休みに美女に逆ナンされちまってよぉ。連絡先を教えて欲しいっつーから教えてやったんだが、昨日連絡が来てな」


「はぁ」


「まったく急な話だぜ。『明日ディナーでもどうですか?』なんて言われてよぉ。いい迷惑だがまあ付き合ってやろうかなって思ってさ」


 なるほど、デートに誘われて有頂天、嬉しさ余って俺への態度が軟化したってわけだ。

 分かりやすいことこの上ないな、速水。

 

 っていうかこんな性格最悪の中年のことを好きになる女性がいるとは驚きだ。

 まあそのおかげで助かったけど。

 誰かは知らないが今日の速水のディナー相手に感謝感謝だ。


「それじゃ、失礼しまーす」


 いまだにニヤニヤと表情を緩めっぱなしの速水を置いて、職員室を後にする。

 

 いやぁ、それにしても嬉しい誤算だった。

 おかげで心配の種がひとつ消えてくれた。

 あとひとつ残された心配は……。

 

「──おい、山本ぉ」


 職員室を出てクラスに向かう途中の廊下。

 怒りを抑えつけたような低い声が俺の背中にかけられた。

 

「……古矢」

 

「久しぶりじゃねェか……ツラ貸せよ」


 相変わらず取り巻き連中を従えて偉そうにした古矢は一方的にそう言うと、校舎裏へと歩き出した。

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