第3話 初戦闘

 パチンっ! ポトリ。

 パチンっ! ポトリ。

 

 俺が妖力? とかいうビリビリした力を込めて手を叩くたびに、天井からぶら下がっているコウモリが落ちていく。

 

「どうですかにゃ? そろそろ信じていただけましたかにゃ?」


「……そりゃあ、まあ」


 妖力を込めて手を叩くことで、対象を驚かせることのできる妖術ネコダマシ。

 こんなものを使えるようになってしまったのなら……信じる他ないだろう。


 この世には妖力や妖術なんてものが本当に実在して、そして俺は本当に妖怪の──いや、妖怪王の子孫らしいということを。


「でもさ、俺、なんの才能もない無能力者だったのに、本当に?」


「にゃはは、才能がにゃい? それは違いますにゃ」


「えっ?」


「夜彦様は妖怪王天青様の妖力を受け継ぐ素養があったのですから、異能力など宿るわけがにゃいのです」


 カムニャさんは確信に満ちた顔で言葉を続ける。


「異能力は異界から訪れた法則……言ってしまえば概念がいねん的な新型ウイルスのようなもの。天青様がご自身の大切なご子孫にそんな得体の知れないものの侵略を許すわけがにゃいですから」


「え、待って? じゃあつまり、俺が無能力者なのは……」


「はいですにゃ。天青様のご子孫だから、ということに他なりませんにゃ!」


「んなっ⁉」


 なんという……驚愕の真実。

 これまで異能力が使えない自分をいったい何度恨んだだろう。

 どれだけ神様を呪ったことだろう。 

 でもそれがまさかすべて血筋のせいだったとは。


 マジか……。

 異能力を発現させるためにカウンセリングを受けたことなんかもあったんだけどな……。

 ぜんぶ意味なかったんだね……。


 しかし、血筋か。

 そうなると心配事があるぞ?

 

「あのさ、ツノとか生えたりしないよね?」


「ツノ? ですかにゃ?」


「俺、妖怪になっちゃったんでしょ? だからこう、額からニョキニョキっと何かが生えてきたりとか……」


「にゃははっ! 大丈夫ですにゃ。天青様も人のお姿でしたから」


「そうなの?」


「ええ。それに厳密に言えば夜彦様は完全に妖怪になったわけではありませんにゃ。言わば【なりかけ】。天青様の妖力が夜彦様の身に完全に馴染むにはきっとまだ時間がかかるかと思いますにゃ」


「そ、そうなんだ」


 ホッとする。

 いやだって、さすがに目に見える部分に変なモノが生えたりとかしたら日常生活に困るし。


「……まあ、それでも妖力の最大解放したらどうなるか分からないですが」


「えっ? いまなんて?」


「にゃんでもないです」


 ボソっと、なにか不穏なワードが聞こえた気がしたんだけどな?

 気のせいか?


 まあ、見た目が変わらないのであれば妖怪になってしまったっていうデメリットはそんなに無いみたいだ。

 むしろ妖術を使えるようになった分プラスだ。


「まあ、相手を驚かせるだけのネコダマシっていうのがしょっぱいけどな」


 俺の攻略者になりたいって夢に役立つかは微妙な線だ。

 けど、まったく無いよりかはあった方がマシというやつ。

 なんて、自分に言い聞かせていると、


「夜彦様、ご安心くださいにゃ」


 カムニャさんがにこやかな笑みを向けてくる。

 

「夜彦様が表に出せている妖力はまだ微小にゃものです。そのため今はネコダマシしか使えませんでしたが、時間が経つにつれてその量も増えていくはずですにゃ。そうすれば……」


「も、もしかして……使える妖術が増える、とか?」


「その通りですにゃ!」


 その言葉に、ぞくぞくっと体が震えた。

 現在、異能力者の中にも2つの異なる能力をあわせ持つ人間はいるらしいが、しかしだいぶ珍しいと習ったことがある。

 そんな中で俺が2つ、あるいは3つ以上の妖術を俺が覚えられるとしたら?


