第5話 初体験・・・?

 実戦訓練が始まってから1週間経った。

 

 目の前で舞う可憐かれんな外見のねこ娘──カムニャ。

 その動きにいちいち見とれてしまいそうになるが、残念ながら俺にそんなヒマなどはない。

 

「こっち──いや、フェイントかっ!」


 ブオン。

 正面から突き、と見せかけて大きく横なぎに飛んできたカムニャの蹴りを俺は間一髪のところでじゃがんで避けて、バックステップで距離を取る。


「にゃははっ! 夜彦様、センスありますにゃ! たった1週間でもう私の速さに慣れてくるとは、恐れ入りますにゃ!」


「はは……まあアレだけタコ殴りにされ続けてればね!」


 たった1週間、しかしされど1週間だ。

 一方的に繰り出されるカムニャの攻撃をひたすらに避け続けるという実戦訓練は、攻撃を避ける難しさという実感をとてつもなく効果的に俺に植え付けてくれた。


 まず開始3日は一度として攻撃を避けることができなかった。

 そして全身がアザで青くなり、哀れまれて回復妖術をかけてもらうという痴態ちたいまで見せるほどに追い込まれた。


 だがその痛み、恥ずかしさのおかげで学習速度はハンパなかった。

 もう2度と哀れまれたりするものか、攻撃を喰らってなるものかと必死になれたのだ。

 そうして今ではこうしてギリギリのところでカムニャの攻撃に拮抗きっこうできる俺がいる。


「さあ、まだまだいきますにゃ!」


「ああ、こいッ!」


 スッ、と。

 目にもとまらぬ速さで移動するカムニャ。

 しかし俺はもう、それを無理に目で追おうとはしない。

 これまで攻撃を受け続けていた原因はそれだったからだ。

 

 目じゃない。風だ。

 風の流れを感じるんだ。

 ユラリ、と左斜め後ろの空気が揺れるのが分かる。

 よし。

 すぐに振り返りつつガードを──。

 

「って、いないっ⁉」


「にゃふふ、これもフェイントですにゃ」


 俺の後ろに回ったと見せかけて、カムニャは正面にいた。


「こういう攻撃は避けられますかにゃ?」


「んなっ!」


 ヌルリ、とタコのようにカムニャの腕が俺の腕に絡みつく。


「関節技っ⁉」


「掴まれたらそれが最後……そういう技も世にはあるのですにゃ」


「ちょっ……!」


 腕から体へとグルグルグル。

 まるで蛇が巻き付いてくるかのようにカムニャが密着してくる。


 苦し……くはあるのだが、それ以上に……!

 むぎゅう。

 押し付けられるその体は柔らかかった。


「待っ……ちょっとタイム! これ以上はッ……!」


「待ちませんにゃ! これをこうして……フィニッシュですにゃ!」

 

 押し倒されて……まふっ。

 

「むぐっ」

 

 丸く柔らかなモノに顔を押し付けられ、同時に首を締め上げられる。

 これはいわゆるヘッドロック。

 ヘッドロック……ではあるのだが。


「にゃふふ。さあ、抜け出せますかにゃ?」


「そ、それどころじゃないから!」


「うにゃ?」


「当たってる! 当たってるから!」


 首を締め上げるたびに頬に押し付けられる──胸。

 クッションに沈みこむようなその感触。

 意外と着瘦きやせするタイプなんだな……って、そうじゃない!

 

「は、早く放してくれって!」


「ああ、胸ですか。お気になさらず。私も全然気にしないですにゃ」


「カムニャが気にしなくても俺が気になるんだよぉっ!」


「そうでしたか。それは失礼しましたにゃ」


 そう言うとカムニャは俺を解放してくれる。

 上体を起こし、ようやくホッとできた。

 

「これからは寝技の時はなるだけ配慮するようにしますにゃ。さあ、それではもうひと勝負ですにゃ」


「……ちょ、ちょっと休憩を」


「うにゃ? もう疲れてしまいましたか」


「えっと……」


 カムニャが差し伸べる手を、俺は掴むことができなかった。

 申し訳ないとは思うが……いましばらく待ってほしい。

 もうちょっと落ち着くまで。

 

 のっぴきならない事情があるのだ。

 思春期真っ盛りの男子としては!

 

「……分かりましたにゃ。では少し早いですが休憩にしましょう」


「ありがとう……」


 なるべくカムニャから正面を隠すように、俺は数分体育座りのままだった。

 だから、背中を向けていた俺は気付かなかった。

 カムニャの向ける微笑み。

 その瞳に、濡れたような光が含まれていることを。 

 

 ──そして、その日の夜。

 

 いろいろと予想外のトラブルはあったものの、今日も今日とてトレーニングは終わる。

 ご飯を食べてシャワーを浴び、疲れ切った俺は自分の部屋のベッドへと沈み込んだ。

 

「ねっむ……」


 横になった途端に意識が闇に吸い込まれそうになる。

 実戦を含めトレーニングは慣れてきたものの、決して疲れないわけじゃない。

 明日もあることだし、しっかりと体を休めよう……。

 そう思って意識を手放そうとしたときのことだった。

 

 ギィ。

 部屋のドアが静かに開けられる音がした。

 

「ん……? カムニャ……?」

 

「……夜彦様」


 シュルシュルと、衣擦きぬずれのような音。

 そしてパサリと何かが床に落ちる音が聞こえる。

 ……なんだ、なんの音だ?


