最弱無能力者だった俺ですがどうやら妖怪になりつつあるようです。人間やめて最強のダンジョン攻略者を目指します。
浅見朝志
第1話 妖怪王の子孫
西暦2022年10月中旬。
夏は終わり、陽も短くなってきた。
あたりはうす暗く、差し込む日差しも弱々しい。
「はぁ……」
俺──
ジロジロと通りすがりの人たちから向けられる視線がうっとうしい。
ボロボロに引き裂かれ、スプレーで落書きだらけの俺のバッグが人目を引いてしまっているのだ。
「今日は道を変えるか……」
ちょっと遠回りにはなるが、帰り道は川沿いの道を行こう。
都心の川は臭いから誰もその側を通りたがらないし、人通りも少ないはずだ。
──この数か月、俺は悪質ないやがらせに遭っている。
きっかけは今年の6月。
中学3年になってから最初の進路希望調査票に書いた俺の志望校が原因だった。
その日から俺の進路を変えさせようとする圧がかかり始めた。
始めはただの脅しだったそれも、最近では私物を壊されたり暴力を振るわれたりするなど、だんだんと露骨なものへとエスカレートしてきている。
どれほど周りに訴えかけようとも、両親が亡く【価値も無い】俺の言葉に力はなかった。
理不尽そのものだ。
でも、俺は自分が他の生徒たちに比べて価値が無いことなんて分かっていた。
だからこそ血のにじむ努力を積み重ねてきたんだ。
そしてつかみ取った全教科学年1位とスポーツテスト学年1位。
受けたいと願う第一志望校に恥じない実績を出したと思ってる。
だから、諦める気なんてサラサラない。
受験まで半年を切った。
あと半年。なら耐えられる。
それだけやり過ごせば、こんな生活ともおさらばできるんだから。
……なんて、俺は甘く考えていた。
「──こっちの道を通ると思ったぜ、山本ぉ」
「ふ、古矢……!」
俺の行く手、
そこから出てきたのは俺と同じ学生服をきた男子生徒たち。
その中心に立つのは髪を派手な金に染めた生徒──
古矢が俺に向かって右手を
「なっ……⁉」
ふわり、と。俺の足が地面から離れる。
突然吹き込んできた風が体を持ち上げた。
「そりゃそうだよなァ? そんな汚ねェカバン誰にも見られたくないもんなァ? 人目につかないこっちを選ぶよなァ?」
「な、なにを考えてんだ古矢っ! 【異能力】まで使って……! 放せよっ!」
「おい、お前誰に命令してんだァ? 自分の状況も分からねェのか?」
俺の体は宙に浮いたまま、強い風に運ばれる。
「古矢、お前……おいっ! 冗談になってねーぞっ⁉」
俺の体は鉄柵を超え──川の上。
川底までおよそ7、8メートルの高さ。
水深はおそらく50㎝も無い。
つまり……このまま落とされたら間違いなく無事じゃ済まない。
いや、打ちどころが悪ければ最悪の場合……。
「冗談じゃねーんだよ、山本ぉ」
そう口にする古矢の目は据わっていた。
「これが最後のチャンスだぜ……? 山本、お前は【舞浜高専】の受験を諦めろ」
「……!」
それはこの数か月、何度も言われ続けたセリフ。
中学の各クラスで舞浜高専への推薦枠は1つしかない。
「山本、テメェみたいな【無能力者】が合格するような場所じゃねェ。なのによォ、内申点の高さだけで推薦枠を取られちゃ迷惑だ。
「む、無能力者だって受かった例はある……!」
「はァ? だから? それがお前の受かる根拠にはならねーだろォが」
「それじゃ古矢だって……異能力者だからって受かる根拠にはならねーだろ」
「……チッ! ザコが屁理屈をッ……!」
「ぐ……がはっ!」
圧縮された風が首にまとわりつき、締め上げられた。
呼吸がだんだんできなくなっていく。
「俺が受からないハズがねェだろうが。俺を誰だと思ってる? 中学最優の異能力者だぞッ⁉ テメェみたいな無価値の欠陥品と同列に扱ってんじゃねェよコラァッ!」
「な、なんでだよ……古矢……」
「あァ?」
「俺たち、子供の頃は普通に仲良かっただろ……! なのに、どうしてここまでする……?」
「……バカじゃねーの? なんで俺がお前みたいな無能と?」
「なんだよ、それ……!」
「オラ、いいからさっさと答えろや! 舞浜高専を諦めるのか、諦めないのか、どっちだって訊いてんだよッ!」
怒声が響く。
コイツは本気だ。本気で俺を落とす気でいる。
……どうする?