「俺、もしかしたら本当に攻略者になれるんじゃっ……?」


「攻略者、ですかにゃ?」


「ああ、うん。そうだよ。俺はずっと、それこそ小学生になる前から攻略者になりたいって思ってたんだ。モンスターを倒して多くの人を助ける強い攻略者になるんだ! ってさ」


「……にゃるほど。夜彦様は強くにゃりたいのですね?」


「うん。今のままじゃ夢のまた夢だから」


「そうですか……それなら、ちょうどよかったですにゃ」


「えっ?」


 カムニャさんがうす暗いダンジョンの奥に視線を向けたので、つられて俺もそちらに目をやった。

 そこにあるのは単なる暗闇……ではない。

 ポツリポツリといくつもの赤い光が現れ始めた。


〔グルルルルッ〕

 

「なっ⁉ モ、モンスターっ⁉」

 

 姿を見せたのは赤色の瞳をしたオオカミのようなモンスターだ。

 それも1体じゃない。4……いや5体もいる。


「カ、カムニャさん! ヤバいって、早く逃げよう!」


「いえ、別になにも問題ございませんにゃ。それより夜彦様」


「なっ、なにっ?」


「よろしければネコダマシを使ってあの内の1体を倒してみるというのはいかかでしょうかにゃ?」


「は……? 俺のネコダマシでモンスターを倒すっ……?」


「ええ。いかがでしょうかにゃ?」


 気軽そうに提案するカムニャさんに、当然。

 

「む、無理無理無理!」


 俺は思いっきり首を横に振った。


「無理でしょっ! いや絶対倒せないって!」


「確かにいまの夜彦様では素手でアレを倒すのは難しいでしょうが、しかしそれでも武器があれば問題ないかと思いますにゃ」


 カムニャさんはそう言うと、腰に差していたなにかを俺に手渡してくる。


「こちらをお使いくださいにゃ」


 差し出されたがままに受け取ると手のひらにズシリと重みがのしかかる。

 それは刃渡り30センチほどの小刀だった。

 

「こ、これっ、本物っ?」

 

「もちろんですにゃ。相手は四足歩行のモンスターですから、内臓などの急所は狙いにくいので首を取りに行くのがよろしいかと思いますにゃ。首の高さは腰より低いので体重を乗せて斬りましょう!」


「いや、いやいやいやっ! そういう問題じゃなくてっ!」


 倒せないのは素手だからって話じゃない。

 俺はモンスターと戦ったことがないどころか人を殴ったこともないのだ。

 それなのに急に実戦だなんて、そんなのできっこないだろう。

 

「夜彦様、しかし強くなりたかったのでは?」


「そ、それはそうだけど……」


「もしや、恐れているのですかにゃ?」


「…………うん」


 モンスターたちを見る。

 体長は恐らく俺と同じくらい。その口元には大きな牙が生えている。

 あれでひと噛みでもされたらと思うと背中がゾクリとした。

 

「夜彦様。『案ずるより産むが易し』という言葉がございますにゃ」


「やってみたら案外簡単だった、ってことだよな? でもさ、まずそのやってみるだけの勇気がいまの俺には……」


「ドーンっ! ですにゃ!」


「は──ぇッ⁉」


 背中にものすごい衝撃。

 それと共に俺の体は勢いよく前方に転がった。

 

 ──それも、モンスターのすぐ手前に。


〔グルルルァッ!〕


「お……うわぁッ⁉」


 モンスターが大きな口をこれでもかと開けて飛び掛かってきた。

 俺はそれを大きく横っ飛びに、ギリギリのところで避ける。


「あ、案ずるより産むが易しってこういうことかよっ!」


「にゃははっ! もちろん危なくなったら助けに参りますにゃ! でも、それまでは存分に戦ってみてくださいにゃ!」


 なんと勝手な!