「カムニャ、どうしたの? なにか用──」


 起き上がり、そして直後。

 俺は口を開けたまま固まった。


 そこに立っていたのは、カムニャ。

 生まれたままの姿のねこ娘だった。

 

「なっ、ななな、なんで裸っ……⁉」

 

「……衣服は邪魔ですから」


「ど、どうしてっ」


「それはもちろん──夜伽よとぎに参ったからですにゃ」

 

「よ、よとぎっ……?」

 

「はいですにゃ。どうやらずいぶんと【溜め】込んでいらっしゃるようですので、これを機にすっきりとしていただければと……失礼いたしますにゃ」

 

 カムニャは俺の掛け布団をめくり上げると、なんのためらいもなくスッと俺の横へと滑り込んできた。

 そしてムニョン。

 

「~~~っ⁉ ⁉ ⁉」

 

 腕を抱かれる。

 柔らかで温かい2つの丸が俺の二の腕を挟んだ。

 

「にゃ、にゃふふ……午後の実戦訓練の際、夜彦様が私の乳房に欲情なさっていたのは分かっております。私の体に興味を抱いてくださっているのですにゃ?」


「そ、それはっ……!」


「夜彦様、主君の夜のお世話ができるのはその下僕にとってこれ以上ない光栄ですにゃ。天青様はそういう面で我々を頼ってくださらなかったので、ようやくコチラでもお役に立てますにゃ。というわけで、ささ、ご遠慮にゃさらず……」

 

 カムニャが俺の手を掴み、自分の胸元へと持ってこさせる。

 そして触れる。

 柔らかな弾力。沈みこむ指。

 待て待てこれは……理性がはじけ飛びそうになるほど気持ち良い。

 

「ちょ、ま、待って! 俺、こ、こういうの初めてで……!」


「そ、そうでございましたか。しかしご安心くださいにゃ。私も初めてですので……!」


「いやいやなにをどう安心したらいいのさソレ! っていうかそれならカムニャだって無理してるんじゃ……!」


「それは全くしてませんにゃ。むしろ夜彦様に早く初めてを捧げたいですにゃ!」


「え、えぇっー⁉」


 さらにグイっときたカムニャに押し倒され、体の上にまたがられる。

 

「さあ、覚悟を決めますにゃ!」


「そんないきなり言われても!」


「男は度胸ですにゃ!」


「それ時代遅れのことわざだからな! ちょっと、ストップ! ホントに!」


「うにゃ……」


 俺の必死すぎる言葉にさすがにカムニャが止まる。


「……もしかして、私ではご満足いただけないですかにゃ……?」


「い、いや、そういうわけじゃ……」


「でも、それじゃあどうして夜彦様はそんなに嫌がるんですにゃ?」


「それはその……こういうのって、もっと手順というか、なんというか……そういうのがあるものだと思うし……」


「……手順、ですかにゃ?」


「だ、だって……ふ普通はもっとこう、だんだんと親密になってからっていうか……」


「普通……」


「それに、俺はまだなにも成し遂げていない、与えられてばかりの人間なのにさ……こ、こんな……いきなり全部嬉しいこととか、なんかいろいろ全部受け取っちゃうのって、なんか違うっていうか!」

 

 ああ、俺、いまなに言ってるんだっ?

 俺の言葉はちゃんと日本語になってるか?

 

 頭が沸騰しそうで考えがまるでまとまらない。

 でもそれも仕方ないだろっ?

 だってねこ耳美少女に! 裸で! 腰の上にまたがられているんだぞっ⁉

 

「にゃるほど……夜彦様のお考えが分かりました」


 ボソリと、耳の側で呟かれたその言葉に体がビクリと反応してしまう。

 もう全身が性感帯のようだ。

 

 ……ヤバい。

 たぶんこのまま襲われたとしても、俺はいま以上の抵抗はしないだろう。

 ていうかできない。

 むしろ、いまの俺の体は襲われたがってる。


「夜彦様がそうお考えになるのであれば……私にも少し考えがございますにゃ」


 ギシッ。ベッドが音を立てた。

 息の当たる距離。

 カムニャは俺の顔を上からおおうように覗き込んだ。

 

 や、られるっ……?

 俺はギュッと目をつむり、その時を待った。

 が、しかし。

 

「──本日のところはおいとまいたしますにゃ。ご就寝を邪魔してしまい申し訳ございませんでしたにゃ」


「……………………えっ?」


「明日も早いですから、ごゆっくりとお休みください」


 カムニャはニコリと微笑むと、それから足音を立てずにスッと部屋から去った。

 去って行ってしまった。

 

「えぇ……?」


 終わり? 終わりなのか?

 いったいどういう心変わりで……?

 

 ていうか、なんか……なんだろう。

 本来はホッとすべきなんだろうね。

 なのに、いま俺はめちゃくちゃガッカリしてる。

 

 そりゃまあ、だってなぁ……。

 あのままカムニャに押し切ってもらっていたら、いまごろ俺は……。


「い、いや! これで、これで良かったんだ……!」


 そうだ。なにもかも全部受け取るだけだったらたぶん、俺はダメ男になる。

 自分の実力で得るものだからこそ意味があることってきっとあると思うし。

 だから俺の選択は間違っていない。

 決して間違ってはないんだ。

 

 ……はぁ。

 

「まあ、それはそうとして」


 このままじゃ絶対に眠りに就けない。

 だってギンギンだもの。

 もういろいろと収まりがつかない。

 

 俺は音を立てないようにそっと、箱ティッシュを手元に持ってきた。

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