言ってしまうか? この場だけでも。
舞浜高専は諦める、って。
こんなところで大怪我したら元も子もないんだから……。
「お、俺は……」
「俺は、なんだ? 山本ぉ……最後まで言いやがれ……!」
諦めると言いかけて………………いや。
やっぱり、言いたくない。
子供っぽい意地かもしれないけど。
それでも俺は、たとえその場しのぎであってもこんな理不尽な暴力に屈したくはなかった。
「古矢、小学生のころからの友達のお前なら知ってるだろ、俺の夢……」
「あァ……?」
「覚えてるだろ? お前には何度だって話してる。【ダンジョン】で活躍して、俺みたいなダンジョン孤児が出ない世界にするのが俺の夢だって! だから俺は必ず舞浜高専に行く! こんなところで脅しに屈したりはできない!」
「お前の夢、ねェ。そういやそんなだったなァ……」
「古矢、放してくれよ。もう、理不尽に俺の夢を潰そうとするのはやめてくれ……」
「ああ、分かったよ。放す」
「よ、よかった……ありがとう、古矢──」
「──放すから、死ね」
「えっ」
次の瞬間、フッ、と。
俺を空中に固定していた風の支えが消えた。
一瞬の浮遊感。
その後、なすすべなく俺の体は落ちていく。
「夢だァ? 昔っからお前のそういうところには
「古矢──」
「
古矢の声が耳に届くと同時、俺は背中から川に叩きつけられる。
痛みが体に届くより前に、俺の意識はブラックアウトした。
* * *
今より10年前、突如として世界中に現れ始めた謎の建造物──【ダンジョン】。
その中には好戦的で人に襲い掛かる未確認生物たち──通称【モンスター】があふれ出してくるようなものもあった。
各国は軍を動かしてこの事態の収束に努めた。
だが、突発的にどこへともなく現れるダンジョンにその対応は常に後手。
たった数カ月の間に多くの民間人の犠牲が出てしまった。
俺の両親もまた、その時期の犠牲者だ。
しかしその後、事態は改善に向かう。
ダンジョンが現れ始めた同時期、超常的な力を持つ【異能力者】たちの存在が世界中で確認されるようになり、その中の一部が
軍よりも速く柔軟に動け、かつ強力な異能力でモンスターを効率的に倒せる各地の有志たちの活躍で民間人の犠牲は大きく減り、そしていつしか人々はこの有志たちのことを【攻略者】と呼ぶようになった。
10年経った現在、世界には平穏な日常が戻り始めてきている。
有志だった攻略者たちは国によって組織化され公職となった。
だがしかし、ダンジョンの出現はいまだ続いており攻略者は常に人材不足だ。
そんな理由で、各国には攻略者を育て上げるための専門学校ができ始めた。
そのうちの1つが舞浜ダンジョン攻略者育成高等専門学校──通称【舞浜高専】。
日本でまだ3つしかないダンジョン攻略専門の高等専門学校だ。
この学校、舞浜高専の
俺はここで、たとえ最前線に立つ攻略者にはなれないとしても、他の攻略者をサポートできるようなそんな存在になりたい。
そう思っていたのだが──。
『──己の野望はその程度か? 我が子孫よ……』
「──っ!」
突然、耳元で誰かに
だが、別に誰かが俺の側に居るなんてことはなかった。
辺りを見渡す。
「こ、ここは……?」
そこはうす暗い空間だった。
おかしい……確か俺は帰りの途中、古矢に川に落とされたはずだったが……。
着ている学生服は濡れているが、しかしここは川どころか水一滴すらない。
ただただぽっかりと広がる空間。
よく見れば
「あっ……!」
そうだ。俺はこの光景を少し見たことがあった。
それも、テレビのダンジョン特集でだ。
ダンジョンの中は基本的にどこも洞窟のような空間が広がっているそうだ。
恐ろしいことにダンジョンは場所を選ばず突発的に出現するため、運悪く民間人がダンジョンに飲み込まれてしまう事故が少なからずあるとか……。
「まさか……俺の落ちたあの川にダンジョンがっ……?」
だとしたら……俺は遭難者、ということか?
「ッ⁉」
コツコツコツ、と。
何かが近づいてくる足音のようなものが聞こえた。
おいおい、待てよ……?
もし、もしここが本当にダンジョンの中だったとしたら……。
これはまさか、モンスターなんじゃ……⁉
大きな音を立てないよう、ゆっくりと立ち上がる。
よかった。
不幸中の幸いというやつだろうか?
7、8メートルの高さから川に叩きつけられたはずだったが不思議とケガはないようだ。
俺はいつでも逃げられるように腰を引かせながらも、身構える。
そしてうす暗い空間の中、とうとう足音の正体が見え……。
「えっ……?」
女の子……?
目の前に現れたのは、一見して俺と同い年くらいの……美少女だ。
だけど、少し不思議な格好をしている。
頭にはネコ耳、それに体の後ろでは長い尻尾がユラユラと揺れている。
コ、コスプレイヤーか……?
なんて場違いな。
……って、あれ?
その手に持ってるのは……俺の学校の学生証じゃないか?
「──山本、夜彦……」
「っ?」
俺の名前を、なぜ……?
っまさか! と俺は慌てて学生服の内ポケットを探るが、無い。
いつもそこに入れているはずの学生証が消えていた。
じゃああの子が持ってるのは俺の学生証……などと思っていると、
「目が覚めてよかった……! 私はこの日を待ちわびましたにゃ、夜彦様」
女の子は感極まったかのように、微笑みながら涙を流し始めた。
「……え、えっ?」
俺はなにがなんだか分からない。
っていうか、【夜彦様】?
様付け? なんで?
「……ぐすっ。失礼を。遅ればせながらお迎えに上がりましたにゃ」
止める間もなく、女の子は俺の目の前で膝を着く。
「私は妖怪ねこ娘、名前をカムニャと申しますにゃ。妖怪王のご子孫、夜彦様。今日から私があなた様の手足です。いかようにもお使いくださいませにゃ!」
「……は、はいっ……?」
そのあまりにも突拍子もない言動に、俺の混乱は深まるばかりだった。
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