 そう叫び返したかったがそんな暇はない。

 

〔ウゥ~~~ッ!〕


 俺の目の前に立ちはだかるモンスターは完全に俺を殺す気だ。

 バネのように体を縮めて、俺の首元めがけて飛ぶタイミングを今か今かと計っている。

 

 どうする? 次もかわせるか?

 さっきの回避はラッキー要素が強かった。

 今回もそれに任せるだけで大丈夫か……?

 

 ギュンギュンと、脳が高速で回転する。

 

 ──いや、運任せじゃダメだ。

 

 それじゃいつかは必ず追い詰められる。

 そうなってしまっては一貫の終わりなのだ。

 

 それに回避しているだけじゃ攻撃はできない。

 つまり、勝ち目はゼロのまま。

 でも……いまの俺になにができる?


 俺が持っているのは、そう。

 鈍く光る小刀と、最弱の妖術・ネコダマシ。

 

〔グルルルルッ〕


 モンスターが姿勢を低くすると同時。

 俺は小刀のつかを口に咥える。

 そして、

 

 ──パチンっ!

 

 モンスターが勢いよく地面を踏み切る瞬間。

 俺は両の手のひらを強く叩き合わせた。

 

「フッ──!」


 俺はそれから瞬時に今いる場所から斜め後ろへとズレた。

 直後、我に返ったモンスターが飛び掛かってくるが、しかし。

 それは俺が今いる場所にではない。

 ネコダマシを行う前に俺が元いた場所めがけて、だ。


「よしっ! 狙い通りっ!」


 モンスターの攻撃は空を切った。

 そしてその着地点のすぐ横で、


「っらぁぁぁっ!」


 思いっきり、小刀を振り下ろす。

 

 ザシュッ!

 

 その切れ味はすさまじかった。

 刃はまったく抵抗なくモンスターの肉を裂き、骨ごとその首を切断する。

 モンスターの体はサラサラと灰のように崩れていった。

 

「っ! か、勝った……?」


 灰の山になったモンスターを見て、ヘタリ。

 腰が抜ける。

 いまさら心臓がバクバクとうるさい。

 ダラダラと、汗が全身から流れ出る。


「お見事ですにゃ! お疲れさまでした、夜彦様」


 気づけばカムニャさんが俺の前にいて、こちらを覗き込んでいた。


「お、俺、勝ったんだよね……?」


「はいですにゃ。見事な勝利でございました。モンスターの攻撃の瞬間にネコダマシを使ってその意識に空白を作り、避ける行為と相手のスキを作る動作をひと息に行ったのですね。すばらしい戦略でしたにゃ!」

 

「う、うん。なんか、無我夢中だったけど……って! そうだっ! 他にもモンスターがいたんじゃっ?」


 そう、モンスターは確か1体ではなかった。

 数体いて、俺が倒したのはその中の1頭にすぎない。

 急ぎ、辺りを見渡して、

 

「えっ?」

 

 確かにモンスターたちはそこにいた。

 物言わぬサイコロステーキとなって、あちこちで灰になりかけていた。

 

「大丈夫ですにゃ、夜彦様。他はぜんぶ私が片付けておきましたので!」


「そ、そうなんだ……」


 ぜんぜんまったく、気が付かなかった。

 モンスターは他に4頭いたはず。

 叫び声も鳴き声も聞こえることなく、そのすべてを片付けてしまうなんて。

 

「カムニャさんって、どんだけ強いの……?」


「にゃはは~まあ、天青様の右腕をやっていたくらいには強いですかにゃ~」

 

 妖怪王の右腕……うん、文句なしで強そうだ。

 

