第2話 妖怪になっちゃった

 史上最強の妖怪、天青てんせい

 それはいまから666年前の南北朝時代まで生きた妖怪の王。

 彼は誰からもおそれ敬われる絶対的な存在だったそうだ。

 

 だからといって横暴だったわけではなく、むしろ博愛はくあい主義。

 人と妖怪との共存を望み争いをうとんでいたが、当時の人間サイドの権力者たちの謀略ぼうりゃくにかけられて、それを発端とした戦いの中で命を落としたのだという。

 

 そしてそんな妖怪王が残した遺言により、その部下──いま俺の前でニコニコ笑顔で正座をしているこの【自称】妖怪ねこ娘のカムニャさんは妖怪王の妖力を引き継ぐ子孫、つまり俺を探し当てて仕えることにした……らしい。


「目を覚ますことはや1年、現代日本の知識を学びつつご子孫探しに明け暮れておりましたが……こんなにも天青様そっくりの妖力の持ち主に出会えるなんて、感激で涙腺るいせんが緩んでしまいましたにゃ」


 ぐすんっともう1度だけはなをすすると、カムニャさんは満面の笑みを向けてくる。


「今日からカムニャは夜彦様の従順な下僕げぼくですにゃ! さあ、なんでもご命令くださいにゃ!」


「ちょ、ちょっと待って。なに? 妖怪? 下僕? どういうこと?」


 心底嬉しそうに、グイグイと迫ってくるカムニャさんを押しとどめる。

 近くで見ると、その頭のネコ耳はカチューシャじゃない。直で生えてるっぽい。

 それに尻尾もクネクネと、まるでそれ自体に意思があるかのように動いている。

 まさか本当にねこ娘……?

 いやいや、そんなバカな。

 

「も、もしかしてなんかのドッキリ企画とか?」

 

「ドッキリ? それはいったいにゃんですか?」


 ……いや、自分で言いだしておいてなんだがドッキリの線はなさそうだ。

 辺りにテレビカメラがあるわけでもないし、だいいち俺にドッキリをしかけてどこに需要があるというのだ。 


「とすると、本当にここはダンジョンなのか……?」


「ここですかにゃ? そうです、仰る通りここは山奥のダンジョンの中ですにゃ」


 カムニャさんは古びた鍵をポケットから取り出し、適当な場所へとかざした。

 ブオン。

 どこからともなくブラックホールのような黒い穴が現れる。


「んなっ⁉ なんだこれっ⁉」


「ダンジョンの出口ですにゃ。この鍵はダンジョンボスとやらを8等分に刻んでやったら落としたアイテムで、このダンジョンへの出入口をどこにでも作り出せるという便利なものですにゃ」


「ぜ、絶対ものすごいレアなアイテムだ、それ……!」


「そうにゃんですか?」


 かわいらしく首を傾げるカムニャさん。

 こんな線の細い子がダンジョンボスを?

 それが本当ならいったいどれだけ強いんだ……って、訊きたいところだけど。

 いま重要なのはそこじゃないよな。


「とりあえずそのアイテムの力で俺がダンジョンにいることは分かったよ。でもなんで俺をここに?」


「うにゃ? 覚えておられないのですか?」


「え、なにを?」


「私が見つけたとき、夜彦様は川の中で体を強く打ちつけて生死の境をさまよっておいでで……にゃので急いでこのダンジョンに運んで治療をさせていただきましたにゃ」


「あ……」


 ということは、つまり。

 俺は古矢に川に落とされて無事だった、というわけではなかったのか。

 学生服のブレザーを脱いでみる。

 

「うわっ!」


 後頭部を強く打ったのだろう、ブレザーの襟元と背中側に大量の赤黒い血痕が残っていた。

 どうやら俺は本当に命の危険にさらされていたようだ。


「ご安心ください夜彦様。私は治療術が大の得意にゃのです。傷跡すら残さずきれいに治しておきましたにゃ!」


「そ、そっか……そうだったんだ」


 後頭部を触るが確かに傷らしきものはどこにもなかった。

 本当だとすればすごい能力だ……っていうか、実際に俺を助けてくれたんだから本当だよな。


「あの、ありがとう。カムニャさんは命の恩人だったんだね」


「いえ、むしろもっと早く駆け付けることができず申し訳ございませんでしたにゃ」


「いや、そんなことないよ」


「いえ! 自分の至らなさを恥じるばかりですにゃ!」


「え、えっと?」


「私は666年前の惨劇を、天青様を喪ってしまったそのあやまちを危うく繰り返すところでしたにゃ……」


 自分を責めるような、怒りをこらえるような、そんな複雑な表情だった。

 それにしても666年前の惨劇、か……。

 

「……」


「……」


 沈黙が続く。

 ……どうしよう。

 こんな雰囲気で言い出し辛いのだが。

 いやしかし、訊いておかねばならぬことがある。

 

「……あの」


「はい? いかがしましたかにゃ?」


「そもそもなんだけど、妖怪ってなに?」


「は?」


 カムニャさんはポカンと口を開けて首を傾げた。


「と言いますと、どういうことですにゃ?」


「いや、ただの冗談だよねってことの確認でさ。あ、別に信じてたわけじゃないよ? でもどうして666年前とか妖怪だとか、そんな設定で喋ってるのかなって思ってさ」


「設定? まさか! すべて真実ですにゃ!」


 カムニャさんは目も口もまん丸にしてガシッと俺の肩に手を置いてきた。


「……夜彦様、もしや私のお話をすべて嘘だと?」


「え、えっと、それは………………うん、いや、助けてくれたことは本当だと思ってるけど」


 妖怪っていうのはちょっと……ナンセンスだよな。

 だってそんなの昔話やマンガの中のキャラだし。

 