「さて、夜彦様。実戦も終えてお分かりいただけたかと思いますにゃ」


「えっと、なにを?」


「夜彦様は今ご自分の想像を超えられました。倒すのを無理だ無理だと仰っていたモンスターを、ご自身の手で倒されたのですにゃ」


「……うん」


「攻略者が夢のまた夢? そんなことございませんにゃ。夜彦様の力があれば、これからも多くの想像を超えてゆけるのです。攻略者は夜彦様と地続きの未来に確かにあるのですにゃ!」


「……!」


 ドクン、と再び鼓動が高鳴った。

 いままでの将来の夢、攻略者。

 遠かったその夢が、突然近くに感じられる。


「夜彦様、改めまして私を御身にお仕えさせてくださいにゃ。きっとこのカムニャめが夜彦様を強くしてみせますにゃ!」


「……ありがとう、カムニャさん。でも、俺の方がカムニャさんに対してしてあげられることが無くて」


「お気遣いは無用ですにゃ。出会って1番最初に申し上げた通り、私は夜彦様に仕えるためにここまで来たのですから」


「いや、でも……」


「私にとっては夜彦様が自分のすべて。ですからこう考えてくださいにゃ。夜彦様が強くなりたいと願うなら、それが同時に私の願いなのだと。私にとっての報酬は夜彦様が強くなられることなのですにゃ」


 カムニャさんは膝を着き、そして深く頭を垂れる。


「ですから夜彦様はただお命じになってくださればよいのです。『俺を世界最強にしろ!』と。さすればこのカムニャ、命に代えてもそれを果たしてみせますにゃ!」


「い、いやさすがにそこまでは思ってないよっ⁉」


「にゃにを仰いますか、野望は大きな方がカッコイイですよ!」


 野望って。そんな壮大なものでもない。

 俺のはただの小さな自分の中の夢なんだけど。


 でもカムニャさん、本当に嬉しそうな顔をしてるな。

 なんていうか、裏表なく、俺のためにって想いがヒシヒシと伝わってくる。


「……分かった。ありがとう。その好意に甘えさせてもらうよ。これからよろしく、カムニャさん」


「はい! よろしくお願いいたしますにゃっ!」


 俺はカムニャさんと握手を交わすが、しかし、


「あっ、そうですにゃ。夜彦様、恐縮きょうしゅくながら私からも1つお願いがございますにゃ」


「えっと、うん。なに?」


 ちょっと不意打ちで身構えてしまう。

 お願い、か。

 もしや死後に魂を持っていかれるとか、生き血がほしいとか、そんな妖怪チックなことじゃないだろうな。

 

「夜彦様、私のことはカムニャと呼び捨てにしてほしいですにゃ」


「……えっ? そんなこと?」


「はいですにゃ! お願いしたいですにゃ!」


「それじゃあ、その……カムニャ」


「う~ん、もうちょっと吐き棄てるような感じでお願いできますかにゃ?」


「なにその注文っ?」


 そうして次第ににぎやかになる会話の中で、俺は久しぶりに心から笑った気がした。

 とびきりの解放感がこの体を包み込んでいる。

 

 いままで歩いていた狭苦しい細道が無理やり広げられていく感覚。

 今日の1日だけで未来がどんどんと切り拓かれて、目の前に無限の選択肢がぶら下げられ始めた。


「さあ、そろそろダンジョンを出ましょう夜彦様」


 カムニャが古びたカギをかざすとグニャリと空間が曲がり、大きな黒い穴ができる。

 

「明日からさっそく特訓ですにゃ。ビシバシ鍛えますのでお覚悟をしてくださいにゃ!」


「うん。手心なんて要らないよ。とびっきり厳しくやってくれ!」


 俺はそう言って、ダンジョンの外へと繋がる黒い穴へと1歩を踏み出す。

 足取りは軽い。


 ──なぜなら、こんなにもワクワクしているから。


 きっと今日は人生で1番特別な日に違いない。

 なんてったって、無能力者として生きるしかなかったはずの俺の人生に大逆転の目が出た日なんだから。

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