「だいいち妖怪の子孫だって言われたってさ、俺は人間だし、俺の両親も親戚も全員ただの人間だけど?」

 

「存じておりますにゃ。世代を経るごとに妖怪としての血は薄れていきますし、それに天青様は陰陽師どもに正体を見抜かれないようにご子孫様の妖力を封印しておりました。ですから妖怪としての特徴が受け継がれないのは不思議ではありませんにゃ」


「でも、それじゃどうやってカムニャさんは俺が子孫だって分かったんだ?」


「妖力の気配を追ってですにゃ」


「え、いやだってそれは今封印されたって言って……」


「はい。ですが天青様は自らの死より666年後、つまり2022年である今年、その封印が解けるように細工をしたんですにゃ」


「細工って……いやいやいや、そんな都合の良いことあるわけないって!」


「それがあるから私がここにいるんですにゃっ!」


「えー……?」


 説明するカムニャさんの表情は真剣なものだけど、だからといって妖怪だとか封印だとかあまりにも嘘臭すぎる。

 こんなの「うん分かった! 信じる!」なんて誰も即答しないだろう。


「うにゃ~、どうやったら信じていただけますか?」


「いや、無理だって。信じられるわけないって。だいいち俺、無能力者だし」


「言葉だけで信じていただけないのであれば……ちょっと失礼しますにゃ」


「えっ?」


 言うやいなや、カムニャさんは俺の後ろに回り込む。

 そしてむぎゅっ、と。

 いきなり俺の背中を抱きしめた。

 

「ちょ、ちょっ⁉ なにっ⁉」

 

「申し訳ございませんにゃ、夜彦様。でもしばらく我慢してほしいですにゃ」


「が、がまんっ?」


「……こうかにゃ? いや……ココを、こうして……うぅん……」


「っ⁉ っ⁉ っ⁉」

 

 カムニャさんは位置を変え、力加減を変え、何度も何度もむぎゅむぎゅと俺の背中を抱きしめてくる。

 いやいやいや、ちょっとちょっとちょっとっ⁉

 

 時折ハァ、と首筋に当たる生温かな吐息といき

 背中にはふにゃりと女の子の柔らかな体の感触。


「~~~っ!」


 ちょっと待って、マズいマズいっ!

 俺は女の子と密着したことがないどころか彼女さえいたことのない超一般的健全男子中学生なんだぞっ?

 こんなの続けられてたらいろいろと……ヤバいっ!

 

 なんて、頭がパンクしそうになっていたときだった。

 ピリっ。


「イタっ⁉」


 体中に静電気を受けた時のような痛みが走る。

 

「おっ、繋がったみたいですにゃ」


 俺の背中に手のひらは当てたまま、カムニャさんがスッと体を離す。


「いま、私の妖力と夜彦様の妖力を同調させましたにゃ。これで普段より夜彦様の体に流れる妖力が増えて感知しやすくなったはずですが、どうですかにゃ?」


「え、えっ?」


 妖力を同調? なにを言って……? と思ったが、

 

 ピリリっ。

 

 俺の体を電流のように走るナニカを俺は感じられるようになっていた。


「分かりましたかにゃ?」


「う、うん。たぶん……」


「それでは手も離しますにゃ」


 カムニャさんの手のひらが俺の背中から離れる。

 するとそのナニカの力は弱まったものの、依然としてしびれるようなナニカの流れを感じることができるようになっていた。


「夜彦様、いま感じることができるようになったそれが妖力ですにゃ」


「よ、妖力……?」


 そんな馬鹿なとは思うものの、しかし体には確かなビリビリという感覚。

 こんなこと、いままでなかった。

 ドクンっ、と。

 胸の鼓動が高鳴った。

 まさかな、いやでも、この感覚はもしかしたら……。


「それでは試してみましょう。あそこの天井をご覧くださいにゃ」


 カムニャさんが指さす先にいたのは1羽のコウモリ。

 天井に逆さまにぶら下がっている。

 

「集中して、妖力の流れを手のひらに集めてくださいにゃ」


 言葉に従い、俺は静電気のようなその力を手のひらへと集中させていく。

 ピリピリと、手のひらにナニカの刺激が増していく。


「そしてあのコウモリに狙いを定め、両手を叩き合わせてくださいにゃ。こう、パチンっと。妖力が破裂するイメージで!」


 パチンっ!

 

 俺は言う通りに両手を叩き合わせる。

 すると確かに感じた。

 俺が発した音以外のナニカが、ターゲットにしたコウモリにぶつかる感触を。

 

〔キっ?〕


 コウモリが真っ逆さまに天井から落ちる。

 そして地面にぶつかりそうになった瞬間、バッサバッサと。

 翼を広げて態勢を整えた。

 

〔キィー?〕


 そして不思議そうに鳴くと、この空間のより暗い方へと飛び去って行った。


「こ、これって……」


「はい。いまのが妖力を使って出した【妖術】の1つ、【ネコダマシ】。相手をビックリさせる術ですにゃ」

 

「い、い、いまのコウモリに向かってやったやつ、俺がやったのっ?」


「もちろんそうですにゃ!」


 ブワーっと、背中の産毛が立つ。


「じゃあ、おいおい! まさかっ!」


「はいですにゃっ!」


「やったっ! 俺、ついに異能力者になったんだっ‼」


「いえ! 【妖怪になった】が正しいですにゃ!」


「そうかっ! 妖怪になっ………………は?」


 束の間の思考停止。

 え?

 いや、聞き間違えただけだよね?


「いま、なんて?」


「妖術が使えるのは妖怪だけです。つまり夜彦様はもうすでにひとりの妖怪ですにゃ」


「うそぉ」

 

 俺、いつの間に人間やめちゃったの?

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